大豪院咲希の憂鬱(1)
真幌市の外れには、とんでもない場所があった。
その名も番創高等学校、通称は番創校である。偏差値は最低ランクであり、試験の際は自分の名前を漢字で書ければ合格……という有り様だ。
当然、生徒も極悪な連中が揃っている。あちこちの中学から、名うての不良少年たちが集まって来るのだ。喧嘩など日常茶飯事であり、生徒を殴ったくらいでは特にお咎めなしだ。
そんな学校であるが、ひとつの掟があった。屋上を使っていいのは、一部の限られた生徒だけなのだ。
「凶封新聞、持って来たっス」
とぼけた声で言いながら、屋上に冊子を持って来たのは木川怜一という名の少年だ。この学校には珍しく、真面目そうな外見である。制服も標準のものだ。
「ああ。御苦労さん」
そう答え、冊子をうけとったのは大豪院咲希である。髪はくるくるパーマであり、化粧は濃い。長いスカートの制服を着て、薄く潰したカバンを持ち歩いている。
この格好からわかる通り、彼女はスケバンなのである。今どき田舎町でも見かけないであろう絶滅危惧種の存在なのだ。一応説明すると、スケバンとは女子高生であるが、同時に番長でもある最強の不良少女だ。
今現れた木川は、咲希の舎弟なのである。一見すると真面目少年だが、かつてはとんでもない不良であった。標準の制服と真面目そうな外見でヤンキーたちにカツアゲさせるよう仕向け、返り討ちして逆にカツアゲする……という手口で金を稼ぎ、また喧嘩という名の気晴らしをしていたのである。
喧嘩の最中に警察に捕まっても「違います! 彼らにカツアゲされたんで、やめてくださいって抵抗してたんです!」と言い張り補導を免れていたのだ。
しかし、咲希にその手口を見抜かれた挙げ句にボコられて以来、彼女に付き従うようになった。
そんな咲希は、木川の持ってきた冊子を熱心に見ている。
「あたしも、ついにランキング十位まできたか」
ボソッと呟くと、木川はパチパチ拍手した。
「高校生にして、除霊師ランキング十位なんて大したものですよ。やっぱり、咲希さんは天才っス」
「よせやい、天才だなんて。あたしゃ、まだまだ修行中の身だよ。上には、上がいる」
そう、咲希の表の顔はスケバンである。しかし、裏の顔は除霊師なのだ。人知れず世の中に害をなす霊と戦う、スケバン除霊師なのである。
この凶封新聞は、除霊師のみに配られる機関誌のようなものだ。悪名高い上位霊の逸話や、除霊師ならではの苦労話や懸賞金つき霊の目撃情報などが書かれている。「先月に祓われた大物霊」などというコーナーもあるし、除霊師同士の合コンの告知も載っている。
そして目玉のコーナーは、全国除霊師ランキングであった。日本中の除霊師が、このランキングに注目しているのである。
しかし、ランキングの審査方法に関しては謎に包まれていた。単に霊を祓った回数や、世間の評判だけで判断しているわけでないのは間違いない。
どうやら人間のみならず、霊や妖怪などの意見も考慮しているらしいのたが、実際のところは不明だ。
「上位四人の名前は、ほぼ変わりないね」
「もはや四天王ッスね。でも本当に、ランキング十位に入ったのは凄いッスよ」
木川が言ったが、咲希はかぶりを振る。
「いやいや、凄いのは上野信次さ。こいつは、あたしが除霊師になってから、ずっとトップなんだよ。他の連中は、ちょくちょく順位が入れ替わってる。でも、こいつだけは不動だ」
呟きながら、咲希は紙面を睨みつける。
そう、この凶封新聞の除霊師ランキングにおいて、不動のトップは上野信次であった。苦虫を噛み潰したような表情の写真が掲載されている。その姿は、どう見ても面倒くさそうなオヤジでしかない。
しかし、このオヤジこそが除霊師界の絶対王者なのだ。
「この男、どんな奴なんだろうね?」
そう、この上野信次という男は謎に包まれていた。
三位の美神田麗羅は、美人すぎる除霊師としてテレビ番組に何度も出演している。また、自身の動画チャンネルも持っている。再生回数は、除霊師の中でもダントツだ。一般人の知名度もまた、ダントツであろう。
現在ランキング二位の鷲尾も、自身の動画チャンネルを持っているしテレビ番組によく出演している。美神田ほどではないにしろ、かなりの有名人だ。その上、政治家や財閥関係者を顧客に抱えてもいる。彼の場合、除霊師という枠を超えた存在なのだ。
しかし、上野は目立った活動を全く行なっていない。それどころか、宣伝すらしていないのだ。噂では、一見さんお断り……のスタイルで仕事をしており、普通の人間では連絡を取ることすら出来ないという。
そう、上野は知る人ぞ知る存在なのである。一般人から見れば、職業不詳の変なおっさんなのだ。
にもかかわらず、ここ数年間ずっとトップを取り続けている……とのことである。
「そう言えば、この上野ってウチの近所に住んでるみたいッスよ」
何気なく発した木川の言葉に、咲希はすぐ反応した。
「えっ、本当かい?」
「はい。ウチの近くのコンビニ行ったら、よく見かけますよ。背はデカいし、顔も濃いですからね。絶対に間違いないっスよ。ちょいちょい店員に絡んでるところを見ました」
「店員に絡むぅ?」
「そうなんスよ。ひどい時なんか、おっかない顔で店員に因縁つけてんの見たっス」
聞いた咲希は、思わず拳を握りしめる。いくらナンバーワン除霊師とはいえ、コンビニの店員にたびたび因縁をつけるとは、見下げはてた性根だ。
ひょっとしたら、上野はクレーマーなのだろうか。仮にそうでないにしろ、咲希は弱い者いじめをする奴が大嫌いである。
「クソ、カタギに絡むなんて許せないね。一度シメてやろうじゃないか」
「そのコンビニ、行ってみます?」
「おう、行ってやろうじゃないか」
翌日、咲希と木川は大きな国道沿いを歩いていた。上野が出没するコンビニに行くためである。
途中、国道側の信号が赤になり、車が停まった。ひとりの老婆が、車道を渡ろうと横断歩道を歩き出す。片手に杖、もう片方の手にはエコバッグを持っている。買い物の途中だろうか。
だが、途中で何かにつまづき倒れた。痛そうに顔をしかめ、足首を押さえている。くじいてしまったのか、立ち上がる気配がない。その間にも、歩行者用信号は赤に変わろうとしている。
その時、咲希は素早く動いた。老婆のそばに移動し、しゃがみ込む。
木川もまた、何をするか察したらしい。すぐさま彼女のそばに移動する。
直後の動きは見事なものだった。咲希は、老婆をひょいと抱き上げる。お姫さま抱っこの体勢で、車道を素早く横断したのだ。同時に木川が、杖とエコバッグを持ち付いていく。
向こう側に着くと同時に、咲希は老婆を地面に下ろした。木川も、杖とエコバッグを横に置く。
「おいババア、大丈夫か? スマホは持ってるか?」
乱暴な口調で聞く咲希に対し、老婆は突然のことに何も言えず、ただ頷くだけだった。
「歩けない時は、スマホで救急車よべよ」
そう言うと、咲希はすぐさま立ち去っていった。
「あれッス。あれが、上野をよく見かけるコンビニッス」
木川が指さしたのは、どこにでもあるコンビニエンスストアだ。特に変わった点があるわけではない。絶対王者の除霊師が行く店とは思えなかった。
だが、中を見てみなくてはわからない。
「そうかい。さっそく行ってみようじゃないか」
ふたりが店内に入ると、若い店員が元気よく挨拶した。若いと言っても、咲希よりは確実に歳上だろう。
すると、木川の表情が変わった。
「あっ、この人ッス。この店員、ちょいちょい上野に絡まれてるんスよ」
そう、レジにいたのは上野の数少ない友人のひとり、入来宗太郎であった。咲希はつかつか近づいていき、スマホを見せる。上野の画像が映っていた。
「ちょっとあんた、こいつを知ってるよね?」
「えっ? ああ、知ってますよ」
「こいつ上野っていう除霊師なんだけどさ、あんたはよく絡まれるんだって?」
「まあ、絡まれてると言えば絡まれてますけど……」
入来が答えると、横にいたタイ人バイトのチャンプアが口を挟む。
「上野さん僕も知ってるよ。すっごく変な人だよ。変で変で友だち全然いないよ。だから入来さんのこと好きよ。好きで好きで仕方ないよ。だから、わざわざこの店にやって来るよ」
「好きで好きで仕方ないって……まさか、あんたらそういう関係なの?」
引きつった顔の咲希に向かい、入来は慌ててかぶりを振った。
「いや、違いますから」
「そうだよ。入来さんは彼女いるよ。可愛い可愛い彼女いるよ。入来さんとラブラブよ。ラブラブでラブラブで仕方ないよ」
またしても、チャンプアが余計なことを言った。入来は顔を真っ赤にして、チャンプアを押しやる。
「君は余計なことを言わなくていい」
そんなことを言っているふたりを見ながら、咲希は首を傾げる。
上野信次という人間が、ますますわからなくなってきた。だが、こいつは上野のことを知っているらしい。ならば、話を聞いてみよう。




