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上野信次 優雅にして華麗なる除霊の日々  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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バカップラーそうたん(1)

 とある日の昼下がり、上野は都内にある高級マンションの一室にいた。

 傍らには、若い青年が立っている。髪を金色に染めており、表情には締まりがない。ブランドもののポロシャツを着ており、落ち着きない態度で長身の上野を見上げている。


「先生、どうっスかね?」


 ややあって、沈黙に耐えられなくなった青年が尋ねた。


「どうとは、何のことです?」


 上野はというと、面倒くさそうに言葉を返す。その態度に、若者は苛立ったらしい。ムッとした表情で口を開く。


「いや、だから霊っスよ霊。いるんスか?」


「ええ、いますね」


「えっ、やっぱり……だったら、すぐに追っ払ってください。パパッと、ね」


 一応は敬語を使っている。だが、態度は横柄なものだ。こちらを見る目にも、敬意は感じられない。

 この若者、父親が大企業の社長でありマンションのオーナーでもある。今回も、父親のコネを使い上野に連絡してきたのだ。正直、最初に話が来た時点で気は進まなかった。

 そして今、依頼主である若者と直接話したおかげで、はっきりと決断することが出来た。


「嫌です」


「えっ、何を言っているんスか?」


 唖然とした表情の若者に向かい、上野はゆっくりと繰り返した。


「聞こえませんでしたか? では、はっきりと聞こえるように言います。嫌です。ごめんです。お断りです。まっぴらです」


「ちょ、ちょっと待ってください! 何でですか?」


「嫌だからです。では、失礼します」


 言うと同時に、上野は部屋を出ていった。若者が何やら叫ぶ声が聞こえたが、完全に無視した。




 三十分後、上野はタクシーを降りる。面倒くさそうに、自宅へ向かい歩き出した。と、その足が止まる。

 十メートルほど先に、見覚えのある者の姿を発見したのだ。コンビニ店員の入来宗太郎と、特殊配達員の山樫明世である。両者は、ニコニコしながら歩いているのだ。

 こんなけしからんものを、見逃すわけにはいかない。上野は、そっと後をついていった。

 ふたりは楽しそうに語り合い、歩いていく。後ろからは、百八十センチを超える長身の中年男がついて来ているのだが、全く気づいていない。

 やがて入来と山樫は、とある公園に入っていった。当然、上野も入っていく。

 ふたりは、広場に設置されたベンチに座った。すぐ横には、巨大な遊具がある。怪獣の顔を模した滑り台であり、内側は空洞で中に入り込むことも可能だ。壁には穴が空いており、外を覗くことも出来る。上野は遊具の中に入り、ふたりの会話を盗み聞くことにした。

 近づくにつれ、ふたりの声が聞こえてくる。


「ねえ(そう)たん、あれ知ってる?」


 山樫の声だ。どうやら入来のことを、そうたんなどと呼んでいるらしい。上野は笑いを堪えつつ、さらに聞き耳をたてる。


「あれって何?」


「あのね、牛乳にサイダーを入れると美味しいんだって」


「へえ、知らなかった」


「ん? ちょっと待って。逆だったかも。ひょっとしたら、サイダーに牛乳入れると美味しいのかもしれない」


 何というバカな話をしているのだろうか。上野は呆れつつも、盗み聞きを続行する。


「あのう、それって一緒じゃないの?」


 もっともなツッコミである。すると、山樫の表情が変わった。


「一緒じゃないよ。あのね、料理は材料を入れる順番で、味が全然違ってくるんだから」


「いや、料理なんて大袈裟なものじゃ……」


 苦笑しつつ言った入来だったが、すぐに口を閉じる。山樫の表情が、さらに険しくなっていたのだ。


「ちょっと! 何それ! あたしをバカにしてんの!?」


「いや、してないよ」


「してる!」


 困ったことに、痴話喧嘩が始まってしまったらしい。こんな時は下手に止めに入ると、こちらが被害を被る。上野は、黙って盗み聞きを続けることにした。


「してないってば……」


「いーやバカにしてる! ううう、すっげームカつく。ものすっごくムカつく」


 山樫は身振り手振りを交え、怒りをあらわにしている。入来は、すまなさそうな顔で頭を下げた。


「ご、ごめん」


 途端に、山樫はきっと睨みつける。


「なんで謝るの?」


「えっ?」


「本当にバカにしてないなら、謝ることないじゃん! やっぱりバカにしてたんだ! 無茶苦茶ムカつく!」


 どうやら、謝ったことで怒りの炎にさらなる油を注いでしまったらしい。有りがちな話だ……などと思いつつ、上野はふたりの痴話喧嘩に聞き耳をたてる。


「あ、あのさあ……」


「本気でムカつく! あああ、やってやりたい! すっげー怖いことやってやりたい!」


 言いながら、山樫は地団駄を踏んでいる。よくわからないが、これが彼女の怒りの表現なのだろうか。

 直後、ふたりの会話は予想もつかない方向へと進んでいく──


「それって、どういうこと?」


 この声は入来だ。しごく真面目な顔で聞いている。さすがの山樫も、呆気に取られていた。


「へっ?」


「今、すっげー怖いことやってやりたいって言ったよね。どういうことをやりたいの?」


 真顔で、こんなことを聞いている入来。あいつはバカなのか、それともアホなのか……などと思いつつ、上野は成り行きを見守る。


「いや、その、それは……」


 対する山樫は、しどろもどろだ。しかし、入来は容赦しない。


「だからさ、具体的にどんなことをしたいの?」


「た、例えば……そうだ! 呪いのビデオ借りてきて、一緒に観る!」


 どうだ、とでも言わんばかりの表情である。聞いている上野は、思わず頭を抱えた。このふたりは、どちらもバカだ。

 入来はというと、冷静な表情で言葉を返していく。


「えーっと、呪いのビデオってアレだよね? 観ると死ぬとか言われてる奴だよね?」


「そだよ」


「そんなの一緒に観たら、アキちゃんも死ぬよ。だいたい、それじゃ怖いとかいうレベルじゃないから」


「う、ううう……」


 何やら唸っていた山樫だったが、次の瞬間に拳を振り上げる。


「ああん、もう! いちいち細かい! すっげームカつく! すっげームカつく! すっげームカつく!」


 言いながら、虚空を殴りつける。シャドーボクシングでもしているようだ。入来は面くらい、またしても謝った。


「ご、ごめん」


「だからさ、なんですぐ謝るの! ああ、本気でムカつく! ものすごい嫌がらせしたい! 落ち込んで三時間くらい立ち直れないくらいの嫌がらせしたい!」


 すると、入来がまたしても余計なことを言い出した。


「それって、どんな嫌がらせ?」


「へっ?」


「落ち込んで三時間くらい立ち直れないくらいの嫌がらせって、どんなことすんの?」


 聞いている上野は、やめんかバカ……と心の中で罵った。


「どんなことって……も、ものすんごい嫌がらせだよ」 


 予想通り、山樫は言葉につまっている。そんな彼女に、入来は畳みかけていく。


「具体的に何すんの?」


「それは、その、あの……」


 言葉が出てこないまま、下を向く山樫だった。だが、すぐに顔を上げる。


「あっ、あれあれ! 作ってる最中のカップラーメンに、山盛りのしらす干しを入れる!」


 叫ぶ山樫の顔つきは、世紀の大発見をしたかのようである。聞いている上野は、思わず天井を仰いだ。このふたりは、ある意味お似合いのバカップルだったらしい。

 バカップルのツッコミ担当である入来はというと、顔をしかめていた。


「うわあ、それはキツいね。なるほど、それなら三時間くらいは落ち込むよ」


 ツッコめよ、などと内心で呟きつつ、上野は聞き耳をたてる。


「でしょ! 昔、ひい婆ちゃんによくやられたんだよね!」


 バカップルのボケ担当である山樫は、勝ち誇った表情で胸を張っている。やはり、こいつらの頭の中は異次元だ……などと心の中で呟く上野だった。

 その時、彼の目は妙なものを捉える。







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