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上野信次 優雅にして華麗なる除霊の日々  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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化け猫物語(2)

 朝食を終えると、上野は立ち上がった。服を着替え、バックパックを背負い外に出る。

 アパートの前で立ち止まると、念のため振り返ってみた。

 三毛猫は追ってこなかった。室内に留まっている。もっとも、妖気は依然として漂っている。周囲の空気まで浸蝕してきていた。やはり、このアパートに憑いている。上野はスマホを取り出し、ある人物へメッセージを送った。その後、しばらくアパートの周りを観察してみる。だが、変わった点はない。

 やはり、もう少し詳しく調べてみないとならないようだ。上野は、国道にてタクシーを拾い乗り込んだ。



 しばらくして、タクシーが停まりドアが開く。

 降りた上野は、とある場所へと真っすぐ入って行った。入来宗太郎の勤めるコンビニである。


「いらっしゃいませ……あっ、上野さん」


 レジにいた入来は、入ってきた上野を見るなり顔を引き攣らせる。途端に、上野の目が鋭くなった。  


「何だ、その顔は。こいつ、また来やがった……とでも思っているんだろうが」


「い、いえ、思ってませんよ。今日も元気そうですね」


 そう言ってへらへら笑う入来に、上野はそっと顔を近づける。


「ところで、あいつとはどうなっているんだ?」


「へっ? あいつって誰ですか?」


 きょとんとする入来に、上野は目を細めつつ囁く。


「あいつだよ、あの配達娘だ」


「配達娘? あっ、もしかしてアキ……いや、山樫さんですか?」


 入来の表情が変わった。目を逸らし、落ち着かない様子で頭を掻く。

 対する上野は、いやらしい顔つきでニヤリと笑った。


「そうだ。あいつとは、上手くいってるのか?」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんで、あなたがそれを?」


「当たり前だ。俺には、全てまるっとお見通しなんだよ。で、どうなんだ?」


「いや、それは、そのう、あの……」


 入来の顔は真っ赤になり、声も上擦っている。その反応に、上野は思わず顔を歪めた。どうやら上手くいっているらしいが、この照れ方はひどい。

 今日は、このくらいにしておいてやるか。 


「ふん、いい年齢をして何を照れているのだ。童貞中学生でもあるまいに」


 言い放つと、上野はカゴを手にした。買い物を開始する。目につく物を、片っ端からカゴに放り込んでいった。




 買い物を終えコンビニを出た後、上野はスマホをチェックした。

 メッセージが来ている。少し長いが、最初から最後まで全て読み込んだ。

 このメッセージのおかげで、三毛猫の謎が解けた。奴が何をしたいのかも、だいたい読めてきた。次に打つべき手もわかった。

 だが、そのためには少々厄介な手続きが必要だ。

 上野は溜息を吐き、またタクシーを拾う。




 一時間後、上野は見晴らしのいい丘の上にいた。町が一望できるくらいの高さだ。周囲に人工物は何もなく、緑に覆われている。空は青く、降り注ぐ日の光は心地好い。上野は土の上に座り込み、買ってきた弁当を食べ始める。

 その時、漂う空気が一変する──


 現れたのは、一匹の黒猫であった。

 黒猫はとても美しい毛並みをしており、体型も痩せすぎず太りすぎでもない。前足を揃えて佇んでいる姿からは、気品すら感じさせる。瞳は、美しいエメラルドグリーンだった。

 そんな不思議な雰囲気を漂わせている黒猫には、他の猫とは決定的に違う点がある。長くふさふさした尻尾が、二本生えていたのだ。その二本の尻尾を、優雅にくねらせている。

 しばらくの間、上野と黒猫は無言で見つめ合っていた。異様な空気が、両者の間を漂っている。

 やがて、黒猫の口から溜息のような音が漏れた。


「お前、何しに来たのニャ?」


 流暢な日本語で、黒猫は聞いてきた。異様な事態ではあるが、上野は意に介さず答える。


「今、ちょっと厄介な案件を抱えている。そこでだ、あんたに手を貸してもらいたい」


「猫の手も借りたいのかニャ? 嫌だニャ」


 そう言うと、黒猫はぷいと横を向いた。その場で、毛繕いを始める。

 この喋る黒猫は、ミーコという名の猫又である。数百年前から生きているらしく、妖魔の中でも高位の存在であるのは間違いない。人間のことをバカにしており、気難しい性格でもある。 


「おい、話くらい聞いてくれてもいいだろうが」


「どうせまた、しょうもない妖怪を追い払えとか、そんな話なのニャ。断るのニャ」


 ミーコの態度はにべもない。上野のことを見ようともせず、毛繕いを続けている。

 だが、今回はこの化け猫の妖力が必要なのだ。何せ、超法規的手段を用いなくてはならない。


「違うんだよ、こみいった話でな。ちゃんとお礼するからさ、話だけでも聞いてくれ」


 文字通りの猫なで声で頼んでみたが、ミーコは完全無視だ。

 それならば……と上野は、カバンから何かを取り出す。それは、ピンク色の猫じゃらしであった。

 途端に、ミーコの目が輝く──


「ふ、ふさふさだニャ……」


 その口からは、声が漏れる。

 上野は素知らぬ顔をして、ひとりで猫じゃらしをもて遊んでいた。右、左、上、下……ミーコは、その軌道を食い入るように見つめている。

 やがて、猫じゃらしがミーコの目の前に来た。その瞬間──


「ニャ!」


 ミーコは飛びかかった。しかし、上野は巧みに猫じゃらしを操る。猫じゃらしは、ミーコの攻撃をすっと避けた。

 さらに、ミーコの目の前で猫じゃらしが動く。挑発するかのように、右、左、右、左と……ミーコは、夢中で猫じゃらしの動きを目で追っている。

 そう、ミーコは数百年以上生きている化け猫なのは間違いない。妖怪の中でも、恐れられている存在なのも確かである。それが故に、猫らしい遊びをここ百年以上していない。したがって、猫じゃらしを出され飛びついてしまったのである。


「ニャ! ニャニャ!」


 今、ミーコは一匹の猫に戻っていた。一心不乱に、猫じゃらしを追いかけている。

 やがて、その前足が猫じゃらしを捕らえた。ミーコは凄まじい勢いで猫じゃらしに噛みつき、後ろ足で蹴りまくる。

 その時、蕩けそうな表情でこちらを見下ろしている上野と目が合った。

 ハッと我に返る──


「バ、バカにするニャ!」


 怒鳴ると同時に、猫じゃらしを前足の一撃でぶっ飛ばす。直後、プイッと横を向き毛づくろいを始めた。

 だが、上野はくじけない。なおも、猫なで声で迫る。


「ミーコぉ、怒らないでくれよ。なあ、イカぽっぽ焼き食わしてやるからさ」


 すると、ミーコがこちらを向く。気持ちが動いたのだ。上野はたたみかける。


「ついでに、梅さんとこでイカの握りも御馳走するぞ。好きなだけ食わしてやるからさ」


「サビ抜きだろうニャ?」


「ああ、サビ抜きだ」




 その夜。

 上野はアパートに帰り、ぼーっとテレビを観ていた。時おり、傍らに置かれている駄菓子に手を伸ばし口に運ぶ。

 そんな上野を、三毛猫は憎悪に満ちた目で睨んでいた。妖気は、さらに濃くなっている。もはや、毒ガスにも等しいレベルだ。常人がここに入ったら、一瞬で昏倒してしまうだろう。

 上野と三毛猫の息詰まるような戦いは続く。だが、状況を一変させる出来事が起きた。


 突然、部屋の真ん中にひとりの女が出現する。縞模様のパジャマらしきものを着ており、髪は肩までの長さだ。どこにでもいそうな、地味な風貌であった。眠っているらしく、目をつぶり寝息を立てている。

 だが、その体がピクリと動いた。突然、苦悶の表情を浮かべる。呻き声をあげながら、室内を転げ出した。この部屋に立ち込めている妖気が原因だろう。

 すると、三毛猫の表情が変わった。同時に、室内に充満していた妖気が消えていく。ほんの数秒で、妖気は跡形もなく消えていた。

 女は荒い息を吐きながら、目を開けた。周囲を見回す。

 三毛猫と目が合った瞬間、女は息を飲んだ。


「そ、そんな……」







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