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どっかの休日

 入来宗太郎は、足を止めた。

 コンビニ店員の彼だが、本日は休みである。朝の九時に起床し朝食を食べた後、近所の商店街をぶらぶら歩いていた。

 そんな時、おかしなものを発見したのだ。




 十メートルほど先にて、電信柱の陰に隠れている者がいる。緑色のツナギを着た女だ。髪は短く、とぼけた感じの顔立ちである。何となく、どこかの地方のゆるキャラを連想させる風貌だ。

 もっとも、この女を甘く見てはいけない。彼女の名は山樫明世(ヤマカシ アキヨ)、二十歳の配達員である。それも、特殊な案件のみを取り扱うスーパー配達員なのだ。身体能力は凄まじく、切り立つ断崖絶壁を素手でよじ登り荷物を届けてしまえる超人である。入来とも、顔見知りだったりするのだ。

 そんな山樫が、電柱の陰に隠れ、前方に鋭い視線を送っている。まるで、尾行する探偵のようであった。

 入来は、そっと近づいてみた。


「あ、あのう」


 声をかけると、山樫は無言で飛び上がる。よほど驚いたらしい。

 直後、険しい表情で後ろを向く。だが、その表情はすぐに和らいだ。


「ちょっと、黙ってこっち来て」


 囁きながら、入来の腕を掴み強引に引っ張る。入来は、よろけそうになりながら山樫のそばに引き込まれた。


「だ、だから、君は何をしてるの?」


 小さな声で尋ねると、山樫は前方を指差す。

 入来がそちらに視線を向けると、二十メートルほど先に背の高い男が立っていた。ジャージ姿で、一軒の店の前にいる。扉に貼ってある何かを読んでいるらしい。時おり、うんうんと頷いている。その濃い横顔には、見覚えがあった。


「あれさ、上野さんだよね?」


 不意に、山樫が囁いてきた。


「本当だ。何やってんだろう」


 何の気なしに呟くと、山樫はこちらを向いた。


「あの人のプライベートって知ってる?」


「いや、全く知らない」


「えっ、あんたでも知らないの?」


「う、うん。どこに住んでるかとか、既婚者なのかとか、そういうプライベートな話は聞いたことないな」


 そうなのだ。

 入来は、上野とは数年来の付き合いである。しかし、プライベートなことは全く知らない。知っているのは、上野は日本でもトップクラスの除霊師であると同時に、日本でも最高級の奇人変人であることだけだ。

 そんなことを思いつつ、山樫に視線を移す。彼女はこちらに背を向け、上野の行動をじっと観察していた。無防備なうなじが、入来の目に入る。

 途端に、どきりとなった。山樫が女性であり、密着に近い体勢だ……この事実を突きつけられ、入来は動揺していた。

 その時、山樫が振り返る── 


「上野さんが動き出した。ちょっと、跡をつけてみようよ」


「い、いやあ、それはマズイんじゃないかな」


 入来はうろたえながらも、どうにか言葉を返した。すると、山樫は首を傾げる。


「なんでよ? あんただって、いろいろ迷惑かけられてんでしょ? だったら、知る権利くらいあるよ」


「それとこれとは別だよ。上野さんのプライベートを──」


「ほら、見失うよ! いこいこ」


 言ったかと思うと、山樫は入来の腕を掴んだ。強引に引っ張っていく。彼女は細身だが、その力は強い。入来は照れながらも、付いていくしかなかった。




 やがて、上野は公園に入っていく。公園何の用があるのだろうか。入来と山樫は、距離を開けつつ尾行する。だが、思わぬ光景に愕然となった。

 上野は、公園のシーソーにひとりで座っていたのだ。片方の端に座っているため、当然ながら下がりっぱなしである。

 その状態のまま、上野はじっと前を向き微動だにしていない。スマホをいじるわけでもなく、険しい表情で虚空を睨んでいるのだ。


「あれ、何やってんだろう……」


 山樫が、ひとり呟くように言った。


「な、何だろうね」


 答える入来は、どぎまぎしていた。さっきから、ずっと山樫に手を握られている。女の子と手を繋ぐなど、本当に久しぶりだ。もともとモテるようなタイプではないし、キャバクラにも風俗にも行かない。

 したがって、ちょっとだけよこしまな気分になっていた……。


「上野さん、本当に変な人なんだな」


 一方の山樫は、上野の姿を唖然となりながら眺めている。実のところ、入来の手を握っているのも不安からだ。上野の行動が理解不能なため、完全に圧倒されているのである。

 離れた位置から観察を続けるふたりの前で、さらに奇怪な出来事が起きる。突然、がっちりした体格の女性が現れたのだ。青いジャージを着て眼鏡をかけており、肩幅は広く腕は太く腹周りも凄い。確実に百キロを超えているだろう。

 そんな女が歩いてきたかと思うと、ひょいとシーソーに跨がる。巨体に似合わず、動きは軽快だ。

 次の瞬間、上野の体は浮き上がる。正確には、上野の座っている側が、女の重さにより上がっていったのだ。

 途端に、上野は悔しそうな顔でシーソーから降りた。そのまま、脇目も振らず歩いていく。

 すると、山樫も動いた。入来の手を握ったまま、跡を付ける。

 入来もまた、黙って付いていくしかなかった。




 上野は、商店街を歩いていく。立ち並ぶ店には、昭和の香りが色濃く漂っていた。正直、お洒落という言葉とは程遠い。道行く人たちも、高齢者の割合が高い。

 そんな街を、上野はずんずん進んでいく。さらに距離を開け、山樫と入来も付いていく。例によって、ふたりはしっかりと手を握っていた。時おり、すれ違う老婆が「あらあら、仲良いのね。ウフフ」というような目で見ていたりもする。

 入来はたいへん照れ臭いが、山樫は上野の動きだけを注視している。周囲の目など、お構いなしだ。

 そんな彼女を見ていて、入来は不安を覚えた。山樫は、もしかしたら上野のことが好きなのかもしれない。あの男は、筋金入りの変人ではある。しかし、顔は悪くない……昭和のイケメン、という感じではあるが。しかも身長は高く、手足の長いすらりとした体型だ。さらに、高収入でもある。

 好きになっても不思議ではない……などと思っていた時だった。いきなり、手をぐいっと引かれる。


「ちょっと! 上野さんファミレス入ってったよ! 行ってみよう!」


 慌てた口調で言ったかと思うと、山樫は早足で歩き出した。見れば、上野は確かにファミリーレストランへと入っていく。入来は、彼女に半ば引きずられるような体勢で付いていく。

 ふたりは、そのままファミレスに入っていった──


「上野さん、ファミレスなんか行くんだね。何を食べるんだろ」


 そんなことを言いながら、山樫は上野の動向をじっと窺っていた。メニューで、顔の半分を隠している。


「う、うん」


 生返事をしつつ、入来は周りを見回した。店内には、ふたりと上野の他に数人いる。サラリーマン風に主婦らしき女のグループだ。

 入来と山樫のいるテーブルは、上野から離れた位置にある。今はまだ、気付かれていないらしい。もっとも、大きな声を出したり目立った動きをすれば、すぐに見つかるくらいの位置関係ではある。


「うわ、ひとりでブツブツ言ってるよ。なんか怖い」


 そんなことを言いながら、上野から目を離さない山樫。入来は、先ほど浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。


「あのさ、君は上野さんのことが好きなの?」


 言った途端、山樫の顔が歪んだ。慌てた様子でかぶりを振る。


「ちょっと、変なこと言わないでよう! 上野さんはさ、下手すりゃ親父より年上かもしれないんだよ!」


「そ、そうなの?」


 何の気なしの問いだった。だが、直後に想定外の答えが返ってくる。


「まあね。今生きていたとしても、上野さんよりは下かもしれない」 


 あっけらかんとした口調だ。しかし、入来の方は衝撃を受けた。今生きていたとしても、ということは?


「えっ……じゃあ──」


「そ。うちの親父はね、あたしがちっちゃい時に死んじゃったんだよ」


 やや食い気味に、山樫は答えた。その表情は変わっていないが、やはり思うところはあるのだろう。入来は頭を下げる。


「ご、ごめん。悪いこと聞いちゃったね」


「謝ることないよ。あたし自身、親父の記憶はないから。物心ついた時には、母親とふたり暮らしだったしね」


 そう言って、山樫は笑った。可愛い笑顔だ、と入来は思った。


「君は凄いな」


「今頃わかったの?」


 得意げに胸を張る山樫。すると、否応なしに膨らみが強調される。入来はうろたえ、目を逸らす。この男は二十五歳だが、童貞中学生と同じくらい純情なのである。


「いや、前から凄いことは知ってたけどさ」


 動揺を隠すため、適当なことを言った。だが、山樫は機嫌をよくしたらしい。


「へへへ、まあね。でもさ、入来さんも凄いよ」


「えっ、僕が? 僕は普通のコンビニ店員だよ。全然すごくないから」


「いやいやいや。あの上野さんと親友になれる時点で、どう考えても普通じゃないから」


 くすくす笑いながらの言葉に、入来も苦笑しつつ尋ねる。


「あのう、それは褒められてるの?」


「一応は褒めてるよ」


 楽しそうに答える山樫の目は、入来だけに向けられていた。

 それが嬉しい……などと思っていた時、入来は空腹を感じた。考えてみれば、そろそろ昼飯時だ。一瞬ためらったが、提案してみた。


「あ、あのさ、何か食べる? こんなところで良ければ、ご馳走するよ」


「えっ、いいの?」


「うん。実は、お腹空いちやってさ。ひとりで食べるのも申し訳ないし」


「わかった。じゃ、遠慮なくご馳走になるね」




 やがて、ふたりは笑顔で語らっていた。そんな中、上野はそっと店を出ていく。

 帰り際、扉のところで振り返った。しかし、入来も山樫も全く気づいていない。会話が盛り上がっており、上野のことは完全に忘れている。


「なんか、知らん間にキューピッドの役割を果たしてしまったようだな」


 ボソリと呟くと、再び公園へと向かう。目当ては、あのシーソーだ。先ほどの女は姿を消しており、誰もいない。

 上野は、当然のごとくシーソーの端に座り込む。そのまま、無言で前方を見ていた。

 やがて、その場に現れた者がいる。がっちりした体つきの女性……そう、先ほどシーソーに座っていた女だ。

 そこからの展開は、デジャヴュそのものであった。女が反対側に座り込み、上野の体が浮き上がる。悔しそうな顔で、シーソーを離れる上野。数時間前に起きたことと、全く同じである。

 残念ながら、山樫も入来もそれを見ていなかった。ファミレスにいる若いふたりの目には、お互いのことしか見えていなかったのである。







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― 新着の感想 ―
[良い点] よりによって上野さんがキューピッド( ̄□ ̄;)!! [一言] この女性、気味が悪いです(´゜ω゜`)。 体格から、ダサい変装をしたラジャ姐さんだと思おうとしましたが……明らかに違いますよ…
2024/04/07 01:03 退会済み
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