超聖人エル・カラス(3)
車から降りた上野たちの目の前には、巨大な廃墟があった。
上野は入口に立ち、じっくりと上から下まで観察してみる。周囲の豊かな自然とは不釣り合いな、けばけばしい外装。極彩色をふんだんにしようした派手な看板には、不快感すら覚える。
しかし何より疑問なのは、その高さであった。恐らく四階分はあるだろう。四階建てとなると、旅館というよりはホテルに近い。なぜ、山奥にこんなものを建てたのだろうか。潰れるのも当然であろう。
呆れつつ見上げている上野とは対照的に、カラス神父は真剣そのものであった。何やら、英語でぶつぶつ呟いてる。表情から察するに、恐ろしいものが潜んでいるらしい。
「上野尊師、僕はすべからく率いて来て欲しいであられる」
そう言うと、中にずかずか入っていく。メリーも後に続いた。
残された上野は、鈴本を睨みつけた。
「ここで待っていろ。いいか、運転中に笑ったら承知せんぞ。大東さんにお仕置きしてもらうからな」
中に侵入したカラス神父は、ゆっくりと周囲を見回す。館内は沈黙に支配されており、様々な物の残骸が転がっている。古いパンフレットの類いや、ボロボロになったソファーなど……テーブルやカウンターなどは汚く汚れているものの、未だに現役で使えそうだ。
もっとも、カラス神父にはわかっていた。凄まじいまでのまがまがしい空気が漂っているのだ。ここには、恐ろしい悪魔が潜んでいる。
やがて、カラス神父はとある部屋の前で立ち止まった。
「ここに反社な悪魔がおいでなさる。ふたりは、ここで待ちぼうけがよろしかろ」
言った後、メリーの方を向いた。
「メリー! マスクだ!」
英語で叫ぶと、メリーはすぐさま動く。マスクを取りだし、カラス神父に手渡した。
「スカイ・ハイ!」
かけ声とともに、超聖人エル・カラスへと変身する。と同時に、ドアを開け室内に飛び込んだ──
その部屋は、恐ろしく広かった。バスケットボールの試合でも出来そうなくらいの大きさである。かつてはダンスホールか、あるいは何かのショーを見せるための部屋だったのかも知れない。
そして、不気味な声が聞こえてきた。
「お前が、カラス神父か。エクソシストとして、何人もの悪魔を葬って来たそうだな。噂は聞いたことがある」
声と共に、部屋の奥から現れた者がいる。アイスホッケーのマスクを被っており、プロテクターまで身につけている大男だ。身長は二メートルを超えているだろう。がっちりした体格は、プロテクターのためだけではない。
エル・カラスは、思わず顔をしかめる。こういう人間に悪魔が取り憑くと、恐ろしく厄介な敵になる。
「俺の名はジャクソン……この名前、覚えておけ! 行くぞ!」
怒鳴ると同時に、ジャクソンは突進した──
強烈なタックルをくらい、エル・カラスは吹っ飛んだ。しかし、すぐさま体勢を立て直す。
「やるな! 次は、こちらの攻撃だ!」
叫ぶと同時に、カラスは飛んだ。必殺のフライングクロスチョップだ。
しかし、ジャクソンは倒れない。ぐらりとなりながらも、どうにか持ちこたえている。
「何だと!? 私のクロスチョップが効かないのか!?」
驚くカラスを、ジャクソンは嘲笑った。
「その程度で、俺を倒せると思ったか!」
直後、滑るような動きで接近して来る。エル・カラスは、とっさに飛びのき間合いを離した。
両者は、じっと睨み合う。漂う空気は、もはや爆発寸前である。
部屋の外では、メリーが不安そうな面持ちでじっとドアを見つめていた。ドスン、バタンという音が中から聞こえてくる。
一方、上野はというと、背負っていたリュックを降ろした。中から、何かを取り出す。
それは、ボードゲームの盤であった。緊迫した状況を尻目に、上野は駒を並べ玩具の紙幣を用意する。
やがて、ひとりボードゲームが始まった。ルーレットを回し、出た数字を見て盤上の駒を進めていく。止まったマスの指示を見ては、ひとりで一喜一憂し玩具の紙幣を増やしたり減らしたりしていく。
それは、かなりシュールな光景であった──
室内では、エル・カラスとジャクソンの戦いが続いている。
ジャクソンの突進を躱し、エル・カラスは窓に飛びつく。
そこからダイブし、聖なるミサイルキックを放つ──
さすがのジャクソンも、このミサイルキックをまともに食らってはたまらない。吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられる。
そこに、エル・カラスは追い打ちをかける。彼の必殺技・ドロップキック二十二連発が炸裂する──
その頃、上野とメリーはボードゲームで遊んでいた。
ひとりボードゲームに興じていた上野に、メリーが興味を示し物珍しそうに見始める。その視線に気づいた上野が、手招きして誘ったのだ。
メリーは日本語がわからないが、英語なら通じる。上野がスマホの翻訳機能を用いて、どうにか会話しつつゲームを進めていた。止まったマスの指示は上野が教えている。初対面の上にお互いの言葉がわからないにもかかわらず、実に楽しく遊んでいる。室内とは、完全に真逆の雰囲気だ。
今も、メリーが株で大儲けした……というマスに止まり、本人は大喜びである。玩具の札束を手にホクホク顔だ。
その時、壁がぶち破られる。同時に、ジャクソンが吹っ飛んできた。エル・カラスのドロップキック二十二連発をくらい、壁が耐えられなくなったのだ。
しかし、ジャクソンも並の悪魔とは違う。すぐに、むっくり起き上がった。反撃の体勢に入ろうとした瞬間、ボードゲームで遊んでいる上野たちが視界に入った。
その時、不思議なことが起きる。
ジャクソンは立ち止まったまま、ボードゲームをじっと見下ろしているのだ。全身から発していた邪気は、見る見るうちに消えていく。
そこに、エル・カラスが飛んできた。ジャクソンに対し、なおも攻撃しようとする。
だが、上野が片手を上げて制した。かぶりを振りつつ口を開く。
「あなたの凄さはわかりました。今度は、こっちのやり方を試してみませんか?」
言いながら、ゲーム盤を指差した。
少しの間を置き、エル・カラスはゆっくりと頷く。
そして、ゲームが始まった。
上野、メリー、エル・カラス、ジャクソン。年齢も格好もバラバラ……というより目茶苦茶な四人が、廃墟の中でボードゲームに興じている。恐ろしく異様な光景だが、四人は真剣そのものだ。
やがて、メリーの駒がゴールに辿り着く。嬉しそうに飛び跳ねる少女と悔しそうな顔をする上野を、ジャクソンはじっと見つめる。
やがて、そっと立ち上がった。
「俺は、こうやって遊びたかった。みんなと、もっともっと遊びたかった」
その声は、心に直接聞こえてくるものだった。言葉が通じないはずの上野も、メリーもエル・カラスも、神妙な顔つきでジャクソンを見つめている。
今のジャクソンに、邪気は欠片ほども感じられなかった──
「お前らと、いっぱい遊べた。ありがとう」
心に届く声はとても優しいものだった。
直後、ジャクソンの体が消える。一瞬の間の後、白い仮面だけが残った。カランと音を立て、床に落ちる──
「いわゆるひとつの掌握の懇願であられるのが、このマスク。ゆえに、僕がマスクを封印するのかと思われる」
重々しい口調で言うと、エル・カラスはマスクを拾い上げた。
翌日、彼らは空港にいた。カラス神父とメリーは、帰国するらしい。
「嬉しいのは会えて大量だ。貴様の手口はスパシーバと思われる。次は、勘当旅行で来たいであられる」
言いながら、カラス神父は握手を求めてきた。おそらく「あなたのやり方は素晴らしい。次は観光で来たい」といっているのだろう。
上野も、微笑みながら手を握り返す。
「いつでも来てください。大歓迎です」
言った後、メリーの方を向く。
「今度は、怪竜大決戦ゲームをやろう。次は負けないよ」
その言葉に、メリーはニコニコしながら頷いた。




