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9 婚姻の儀

ツイノベしていたら投稿すっかり忘れてました。すみません!

 礼拝堂の入り口で、シエルは文字通り固まってしまった。


 は、は、と小さく短い息を繰り返していると、リュスが屈んでシエルに小声で耳打ちする。


「案ずるな。俺に任せておけばいい」

「も、申し訳ありません」

「謝る必要もない」


 さらりと言われてしまい、シエルは口を閉じるしかなくなってしまった。


 深紅の細長い絨毯の端には、色とりどりの花が並べられている。花道をリュスと共に進むと、正面には白い長い服を着た司祭が待っていた。穏やかな笑みを浮かべた細身の年配男性である。


 二人は司祭の前で止まった。司祭が身体に見合わぬ朗々とした声で宣言する。


「これより婚姻の儀を始めさせていただきます」


 司祭は歌うように祝詞を読み上げていった。まるで天上の音楽のような響きに、シエルは今ここに立っているのは夢なのではないかと疑う。


 長い祝詞が終わると、司祭がにっこりと二人に笑いかけた。


「国の守護を司る、夢見の巫女エーデル・アルバイン様を祖とするこのアルバインの地の偉大なる領主、尊き血を受け継ぐリュス・アルバイン様にお聞きします」

「はい」

「閣下はこの者、シエル・ユースタイン様を妻とし、全身全霊を以て守り抜くと誓いますか」


 シエルはリュスの視線を感じたが、その目に憐憫の色があるのを今はどうしても見られなくて、そのまま司祭を見つめ続ける。


 数秒の間の後、リュスが答えた。


「……はい、誓います」


 司祭は、今度はシエルを見る。


「国の守護を司る、夢見の巫女エーデル・アルバイン様を祖とするこのアルバインの地に嫁いでこられたシエル・ユースタイン様にお聞きします」

「は、はい」

「貴女様はリュス・アルバイン様を夫とし、全身全霊を以て支え慈しむと誓いますか」


 これに関しては、シエルに迷いはなかった。


「はい!」


 シエルの即答に、隣のリュスが小さく息を呑むのが聞こえてくる。意外だったのかもしれない。


 シエルはクラウスから、リュスを甘やかし癒やすように依頼されている。どういった方法を取るかはこれから検討していかねばならないが、名目上だけでも妻となった以上、ただの居候の立場に甘んじる訳にはいかない。


 元々、リュスから愛をいただけるなどと大それたことは考えてもいない。だったらシエルのこの命を、シエルに過度なまでの優しさや慈しみを与えてくれたこのアルバインの地に捧げたらどうかと思った。


 シエルの命は、誰かの尊い命を救う為に両親に守られたものだ。その救うべき命がリュスやクラウス、それにエリザだったらいい。それだけのものを、この数日でシエルは彼らから受け取っていたから。


「では、誓いの口づけを」


 司祭の言葉を聞いた途端、一瞬忘れていた不安な気持ちが蘇ってきた。


(ああ、どうか――)


 どうか、リュスが蔑まれた目で見られませんように。


 リュスの手が、シエルの肩を掴んでリュスの方を向かせる。シエルは身体が震えるのを止めることができなかった。自分のせいでこの人が傷ついてしまったら、どう償えばいいのか。


 リュスが両手でゆっくりとヴェールを上げる。目は合わせない方がいいか。


 目についての話はおしまいだと初日に言われてから、シエルは考え続けていた。この目を向けられて、リュスは何とも思っていないのかと。


 リュスは隻眼だ。だから自身ではどうしようもないことを繰り返すなと言いたかったのだろうが、見て気持ちのいいものではない筈だ。


 ブランデンブルグの屋敷にいた全員が、シエルの虹彩異色は不吉で薄気味が悪く、見る者を不幸にすると言っていたから。


(あまり見すぎると、リュス様を不幸にしてしまう……)


 だからシエルはヴェールが完全に上げられた瞬間、目を伏せた。


「……シエル殿……シエル」


 名を呼ばれ、見せるつもりはなかったというのに思わず目を上げてしまう。


 リュスの目を見てしまった瞬間、視界が翳った。


 時間としては、ほんの僅かの間だ。だけど確かに、二人の唇は重なり合っていた。


 リュスが顔を遠ざけると、唇を噛みながら目を逸らす。


(儀礼とはいえ、申し訳ないことをさせてしまった……)


 さぞや嫌な思いをさせてしまったのだろうと思うと、涙が溢れそうになった。でも、ここで泣いたらリュスに更に迷惑をかけることになる。


「では、こちらの指輪を交換して下さい」


 司祭が取り出したのは、不思議な色合いの宝石がひとつずつ付いている、二個の揃いの指輪だった。ひとつには金色の土台に嵌められた琥珀色の石が、もうひとつには銀色の土台に嵌められた透明の石が付いている。


 なんだか自分の目の色みたいだと思いあまりいい気分はしなかったが、エリザが「アルバイン代々に伝わる指輪なんです」と言っていたので嫌とは言えない。


 リュスは銀色の小ぶりな方を指で摘むと、シエルの手を取り指にスッとはめる。司祭とリュスの視線を感じ、シエルも慌てて金色の指輪を手に取ると、リュスのゴツゴツと節くれだった指にはめた。


「――これにて婚姻の儀は終了となります。参列された皆様、新たに夫婦となられたお二人に盛大な拍手を」


 司祭の言葉の後、礼拝堂内に拍手が響き始める。シエルは参列客の表情を見るのが怖くて、俯いた顔を上げることができなかった。


「シエル」


 リュスがシエルの指輪がはめられた手を取り、礼拝堂の外へと導く。


 礼拝堂を一歩出ると、リュスは繋がれた手を兵たちに向けて掲げてみせた。


「閣下! ご成婚おめでとうございます!」

「リュス様! シエル様! 万歳!」


 男たちの歓喜の声が鳴り響き、アルバイン城は二人を祝福する歓声で溢れたのだった。



 婚姻の儀の後は、中庭を会場にして祝宴が始まった。


 リュスとシエルには主役席が設けられたが、他の者は立食だ。一瞬で飲めや食えやの大騒ぎになってしまい、あまりの騒々しさにシエルは完全に固まってしまう。


 十年もの間、ほぼ部屋と書庫、時折井戸や調理場や厠しか行かなかったシエルだ。中庭とはいえ、外で大勢の人の視線に晒されることは、恐怖でしかなかった。


 醜い、不快だと叩かれて物を投げられたら、リュスの顔に泥を塗ってしまう。ならばせめて何もせずジッとしていれば、やり過ごせるのではないか。


 それ以外の選択肢はない、とシエルはひたすら静かにできるだけ気配を消すことに努めた。


 リュスは早々に親類に捕まり、次々に酒を飲まされている。時折隣の席で凍り付いているシエルに様子を窺うような視線を送ってくることはあったが、互いに会話を交わす余裕はなかった。


 皿に給仕された料理を口に運ぼうとしても、食欲が湧かず切っただけで手が止まる。


 エリザとクラウスは、と目だけで探した。彼らは彼らで忙しなく走り回っている。


(このままでは、また粗相をしてしまいそう……)


 そうなる前に、何とかしなければ。


 礼拝堂は、休憩したい招待客の為に開放されていると聞いた。宴は始まったばかりだから、まだ誰もいないのではないか。


 今なら誰の注目も浴びてない。シエルは静かに立ち上がると、隣で男たちに囲まれているリュスを確認する。こちらに注意は払われておらず、席を外すと声を掛ける勇気もないシエルは、そのままそそくさと小走りで礼拝堂に向かった。

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