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7 最初の晩餐

 晩餐の最中。


 リュスの言葉にシエルが微動だにしなくなったのを見て、リュスの横に控えていたクラウスが主に向かって苦言を呈する。


「リュス様、怯えさせてますよ。眉間の皺はやめて下さい」


 クラウスに言われ、リュスはギロリと左目でクラウスを睨んだ。クラウスは怖くないのか、小さく笑いながら続ける。


「ただでさえ無愛想な顔なんですから、そんな風に睨んだらダメですって」

「……うるさいな」


 ボソリと返した言葉が領主らしからなくて、シエルは「おや」と思い二人を眺めた。随分と気安い関係らしい。


 シエルの視線に気付いたリュスが、振り返る。はあ、と息をひとつ吐くと、再び語り出した。


「……俺はこういう顔なんだ。怖がらなくていい」


(怒ってはいらっしゃらなかった……?)


「……その、シエル殿」

「は、はい」


 リュスが苦々しげな表情でシエルを見る。


「貴女の従姉妹であるアリエス殿との婚約は、ここにいるクラウスが釣書を見て強引に進めたものだったんだ」

「は、はあ」


 話の方向性が見えず、シエルは情けない返事をするしかなかった。


「資産家のブランデンブルグ家と婚姻関係となるのは我が領にとっても益になるかと思いそのままにしていたが、先日唐突に婚約者を変えたいと言われ、正直驚いた」

「も、申し訳ございません……」


 それはそうだろうとシエルも思うから、素直に頭を下げる。


「そのまま婚約解消できれば煩わしいのもなく違約金ももらえると考えたが、なぜかブランデンブルグ卿は金額を吊り上げ、貴女をここに寄越すことに固執しているように思えた」

「……」


 ニールの婚約者であったシエルがあそこに居続けると、色々と拙いこともあるのだろう。外聞は決していいとは言えないことは、外に出ないシエルですらも分かる。


 シエルには本から得た知識はあったから、この状況が外からどう見えるかも、何となくは理解できていたのだ。


「……理由は分かっていそうな顔だな」

「も、申し訳ございません」


 そうとしか返せなかった。


 まあいい、とリュスが呟く。


「金額が増えるのは願ったり叶ったりだから、受けた。つまり貴女に伝えたいのは、これはアルバインにとっての戦略的婚姻だということだ」

「……ええと、私たちは結婚するのですか?」


 追い出されるとばかり思っていたが、違うのか。シエルが首を傾げると、リュスの眉が変な形に垂れ下がった。


「……そう言っているのだが」


 アルバインがお金に困っているという話は本当だったのだ。つまり、お金を受け取るにはシエルを娶らないといけないということらしい。


 少しスッキリしたシエルは、こくんとまた頷いてみせる。


「理解、致しました」

「金で身柄を引き受けたと言われているのだぞ?」

「……私に価値があるとは思えませんが、叔父のお役に立てたのならば本望です」

「愛のない結婚だぞ? 悪いが、俺は貴女を妻として愛する気はないんだぞ」

「リュス様っ」


 クラウスが止めたが、リュスが手をうるさげに振りクラウスを黙らせる。


 だが、シエルは今それどころではなかった。このままここに置いてもらえる。まるで夢のような展開に、歓喜が湧き上がってきていたのだ。


「……シエル殿?」


 怪訝そうな表情で、リュスがシエルを見た。軽く咳払いすると、尋ねる。


「勿論、貴女の言い分もあろう。なにかこちらに求める条件があれば、言ってくれれば考慮も」

「あっあります!」


(この流れなら、もしかしたら許されるかもしれない!)


 シエルが勢いよく返すと、リュスとクラウスの顔が引き攣った。


「い、言ってみろ」

「はい!」


 リュスの許可を得て、シエルは前のめりになりながら興奮気味に喋る。


「目を出したまま過ごす許可を、ぜひいただきたいのですっ」

「は?」

「あと、図々しいお願いではあるんですが、その……」


 図々しいと聞いて、リュスが冷めた目でシエルを見た。


「なんだ? ドレスか? 宝石か? そういった類のものは、極力控えてほしいのだが」

「おっお城を!」


 シエルは勇気を振り絞った。


「城? 別邸のことか? そんなものは買え……」


(頑張らないと、今伝えないと……!)


「お城の中を見て回ってもいいでしょうか!」


 しん、と広間が沈黙に包まれる。シエルの精一杯の訴えは、やはり受け入れられないのか。


 あまりにも続く沈黙に、シエルが泣きそうになっていると。


「――は?」


 しばらくして、リュスの声が返ってきた。



 シエルの願いは、不可解そうな表情をしたリュスによってあっさりと許可された。


 追加事項で、夫婦としての営みもする予定はないとリュスに告げられる。シエルが「分かりました!」と返答すると、リュスとクラウスにまた変な顔をされてしまった。


「あの、もしご不快でしたら、リュス様の前に出る時はこの目を隠しますので」

「……隠さずともいい」


 一度も笑顔を見せないリュスだが、この方はこういう顔なのだとシエルは理解した。


 どうも表情があまり豊かでないようなので、シエルを見ても不快そうな顔をしないのはそのせいなのかもしれない。


「ありがとうございます……! リュス様は天使のようなお方ですね」


 あまりの優しさにそう伝えると、リュスはまた変な顔をし、クラウスは「ぶっ」と吹き出すと横を向き肩を震わせてしまった。大丈夫だろうか。


「先程から目がどうのと言っているのは、シエル殿の虹彩異色のことか?」

「あ、はい。お見苦しいかとは思いますが、許可いただけてとても感謝しております……!」


 お見苦しい、とリュスが口の中で呟く。また何か失敗してしまったかとシエルが不安に思っていると、リュスは溜息混じりに言った。


「……俺の片目は斬られて見えない。この姿は見苦しいと思うか?」

「え? い、いえ! ご立派に戦われた勲章かと……!」


 支度をしている際、エリザから聞かされていた。数年前の敵襲の際切りつけられたもので、眼球は残ったものの、白濁してしまった為眼帯を着用しているのだと。


「ならばこの話はおしまいだ」


 抑揚のない口調で言われ、リュスも色々と言われたのだろうかと同情した。


 シエル如きに同情されるのは癪かもしれないが、同じ目に難を持つリュスに対し、シエルが親近感を持ったのは確かだった。



 それからの日々は慌ただしく、アルバインに代々伝わる花嫁衣装をシエルの身体に合わせたりしている間に、あっという間に婚姻の儀当日を迎える。


 挙式は居館に隣接する礼拝堂で行なうことになっていた。城からは少し離れた場所にある町から司祭を呼び、近親者と城関係者のみの質素な式となるらしい。


「婚姻の儀にも参列しないなんて、ブランデンブルグ家の常識はどうなってるんですかね!」


 とは、口数の少ないシエルに根掘り葉掘り質問をし、これまでのシエルの状況を粗方知ったエリザの言葉である。


「身重なアリエスがいるから、長旅は無理ですよ」

「ブランデンブルグ卿は妊娠してない筈ですけどね!」


 ぷりぷりと怒っているエリザの気持ちが嬉しい。花嫁衣装に身を包まれながら立っていたシエルは、ヴェールの中で微笑んだ。


「私はエリザさんに傍にいてもらえるのが、なによりも嬉しいんです」

「シエル様……っ」


 エリザは頬を赤らめると、嬉しそうに笑った。


 そう、シエルははじめこそ、エリザはシエルの醜さに対する不快感を表に出していないだけかと思っていた。だが、こちらが恥ずかしくて布団に潜りたくなるくらい繰り返し褒めてくれる。なので、これはもしや本当に不快と思われていないのでは、と思い始めたところだった。


 エリザに視力が悪いのかと尋ねたらものすごくいいですと返されたので、もしかしたらこれまで様々な物を見て、耐性がついているのかもしれない。


 レースの手袋をはめたシエルの手を、エリザがそっと握る。


「ようやく婚姻の儀の日がきましたね」

「あっという間でした」


 初日を最後に、リュスとは共に食事を取っていない。日々執務に魔物や野盗が出たと聞けば討伐に出かける忙しない日々を過ごしているそうで、クラウスが食事を食べさせるのに苦労していると聞いた。


 リュスが多忙に過ごしている間、シエルはひたすら測られ磨かれる耐えがたい日々を過ごした。夫婦の営みはないと聞いていたから必要ない筈なのに、エリザや他の侍女たちは「あの堅物領主をその気にさせてやるんです!」と燃えてしまい、シエルが口出しする隙はなかった。


 醜い自分がいくら着飾ったところで状況は変わらない気がしたが、言ったら射殺されそうな目で見られたので一度言ったきり口をつぐんだ経緯がある。


「……今日、この細い指に、アルバイン家代々に伝わる指輪がはまるんですね」

「そんなものを私がはめてもいいんでしょうか……」

「当然です!」


 エリザにきっぱりと言われてしまい、シエルはせめて自分も何かこの恩に報いることができないか、とふと考える。


「――シエル様、お支度は整いましたでしょうか」


 扉を叩く音と共に聞こえてきたのは、補佐役のクラウスの声だった。


「は、はい!」

「リュス様が礼拝堂でお待ちです」

「す、すぐに行きます!」


 いよいよリュスとシエルの婚姻の儀が始まるのだ。シエルは緊張で震え始めた手を同じく震える手で押さえ込みながら、ぎゅっと唇を噛んで前へ一歩踏み出した。

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