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あの扉の向こうから。  作者: えりこ
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押し出す者

だんだんと霧が晴れて視界が広がっていく。パタンと音を立てて扉は閉じ、消滅した。見上げると頭上は鮮やかな緑の木々で覆われている。小鳥の囀りが聞こえる。ここはどうやら山の中らしい。あの扉が私をここに導いたということは、ここが今の私を最も必要としている場所ということになる。

 

 「ちょっとおお、みんな早くな〜い?」

はっとした。この声って…。女の子の声がどこからか聞こえる。

「ねね、みんな〜、こんなに暑いとさ頂上についても景色楽しめないから、ケーブルカーに乗ってこうよ!」

 心臓が大きく跳ね上がる。この声は私だ。もう1人の過去の私の声がする。そして、このあと私はみんなから山登りを諦めるのは早すぎって馬鹿にされて…。

「はあ?何言っちゃってんのお。疲れた後に頂上から景色を見るのか楽しいんじゃん。

諦めるのはまだ早いって。」

 花梨の声が聞こえる。だんだんとその女の子たちの声が大きくなる。冷や汗が吹き出す。そして、このあと美咲にもケーブルカーに乗るのを断られたような…。

「まあケーブルカーもいいけど…せっかくここまで来たし…。」

 愕然とする。過去に戻ってる…。声のする方へ向かって歩く。

 いた…。鬱蒼と茂る木々の間からかるく舗装された山道に4人組の少女たちが見下ろせた。

 花梨、美咲、由莉奈…!帰ってきたんだ…!懐かしさが押し寄せ思わずそっちに向かって駆け出そうとする。そんな明日香を引き止めようとする思考が働く。待って、今行ったら過去の自分だけじゃなくて他の3人もびっくりする。過去を変えたら大変なことになる…。かろうじて立ち止まり、静かに彼らを見つめる。

 「じゃあ、明日香だけケーブルカーに乗っていけばいいんじゃない?私たちは後から合流するからさ。」

「あ、うん。そうすんね。」

トボトボとケーブルカー乗り場へ向かう私。

 私だけなんかすぐ諦めて、みっともなくて、意気地なしで、不甲斐なくて…。なんで私がこんな目に遭わなければならなかったの…?私を扉の向こうに突き落とした奴ってほんとに誰よ。どんな顔だか見てやりたい…。

 え…。頭の中に閃光が走る。見れるじゃん、その私を突き落とした奴の顔。てか、頑張れば止められるんじゃない?こんな厄介事から逃れられるかも…。乗り場に向かうもう1人の私にこっそりとバレないようについていって、突き落とした奴らしき奴がいたら全力で止める。そうすれば、元のように安穏に暮らしていける。そう思い、明日香はもう1人の自分の背中を静かに追った。カラスが頭上で鳴いていた。


 どうして…。静かに辺りを見渡す。もう1人の自分は扉に向かって手を伸ばしかけている。それなのに、辺りには木の影に隠れている自分の他に誰もいない。気配もない。過去の明日香を突き落とす人が現れないのだ。私を恐れて出てこないのかな…。心がざわめく。光が扉から漏れ、辺りが明るくなった。もう1人の明日香が恐る恐る扉を押し開けているのだ。

 その扉の向こうには、やはり明日香がかつて見た茶色くくすんだ景色。辺り一面枯れ草で、夢も希望もない国、リュエン王国が広がっていた。

 あの時は知らなかったが、今ではその国がどんな国なのか、どうしてそんな状況に陥ったのか知っている。生き残ったわずかな人々が苦しんでいるのを知っている。そんな状況から国を救おうと奮闘する優しくて、強くて、明るい人の背中を知っている。そして、その国の人々全員がこんなにも頼りなくて、その責任から逃れようとしていた不甲斐ない私を信じて待ってくれていることを知っている。急に鮮やかにリュエン王国での出来事が次々と浮かぶ。最後に温かな笑顔の興竜が見えた。

 …!私なんでまた気づかないうちにみんなの期待に沿うことを諦めているの…。私なんかじゃ期待には応えられないことなんかわかってる。だけど、そんな弱音を吐くのは自分の持っているもの全てを利用し、死力を尽くしてからでも遅くない。何もせず、自分に向き合わずに諦める資格なんて私にはない。みんながこんな私を信じて待っていてくれるからには。

 今の私は目の前の過去の私と比べても無能なことも、卑しい性格も何も変わっていない。だけど決定的に違うことは、あの時よりもリュエン王国についての知識があること、そして目の前の明日香にこれから何が起こるか知っていることぐらいだ。

 頭の中に閃光が走る。そうか、あれは私だ。明日香はもう1人の明日香の背を扉の向こうへと勢いよく押した。自分の弱さも向こうへと投げ捨てる。

「興竜…私を助けてあげて…!」

もう1人の自分の悲鳴が聞こえる。大丈夫。あなたには味方がいる。強くなれる。心の中でもう1人の自分に語りかける。

 扉はゆっくりと閉まる。どっと達成感が押し寄せる。これで良かったんだ。過去の弱い自分はもういない。

 「興竜、今度は私があなたを助けるから。」

 再び扉に手をかけ、次の段階へと足を踏み入れた。


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