選ばれし者
しばらくの間、明日香は剣と、さっきまで目の前にいた化け物がいた場所に交互に見つめる。
「どうして…。」剣を持つ手が震える。
「やっぱり、君は…。予言どおりか…。」
と、つぶやく男の声が横から聞こえた。
思わず、はっとする。呆然としすぎて私の他にもう一人いたことを忘れていた。
「よ、予言…?」
「ん?ああ、そうか。君は予言のことなんか知らないよなあ。話は長くなると思うが…。そうだ、君を連れてかなきゃならんところがあるから、ガオラにのってるときに話そう。」
と、さっき化物に襲われたとは思えない落ちつきぶりですたすたと歩き始める。え、ちょっと待って…。連れてく…?どこに…?「ガオラ」って…?てか、あの人のこと全然知らないんだけど…?
「おーい、置いてくぞ〜。」と彼は警戒して立ち尽くしている私を振り返って言った。
とりあえず、こんな場所にいるより、あの人について行った方が安全じゃない?なんか悪そうな人にも見えないし。
「あ、待ってくださいっ。」
と彼の背中を追った。
「よし、このガオラに乗るぞ。」
と、彼は言う。
このガオラって、つまり目の前の生き物のことを指してるよね…。簡単に言えば、紅い大きい虎に翼が生えたような見た目である。その時、ガオラという名の生物がこちらを振り返り、目が合った。思わず目を背けた。目が焼けると思った。紅い色をしているだけであって、まさに炎のように燃えるような激しい目をしてた。口からは鋭い牙がちらりと見える。
「これに乗るんですか…。」
「ああ、そうだが。お前、怖いのか。」
その馬鹿にしたような言い方にむっとした。何その言い方。怖いに決まってるでしょ。初めて見たんだから。
「私、初めて見たので驚いただけですけど。別に人乗せるぐらいだから、噛まないんですよね。なら、平気ですよ。」
「いや、噛むぞお。気をつけろ。」
え、うそ…。そんな…。顔が青くなったのがわかる。
そのとき、隣から笑いを堪える声が聞こえた。
「はは、ふ、嘘だよ。ガオラはこんな見た目だが、人懐っこい。誰も噛まん。」
なにこいつ。ムカつくんだけど。怒りと余計な心配をしたことへの恥ずかしさで今度は赤くなった明日香を見て、再び笑っている。
「もう、これに乗ればいいんでしょ。」
「はは、そうだ。そういや、お前タメ口になってるぞ。もっと俺は敬意を払ってもらってもいいはずなんだが。」
「誰があんたに敬意なんか。さっきまで丁寧に接してた私が馬鹿だったわ。」
そう言いながらよいしょっと、ガオラにまたがる。だが動物に乗るのに慣れていないせいか、バランスを崩す。あ、やば。落ちるっと思った瞬間、後ろから抱え上げられてガオラの背に安定して座ることができた。
後ろがあったかい…。なんか安心する…。こっちの世界に来て、初めて力が抜けた。
「…危なかったな。すまん、からかいすぎた。」
振り返ると、すまなそうな顔をして見つめてきた。
「別に…。ちょっとからかわれたぐらいで怒ってた私も悪いし。」
「いや、俺が悪い。先に仕掛けたのは俺だし。…まあ、いい。じゃあ、出発するか。」
「うん。で、どこに行くの?」
ガオラは翼を広げて、広くて青く澄み切った空に向けて羽ばたいた。
「あれ、言ってなかったっけ…。俺らが行くところは、もちろん王宮だ。」
「お、王宮?!そんなもんあるの?!なんでそんなとこに??」
「あるさ、当たり前だろ。なんでって、王に会うために決まってるだろ。王宮に着いたら寝床もあるし、食い物もある。安全も保障されてるぞ。」
「王に会う?王って貴族とかそういう人にしか会わないんじゃなくて?」
「基本そうだが、お前は別だ。お前は選ばれし者だから。」
そして、彼は明日香のこと、自分のこと、この世界のことについて最初から丁寧に話してくれた。
ここは、リュエン王国。王と国民とさまざまな不思議な生き物たちが暮らしている。そして、今からちょうど20年前。とある家で、興竜という名の男の子が誕生する。それが明日香を助けた青年だ。興竜は、どうやらかなり裕福な家庭に生まれたらしい。
彼が5歳のとき、悲劇がこの国を襲う。突如、緑鮮やかな森から明日香たちを襲ったナマズのような化け物が何体も出てきたらしい。たくさんいた国民はその化物に襲われ、命を落とした。汗水を垂らして育てた農作物は蹂躙された。大切にしてきた家畜は無惨な姿になった。空は常に血のように赤く染まり、街や村には悲鳴と泣き声で溢れた。王は軍隊を派遣し、国全体で挑んだ。しかし、化け物は大勢で立ち向かえば立ち向かうほど力を増すらしく、軍隊は跡形もなく散った。残されたわずかな国民は隠れたり、逃げたりして姿を消した。
王はあまりの悲しみと後悔で憔悴し、亡くなった。そして、現在では当時皇太子だった幼い王の息子がひっそりと即位し、化け物が入ってこれないほど強固に守られた小さな王宮から身動きができない状態にあった。
それから10年後。空が急に眩しい黄金に輝き、国中を照らした。人々が潜む隠れ家、洞窟、閉ざされた王宮でさえも。何事かと驚く人々はある予言を耳にする。
「光トトモニ別世界ヨリ一人ノ乙女来タリテ勇者導ク。化ケ物ヲ光ニヨッテ滅シ、時ヲ巡リ空ヲ駆ケル。即チコノ世界ノ灯火トナル。」
その予言は人々の心に希望を抱かせた。人々は乙女を心の底から待ち侘びた。
そして、ついさっき。私が扉から突き落とされた辺りに光の柱が立った。それは王宮からでも見えた。乙女が現れた証拠だった。それがつまり私。王は最も優れた剣の使い手の興竜に、その乙女を急いで連れてくるように命じた。
興竜がガオラで駆けつけると、あの化け物の咆哮が聞こえたらしい。近くに行ってみると1人の少女が化け物に襲われているのを見た。見慣れぬ服を着ていたため、それが予言の乙女と分かったらしい。
「…というわけで今に至る。」
あまりに大きな出来事に巻き込まれたと知り、未だ現実味がない。
「…で、私は王と会って何するの。」
「おそらく、予言に出てくる勇者は誰かを聞くんだと思うが。」
「勇者?そんなもん、私知らないよ…?」
「え?そんなはずはないだろ?だって予言には乙女が勇者を導くってあるし。」
「そんなこと言われても知らないもんは知らないよ…。」
「王もお前が知ってるって思い込んでると思うが。」
そんな…。期待してもらっても困る。私、何もできないのに。さっき化け物を退治できたのも何かの偶然かもしれないし。
「…まあ、そのまま正直に王に言うことだな。何か案があるかもしれん。」
私はすぐに諦めるし、性格もいいわけでもないし、優柔不断だし…。世の中に私なんかよりもマシな人なんていっぱいいるだろうに、なんで私なんだろう。
明日香は1人ため息をつく。その吐息は澄み切った空に上っていった。