第一話 鈴の音
とりあえず第一話と言うことで投稿してみました。
拙い文章を笑って読んでもらえると幸いです。
東北の田舎町、田園地帯が段々に長らく連なって続いて暫くすると、上や下へと市道がくねって家々を挟みつつさらに続いていく。
入り乱れた道の詰まりに五十人程度が暮らす聚楽があり、周りを背の高い杉の木の群れが針のように空を刺している。
父親の代からこの地に移り住み小さな薬屋を営む平井栄治は、もう30も過ぎたというのに浮いた話どころか、度々知り合いから持ち込まれる縁談も最近は断るようになっていた。
家族はいない。
母は病に伏したのち早くに亡くなり、父はあの大戦から帰って来ることはなかった。
幼少は祖母に育てられ特に不自由なく暮らしてはいたが、その祖母も栄治が高等学校に上がる頃に痴呆が酷くなって、老施設に入れたがたちまち容体が悪くなり、間もなくこの世を去った。
しかし栄治は孤独を感じてはいなかった。
早朝に玄関先や庭の花に水やら選別やらの手を加え、玄関先を小綺麗にほうきで払い、それが終われば朝食に二、三のおかず作り善によそって仏壇に上げる。自身の食事の前に線香をあげて手を合わせる。それが毎朝の日課なのだ。
ある日いつものように玄関先をほうきで掃いていると、コロコロと鈴のような音が聞こえた気がした。
辺りを見渡したが何もない。
聞き違いかと戻ろうとすると、またコロコロと音が聞こえた。
どうやら門の外らしい。すかさず音を追ってみる。
すると子供が一人、腰紐から鈴を下げて走る姿があった。
年の頃だと十かそこらだろう。
なにやら楽しげにころころと笑いながら駆けている。
なんのことはない。なんのことはない光景だが、先刻から聞こえるその鈴の音がどうも気になるのだ。
栄治はその娘のあとを追う。
時より姿を失うが鈴の音を頼りにくまなく追っていく。
しばらくすると田園と家々の間を通り抜けた先の農道に入って行った。
林の濃さで日の光が入らず、朝方だというのもあってか薄暗くすらあるその道が妙に不気味だった。
鈴の音はこの先へと続いている。
栄治はさらに奥へと進む。
すると薄暗さは和らぎ開けた場所へとたどり着いた。
そこには古びた惣社と、一本の大木が聳え立っていた。
惣社は大きく立派なものであったが およそ人の手が離れて幾年月経っているのだろうか、屋根は廃れ苔に覆われて、壁や床は所々抜け落ちている。大木は底下から屋根後方へと突き抜けて高く伸び切っている。
なんとも無様な有様だ。
この大木はいわゆる御神木というやつだろうか。
どれくらいした頃か、はっとしてそういえばと追いかけてきた娘のことを思い出し、辺りを見渡したが、やはり姿はなかった。
ふと社に目をやって中の様子を伺ってみるが、暗転に影り多く、視認は難しい。
たしかにここへ来たはずだが、見間違えか。
そもそも理由もなく後を追って来たのだから、むきになることもないと諦めて帰ることにした。
しかし稀代なことだ。
あの娘は一体何者なのか。
それに、あの社。
幼少からこの地域に住んでいるのに、あれだけの惣社と御神木があったとは聞いたことはなかった。
疑問を感じながらも、栄治は家路に着いた。
すっかり朝食の準備も遅れをとってしまったのだが、もはや毎日の習慣もそつなくこなせるものだからあっという間に済ませてしまった。
ほどなくして、隣近所の方から咳き込む音が聞こえた。
栄治は ふっ、と鼻から小さく息をついてすぐにいつもの薬箱を準備し始める。
咳の正体は、栄治の家の隣に住まう娘のものだ。
その家「里見家」は親子三人住まいで、その昔村の中でも指折りの名家であったという話は、その家の佇まいから容易に想像できるほどのものだ。一人娘の「静」は今年十四になるが生まれつき体が弱く、その歳で肺を患っていた。
それに加えて最近は、手足先の痛みもあって体調次第では歩くことも難しい。
母のよう子は、静を看病しながら家内として家を守りつつ、母ながらなにもしてやれないと、自分の無力さにいつもはがゆい思いでいた。
父の繁は役所の職員で、その立場を利用して明るい病院を探して回り、なんとか肺病に関しては下町の病院でなんとかなっているが、体の痛みに関してはどの医者を当たってもはっきりとした原因は分からなかった。
たゞ唯一、平井散薬の薬は痛みに効果があり、静もこの薬を飲み初めてからは大分楽になっているようだった。
繁もよう子も栄治に信頼を寄せていた。
今回も咳を聞きつけてすぐに里見家へ赴く。
すると玄関先で小走りで駆けて来たのは母のよう子だった。
「あっ、栄さん。おはようございます。今呼びに伺おうと思ってたんです。」
栄治の姿を見て安堵しながらよう子は挨拶をした。
「どうも。今しがた咳が聞こえたのですぐに準備してきたところです。」
「いつもありがとうございます。どうぞお入りになってください。」
「では、お邪魔します。」
栄治はこなれた具合に静の部屋へと向かう。
三度のノックの後、「はい・・・」とわずかな声で返事が聞こえ、ドアを開ける。
白い寝巻きに身を包み 左肩へと髪を下げ 口元に手をあてがいながら咳き込む静の姿があった。
透き通るほどの白い柔肌、
「おはよう。栄さん」
咳をすぐに止め栄治に顔を合わせる。
「やぁ。体調はどうだい?」
「やっぱり朝方になると辛くて、でも栄さんの薬だとかなり楽になるから。」
儚く笑顔を見せながら答える。
「でも、吉田先生から処方された薬も飲んでるんだろう?そっちは飲まないのかい?」
「飲んでるけど、栄さんの薬ほどは効かないよ。おかげで手も足も痛くないし」
通いの吉田病院はさほど明るくなかった。効きが悪くなかなかに回復しないわけだが、平井散薬の薬はよく効くことで評判だった。
その評判が元で病院側から患者取りと陰口を叩かれて、あらぬ因縁をつけられるのがしばしばだった。
おかげで肺病の方もすっかり栄治の薬に頼るようになっていた。
「とりあえず、また二週間分出しておくよ。また無くなる頃に来るから」
「ありがとう・・・」
すこし俯いた表情は、何やら思い詰めたようだった。
「・・・?」
「どうかした?」
「・・・なんでもない」
「何か、あったら話してごらんよ」
「・・・」
少し沈黙があった後、ゆっくりと話だした。
「・・・最近、音が聞こえるの」
「音?」
「うん。鈴の音・・・。」
そう言うと、窓の外の景色にゆっくりと視線を向けた。
足早の木枯らしが草木を煽り、葉を老いらせていた。
鈴の音はなんなのか。
あの娘は誰なのか。
なぜ聞こえるのか。
徐々に深層に迫っていきます。