8,捨てられた過去
それからリズが語り出したのは、彼女が奴隷になった理由だった。
彼女は元々、普通の女の子だった。
よく笑いよく遊ぶようなどこにでもいる平民の少女。しかし一つだけ特異だったのは、彼女の家族だ。
彼女の一家は旅芸人だった。
世界を放浪し芸だけで生き抜く。しかしそれは決して容易いことではなく当時は金欠になり首が回らなくなったという。
一座は父母と兄の三人だった。三人は仕方ないと合意し、そして彼女を捨てたのだ。
本当だったら飢えて死ぬはずだった彼女を救ったのは闇商人である。
闇商人は子供をさらっては奴隷の躾を仕込み、売り出すような悪質な人間らしい。俺が想像していたよりもずっとひどいことを奴隷たちにしていたという。
「痛い、苦しい、悲しい、怖い。……でもそのうち、わたし、全部がどうでも良くなった」
どれだけ辛かったのだろう。
俺にはきっと一生わからないくらいだと思う。鞭で打たれるのが当たり前、いつ殺されるかわからないような恐怖の中を生き、心を凍らす他なくなったに違いない。
この話をするリズの顔は、もうすっかりいつもの無表情に戻っていた。
「名前ない。わたし、奴隷。だから捨てた親、恨まない。――――けど」
再会してしまった。
言わずもがな、あの旅芸人たちは彼女を見捨てた家族だった。今でこそ儲かっているようだが間違いないとリズにはわかった。だから、
「…………逃げた。逃げるの一番と思った……から」
思い出すのは、怒りを見せたリズの姿だった。
自分を捨てたくせにおどけて踊る家族たち。それに彼女はどれほどのやるせなさを感じたのか。
気づいてやれば良かったのにと俺は今更ながら思う。
俺が言い出した時、リズの不安そうな顔をちゃんと見ていれば。黙りこくって怯えるように歩くリズに理由を問いかけていれば。
俺は彼女の古傷に触ってしまったのだと初めて知った。
「――リズ」
「ん。気にしないで、いい」
「いや、気にしないわけにはいかないだろ。悪いのは全部俺なんだし」
リズは首を振った。「――。そんなことない」
それきり何も喋らなくなる。
気まずい沈黙。それがひどく胸に突き刺さる。
これから彼女は、どうしたいのだろう。
不遇な人生を不遇なままで生き、辛さを誤魔化し続けるのか。
だが俺はそんなのは嫌だ。リズには笑顔になってほしい。幸せでいてほしい。
例えこの願いが身勝手でも構わない。こんなにひどい人生を送ってきたんだ、ちょっとくらい楽しい気持ちになるくらいいいじゃないか。
捨てられた過去は変えられない。
それが彼女の心に傷跡を残していることも。
きっとあの旅芸人たちはリズのことなんてもう忘れたのではないだろうかと思う。
覚えていたってきっと、何にもなりはしない。仲直りなんて今更できないだろう。
でも、リズに別の幸せを与えてやることならできる。
他ならない俺の力で。
俺は、覚悟を決めた。