7,旅芸人の一座
俺はリズを連れて、我が領へやって来た旅芸人一座が陣取る広場に訪れていた。
リズは何も喋らず、ただただ俺について歩くだけだった。
でも大丈夫だ。きっと芸を見れば自然と笑えるはず。
俺はそう思い、芸が始まるのを待った。
「楽しみか?」
「……」返って来るのはいつも通りの沈黙。
しかし今にわかるさ。
それからまもなくして、旅芸人一座――男二人女一人の三人組――が現れた。
年若い男性は紳士服、壮年の男性は道化服、年増の女性は華やかなドレスと、三人とも奇抜な格好をしている。それは非常に目を引いた。
「ご覧いただきありがとうございます。では」
紳士服の青年がそう言うなり、彼らは奇怪な芸を始めた。
笛や太鼓を吹き鳴らしながら無茶苦茶な踊りを披露する。
男と女が身をふれあい、もう一人の男がそれを邪魔しておどけたり、俺は笑いを堪え切れなかった。
「はははははっ」
いつしか広場には大勢の人々が集まって、旅芸人たちを取り囲んでいた。
熱気が湧き上がり、笑い声やら歓声やらが響き渡っている。
皆が皆夢中だ。ただ一人を除いては。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リズは笑っていなかった。
青い瞳は驚きに見開かれていて、唇を噛み締めており血が滲んでいる。
肩が震え、小さな体がこわばっているのが見てわかった。
それを目にした瞬間、今まで笑っていた俺は固まってしまう。
まるでリズは怒っているかのようだった。
「リズ、どうしたんだ?」
初めて見る彼女の感情は、悲しげな怒り。
でもどうして? 俺は首を傾げずにはいられない。こんなに楽しいはずなのに、どこが気に入らなかったのか。
「…………っ」
「おいリズ!」
その時、彼女はパッと立ち上がると、ドレスを振り乱して人混みの中を走り出した。
突然のことに動転する俺。だが、彼女を追わなくてはならないとすぐさま我に返った。
「待て、待てったら! 急に逃げるなよ!」
必死に駆ける背後ではまだ旅芸人がショーを続けている声がしていた。
リズはそんなにもあの芸が気に入らなかったのか? あの怯えたような目の真意は一体。
俺はまたもや失敗してしまったのだろうか。
前も、俺の身勝手な理由でリズを連れ出し、あの傲慢な王女に絡まれる結果となった。
そして今回も理由はわからないものの、リズが逃げ出してしまうという事態になっている。
「じゃあ、どうしたら」
俺は彼女を笑わせることができるんだ?
ただ純粋に楽しませたかった。笑顔が見たかった。幸せな気持ちにしてやりたい。
そんな考えが嫌だったのかも知れないとふと思った。
十年以上の日々を奴隷として過ごしたであろう彼女のことだ。うまく笑う方法も悲しむ方法も知らないに違いない。
辛い人生に耐えかねて投げ出して諦めて。なのに一体どうして俺なんかが彼女に希望を与えてやれるのか。
思い返せば、全部俺の自分勝手なことばかりを押し付けているだけだった。
奴隷として扱ってやるのが彼女にとっては良かったんじゃないのか。
変に手をかけるからこんなことになったのでは?
そんな考えばかりが頭に浮かぶ。
でも俺はかぶりを振って、それを追い払おうとした。だって、だって。
「俺はお前のことが好きなんだよっ」
あんな天使みたいな美少女を見て、恋しない男なんているだろうか。
俺は彼女にぞっこんだ。奴隷に惚れるなんてと笑われるかも知れないがそれでも好きなものは好きなのだ。
幸せにしたいとそう思ってしまうことはそんなに間違っているんだろうか?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――見つけた」
ずいぶん体力も弱ったなあ。息切れする体に鞭打ったせいで全身が痛い。
しかし「これくらい何だ」とあえて気にしない。俺は彼女の傍まで行き、そっと腕を掴んだ。
薄青のドレスに埋もれるようにして座り込むリズの姿は、やはり人形のように美しかった。
その格好が背景の畑となんとも似合っていない。
「来た……の」
「ああ来た。あんな風に一人で逃げ出して、俺がどれだけ探し回ったか。……なんでだったんだ?」
問いかけに少女は俯く。
そして、小さく言った。
「……あいつら、許せない」