5,リズが人気すぎて王女様に嫉妬された
パーティー会場に入った俺に、一斉に視線が突き刺さった。
否。向けられた視線は俺へのものではなかった。俺のすぐ傍を歩く美少女――リズに釘付けになっているのだ。
会場が一瞬どよめいた。
「あの男爵が」なんて声が聞こえる。
「なんだよ。今まで女縁がなかっただけで、俺だって悪い男じゃないだろ」
「…………」リズは相変わらず何も喋らない。
そしてまもなく、リズの周りに人々が押し寄せる。
俺は質問攻めにあった。
「その方はどうしたんだ」
「美しいレディですな。もしかして婚約者ですか?」
「男爵のくせにずるいぞ!」
ギャアギャア騒がないでくれ。
俺は適当に、「知り合いの貴族から養ってくれって頼まれた」と答えておく。
しかしそんな適当な返事では収まるわけもなく、さらにガヤガヤは強まり、俺はいつの間にかリズの隣から引き剥がされて輪の中心はリズになっていた。
うわ、やばい。
あれじゃリズが男どもの餌食になってしまう。
それより何より、リズが自分が奴隷であることを明かしてしまったら。そうなったらすぐさまこのパーティーを追い出されることになるぞ。
そう思い、俺は慌ててリズの傍へ走って行こうとした。
俺は彼女の笑顔が見たくてここまで来たんだ。決して、蔑まれるためじゃない。
しかし――。
「そこの者たち、退きなさい」
俺がリズの元へ行く前に、会場にそんな力強い声が響いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皆の者下がりなさい。あたくし、あの女に用があるの」
そう言ったのは、波打つ黒髪に赤い瞳の、これまた超絶美少女だった。
真紅のドレスは最高級品。あらゆるところに宝石を下げており、重くないのかと心配になってしまうほど。
しかし俺は彼女を目にしたのは初めてだった。
一体どこの貴族だろう。どう見ても下級貴族ではなさそうだが。
「……誰?」
か細い声でリズが問いかける。
彼女の周りには驚きに固まっているらしい男衆。現れた女はそれらを薙ぎ倒すようにしてリズに近づくと一言、
「あたくしはイライザ。この国の王女よ! あたくしの前にひれ伏しなさい!」
ひどく傲慢な彼女の名前は、絶世の美女と有名なイライザ王女だった。
これにはさすがに俺も度肝を抜かれる。
あの王女がどうしてリズに? リズの正体を見破って、この会場から追い出しに来たのだろうか。
それなら、なんとしても俺がリズを守ってやらねばなるまい。当のリズは興味のなさそうな目で王女様を見ている。
「――」
「何よその目は! あたくしが名乗ってやったんだから自分もそうしなさい! 不敬罪で鞭打ちよ!」
鞭打ち、という言葉に反応したのだろうか。
リズは初めて王女に言葉を返した。
「……リズ」
「は?」
「……リズ。ご主人様にもらった名前」
それを聞いて、ふん、と鼻を鳴らす王女。
片や周りがまたザワザワとし出す。『ご主人様』『もらった名前』……。かなり意味深なワードが多いからだろう。
俺は背筋が急速に冷たくなるのを感じていた。が、不用心に王女に近づくことはできなかったのだ。
リズ、すまない。
「リズ、ねぇ。平民みたいな名前だわ。……さて。もちろんのこと、あたくしの美貌は認めるわよね?」
「……美しさ、わからない」
そうか。確かにな。
奴隷だったリズは、「美しい」だの「可愛い」だのという観点がないのだろう。
しかしそんなことを知らない王女は激怒した。
「なんですって!? 節穴の目にはあたくしの美貌がわからないというのね!? じゃあいいわ。こちらにも考えがある。――あたくしと勝負なさい」
「…………?」
「あたくしとあなた、どちらが『絶世の美女』かを勝負するのよ!」
王女様はどうやら、リズに嫉妬なさったようだ。
リズには悪いことをした。連れて来なかったら良かったかも知れないと、俺はこの解き始めて後悔した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「男ども。王族の毒花と呼ばれるあたくし様か、この小娘か。どちらかが美しいと思うか言ってみなさい!」
……毒花って。
まあ確かに完全に毒花だけども、自分でそれを名乗るのは勇気がいることだよな。
俺はそんなことを思いながら、リズとイラーザ王女様の様子を傍観している。
近づくに近づけない。
パーティー参加者たちの多くな者たちは戸惑っていた。特に男は。
だってそうだろう? 王女を選ばずして身分も不確かなリズを選ぶなどできないが、しかしリズは最高にキュートなのだ。
そうこうしているうちに他のご令嬢たちも次々にこの『美人大会』に加わっていき、気がついたら七人くらいの争いになっていた。
しかも皆、美女。世の中にこんな美女がいていいのかというほどの美女ばかり。
「あっ、夫人まで混ざってるぞ。大丈夫か?」
三十代少し前と思わしき公爵夫人までもが『美人大会』のメンバーに。
彼女もなかなかだ。でも、
「やっぱリズだよな」
どんなにキラキラした宝石で着飾っていても、心震えるほどの暴力的な美貌であっても、リズの花のような可愛らしさには敵わない。
リズは純朴であるからこその美しさがある。俺は絶対に彼女を選ぶだろう。
でも他の男たちがどう思うかは知らないが。
というか、リズが負けた場合どうなるのだろう? もしかしてパーティー会場追放? 吊し上げられる?
想像するだけで吐き気がする。が、あの見るからに傲慢な王女のことだ、何をするつもりか知れたものではない。
そう思うともういてもたってもいられなくなった。
だから俺は駆け出し、リズの腕を掴んでいた。
「……ぁ」
彼女が小さく声を漏らした。
こんな反応を見たのは初めてだ。驚いているのか何なのかはよくわからないが。
そのまま俺はリズを連れて会場を出ようとする。
しかしそう簡単にはいかないようだった。
「どこへ行くつもり? このあたくしを本気にさせておいて、もしかして逃げるつもりかしら? あぁ、そっちの男はゴミクズ男爵様ね。ごきげんよう」
意地の悪い笑顔で俺を見つめてくる。
ゴミクズ男爵とは無礼もいいところだが、身分が天と地の差であるために反論できるはずもなかった。
俺は王女様をちらりと振り返り、
「この娘は私が預かっている者です。用事がありますので失礼させていただきます」
「へえ。そうやって逃げるのね。で、その娘はどこから拾って来た妾なのかしら?」
俺は、怒鳴りつけたくなるのを必死で我慢した。
ここで怒りのままで爆発してしまえば、結局はリズが不幸になるだけだ。抑えろ。抑えろ俺。
「失礼いたします!」
美貌だけが取り柄の毒花やその他色々残して、俺たちは必死に逃げ去った。
護衛たちが王女に呼びつけられてこちらを追ってくるが、構うものか。馬車に飛び乗り男爵邸へと向かったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ごめんな、リズ。散々なパーティーになっちまったな」
「ん。ご主人様、悪くない。……わたしがダメだった」
リズはいつもの無表情で俺にそう言った。
何を考えているんだかわからないが、どこかその声が落ち込んでいるように聞こえて、胸が苦しくなる。
「ダメなわけないだろ。あの毒花のせいだ。リズをあんな風に言って」
「……慣れてる」
せっかく、リズを楽しませようと思っていたのに。
むしろ嫌な思いをさせるだけだった。
俺は直ちに次の作戦を考えなければならない。
全ては彼女の笑顔を一目見るために。