オーダーメイド神社
『あなただけのオリジナル神社を作ってみませんか? オーダーメイド神社株式会社』
そのネット広告に目が留まった時、最初単なるプラモデルの会社なんだろうなと思った。だからこそ、何の期待もせずに広告をクリックし、移動先のページに書かれていることを読み終えた時、自分だけの神社を作ろうだなんて馬鹿な考えに至ったのかもしれない。
サイトに書かれていたのは、広告通りのサービス。つまり、自分が考えた唯一無二の神社をどこかの土地に実際に建ててくれるサービスだ。神社の名前はもちろんのこと、本堂の柱の模様をおしゃれにしたいとか、鳥居の数を多めにしたいとか、細かいところまで自分好みにオーダーできる。神社仏閣巡りが趣味だった私は瞬く間に引き込まれてしまい、時間を忘れてサイトを読み漁っていた。
心をすっかり掴まれた私は、否応なくサイト下の申し込みフォームへと目が止まる。見積もりは無料。そんな甘い言葉に誘われるがまま申し込みを行うと、すぐに返信が返ってきて、一度対面で打ち合わせをしたという打診を受ける。
「世の中にある由緒正しい神社もね、始まりはお金持ちや権力者のオーダーメイド神社なんですよ」
営業のトークに思わず私はなるほどと思ってしまう。それから営業は言葉巧みにオーダーメイド神社の素晴らしさを語り、作るのであれば早ければ早いほうがいいのだと熱心に説明してくる。
「作りたい気持ちは山々なんですが、サイトを見た限りではやっぱりそれなりにお金がかかりますから……」
「そこは大丈夫です。もちろん全てのオプションをつけたらかなりの金額になってしまいますが、ある程度取捨選択をすればお手軽な値段で建てられますよ。例えば、外観も弊社提供のテンプレートから選ぶよお安くなりますし、あと一番は土地ですね。街の近くに建てようとすると費用が跳ね上がりますが、過疎地域の山の中腹に作ったりすれば相当お安くなりますよ」
営業は待ってましたと言わんばかりに様々な料金プランが掲載されたパンフレットを出してくる。それらに目を通してみると、営業の言う通り、ギリギリ手が届く金額で神社をオーダーできそうだった。営業がそんな私の心境に勘づいたのか、今なら少しだけお心付けできますと悪魔のような囁きで誘ってくる。
「でも……安いのは分かりましたが、そんな遠いところに作っても、通えなかったらあんまり意味ないじゃないですか」
「いえいえ、その点はご安心ください。神社を建立されたオーナーの皆様には、オンラインで神社の様子を確認できるサービスを提供しているんです」
それから営業は手元のタブレットをこちらに見せてきて、こちらは先日ご夫婦が作られた神社ですと映し出してくれる。神社の周りに設置されたカメラからリアルタイムの神社が映し出されており、森の中にひっそりと佇みその神秘さが余計に神々しさを感じさせた。
「想像してみてください。自分が作った神社が何年、何十年も残り続け、いつしか由緒ある建造物と言われるようになる。そんな可能性だってあるんですよ」
どうでしょうと営業が尋ねてくる。しかし、営業に言われるまでもなく、私の心は決まっていた。私はゆっくりとその問いかけに頷き、それから具体的な料金プランへと話を進めていくのだった。
それからの話は早かった。営業と何度も打ち合わせを行い、建てる神社の詳細を詰めていった。外観を決め、建物の数と配置を決め、それから土地を選ぶ。沢山の候補の中から、私は九州にあるとある山の中腹を選んだ。一番は土地代が安かったから。しかし、それ以外にも近辺にはちょっとした規模の集落があり、彼らを雇用することで神社のメンテナンスができるという点も理由の一つだった。土地に根差し、住民とともに生きる。それはまさに私が理想とする神社の姿だった。
最初はできるだけお安くという心づもりではいたものの、ついつい欲が出てしまい、費用自は当初の予定よりかなり膨らんでしまった。しかし、後悔はなかった。理想の神社について考えるたびに私は心踊ったし、何より、私が作った神社がこれからずっと存在し続け、いつの日か歴史的な建造物と評される日が来るかもしれない。子供もいない、平凡な私でも、後世に何かを残したい。オーダーメイド神社のことを考えるたびに、そんな気持ちがむくむくと盛り上がっていくのだった。
「大変申し訳ありません。神社の建設に着工したところ、突然地元住民たちから反対の声が出てきまして……」
営業からそんな電話がかかってきたのは、相当額の頭金を払って契約を済ませ、実際に現地に赴いてちょっとした地鎮祭に参加した直後だった。、詳しい話を聞くと、なんでも建設予定の場所からちょっと離れた場所に、昔から存在する神社が存在しており、新しく神社を建てることが住民たちの信仰の妨げになるのではないかというクレームが入ったらしい。
どうしたらいいんですかと私が恐る恐る尋ねると、地元の有力者と話し合いを行い、最悪の場合示談金を支払う必要があるかもしれないと私に告げてくる。ひょっとして私が支払うのかと少しだけ構える。しかし、土地を選定したこちら側の責任もあるため、こちらで負担できないか上と掛け合ってみると、営業は真摯な口調で答えてくれた。その三日後に折り返しの電話がかかってきて、全額は無理だったが、半分は負担できるという知らせを受け取り、私はほっと胸を撫で下ろした。
「大変申し訳ありません。神社の建設自体は滞りなく進んでいるのですが、例年よりも不作になっているのは私たちが罰当たりなことをしているからだと地元住民から抗議の声が出ておりまして……」
示談金を支払い、神社の建設が軌道に乗り始めた頃、今度はそんな報告が営業から上がってくる。何でも、地元では昔から稲作が行われているらしいのだが、今年の不作が私たちの建てようとしている神社のせいだといちゃもんをつけられているらしかった。
どうしたらいいんですかと私が恐る恐る尋ねると、信仰の問題だから解決は難しいものの、地元へ寄付金を振り込むことで誠意を見せるしかないと告げられる。私は営業の言葉のまま、前と同じように寄付金の半額を出費し、何とか村の住民たちの怒りを鎮めてもらうことにする。頭金を含め、かなりのお金がかかっている。それでも、地域に愛される神社となるためには、これだけの出費は仕方ない。私は自分にそう言い聞かせ、神社が無事に完成することを祈った。
それからも様々なトラブルに見舞われながらも、神社の建設は少しずつ進んでいった。会社の提供するサービスで、神社が作られている様子をウェブ上で確認することができるのだが、その建設中の神社を眺めるのが私の唯一の楽しみになっていた。月日が流れ、少しずつではあるが、立派な神社が姿を現し始める。ただ、完成日はいつかと尋ねてみても、営業からはまだ具体的な日程は決まっていないと言われるだけ。家を作るのとは別物だから仕方ないとは思いつつ、一向に完成予定日を教えてくれない営業に私は少しずつ苛立ちが募っていった。
せめて、作りかけの状態でもいいから、私の神社を見ておきたい。ある日、私はそう思い立った。だから私は営業にその旨を連絡をした上で、有給をとり、建設予定の土地へと向かった。
ウェブ上で建設中の神社を毎日眺めてはいるものの、実物はまた違った感動を与えてくれるはずだ。期待に胸が躍らせながら、私は車を走らせた。長い時間をかけてようやく山の麓にたどり着き、車を停める。そして私は私だけのオーダーメイド神社があるはずの山の中腹へと向かって、山道を歩き始める。十分ほどかけて山道を登り切り、私は足を止めた。それから私はぐるりと周囲を見渡す。そこに広がっていたのは、地鎮祭の時に訪れた時と全く変わらない、何もない空き地だった。
私の背中に気持ちの悪い汗が流れる。それから慌てて、携帯を取り出し、いつも眺めているあのウェブサイトを開いた。ウェブ上には確かに、建設途中のオーダーメイド神社が映し出されている。しかし、私がいる場所と比べてみると、ウェブ上に表示されている周りの風景、木の位置や地面の細かい色、それらがちょっとだけ違っていることに気が付く。信じられない気持ちのまま、画面に表示されている神社へ再び目を向ける。すると不思議なことに、あれだけ熱心に眺めていた神社の細かい部分が、今になって気になり始める。少しだけ地面から浮いているように見える階段。神社の右上で少しだけ捻じ曲がった木の枝。そして、妙に明瞭とした影。
合成画像。そんな言葉が出てくるのに、それほど時間はかからなかった。私は慌てて山道を駆け降りる。そして、偶然近くを通りかかった住民を捕まえ、話を聞いてみる。しかし、私が聞かされていた住民の反対運動も、新しく神社を建てるなんて罰当たりだと騒ぎ立てる人たちも、そして、この近辺で神社の建設が進められているという話すらその人は知らなかった。
私はかすかな望みを託して、いつも頻繁にやりとりをしていた営業の人へと電話をかける。しかし、携帯から聞こえてくるのは、もうこの電話番号は使われていないという無慈悲な通知だけ。私はうなだれ、そのまま天を仰ぐ。青い空を見ていると、神社を建てるためにつぎ込んだ金額が頭の中に思い浮かんでくる。私は泣きそうになりながら、住民の方へと顔を向ける。しかし、彼は肩をすくめ、申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。
「残念だけど、ここら辺で神社を建てているなんて話は一切ないね。そんなものがあったら、ここに住んでる私が知らないわけないし、そもそもオーダーメイドの神社を作るなんて馬鹿げた話は聞いたことはない」
「でも……あるんです。本当にあるんです……。私だけの神社が……」
現実を受け止められないまま、私は村人にウェブ上のオーダーメイド神社を見せる。携帯を持つ手を震わせながら、きっとあるはずなんですと懇願するように訴える。
「ああ、これは稲荷神社だね」
渋りながら確認した村人がポツリとつぶやく。
「ほら、建設途中ではあるけれど、赤い鳥居があるし、端っこには狛狐の像がある。どこのどいつがこんな合成画像を作ったのかは知らないけど、そういうことなんだろうな」
「そういうこととは……?」
住民は私の方を見て、それからため息混じりにこう言った。
「つまりさ、あんたは狐に化かされたってことだよ」