第八話 歪みと善と
私は死ななかった。
なり損ないの私はまだ生きていた。
あの時、私が入っていた入れ物から私を出した少女、凛花はやけに私に話しかけてくる。
だけど周りの反応を見れば分かる。
私は、両親に求められた『なにか』にも、
周りが求めている『なにか』にも成れていない、
なり損ないなのだと。
今日も、冷たい。
・・・
午後の訓練、休暇時間も終了し、待ち合わせ十分前。
私は我が校の正門の前で先輩であり、今回仕事を共にする補充員、伊吹青龍を待つ。
「すまん、収録長引いた。」
待ち合わせ五分前、制服に羽織を纏い、こちらへやって来た男性、青龍。
「いえ、時間前なので問題ないかと。」
「いや、待たせる事事態が個人的に嫌で。
……とか言うより先にタクシーを呼ばないとな。」
ポチポチと端末を弄り、タクシーを呼んでいるようだ。
「しかし南校か……立地的にここから真逆だからな。タクシーはあと二分で到着予定、タクシーでの走行時間を考えると……遅刻はしないがギリギリになりそうだ。」
端末で時間を確認しながらマップから所要時間を計算している青龍。
「結局補充員、というのは……助っ人という認識でいいんですよね?
先週末、黒咲部長は「南校で出れるのは二人のみ、出撃には最低六人は必要」と言っていましたが、それってつまり、私達以外にも助っ人が二人来ると言う事ですよね?」
あれから考えてはみたものの、南校の出撃可能メンバーは鈴春と一紗のみ。
北校からの助っ人は二人、私と青龍。
それではどうしてもまだ二人足りないのだ。
「あぁ、それについて引率である俺の方に連絡が来たんだが。
東校から一人、西校から一人、補充員が南校正門前で待ち合わせの手筈になっている。
……が、正直他校の部員って部長副部長以外は、ビデオで出てくる顔とか愛称とかしか知らないんだよなぁ。」
そう話しているうちに車の轟音が響く。
「よし、タクシーが来たみたいだな。
すみません、国立南業火戦闘員養育学校まで、急ぎでお願いします。」
私達はタクシーの後部席に乗り込み、再び轟音が辺りに響く。
「あ……そう言えばタクシー代、幾らぐらいになりますかね?私の所持金足りるかな……。」
持ち歩いている財布を確認する。校内の食堂でなく売店をよく使う事もあり、かなり少ない。
「いや、その辺は考えなくていいらしい。どうやらタクシー代とかその辺はサジューロ先生の給料から出されてるみたいでな。俺達は申請さえすればタダで乗らせて貰えるんだ。
……まぁ仮に払わなきゃなんない時でも俺が持ってるから気にしなくていいぞ。」
そうだ、何気なく会話していたので忘れかけていたが、彼は有名タレント。
時には部活外でもオファーが来て収録に行く程のタレントだ。
金欠の私とはそもそもランクが違った。
タクシーの窓から見える景色は変わっていく。
見慣れない景色達。そしてこの先には私の知らない姉妹校と、私の知らない他の研究部員達が居るのだろう。
「なんだか……緊張して来ました。」
恐らくこれが緊張。
何となく落ち着かず、メモ帳にペンに端末にと所持物を確認する。
「だろうな、千利はこれが補充員初めてになるんだったか?」
そう聞かれ、頷くと同時に気になる事もあった。
「補充員って、そんなに頻繁に招集されるものなのですか?」
今回は緊急事態とばかり思っていたが、青龍のその言葉はまるで、
過去にも自分が招集されているかのようだった。
「まぁ、ここまで規模のデカい招集は滅多にない。
……が、一人のみ招集とかそんなのはかなりの回数があるもんだ。大体は他校生徒の体調不良とかそんなのだがな。」
その後にも何か言葉を紡ごうとした青龍、だが私の顔を見て口を噤む。
「着きますよ、お客さん。」
タクシーの運転手はこちらを見ずに言葉を述べると速度を落とし始めた。
「ありがとうございます。お代の方は……」
青龍がそう言いかけた時に運転手は車を止めてこちらを見る。
「知ってらぁ、サジューロさん所だろ?
それよりもアンタら、活動気張りな。」
そう言われキョトンとする私と青龍。
「ほーら、着いたんだからボーっとせず行く!」
「あ、はい!」
運転手のその言葉に背中を押され、急いでタクシーから降りる。
「ありがとうございます。」
タクシーに向けて一礼をすると、運転席の窓からヒラヒラと振る手が見えた。
そして振り返るとそこにあったのは……。
「ここが、国立南業火戦闘員養育学校……。」
外装は校章と旗以外は変わりのない姿。
その正門には二人の女性が立っている。
一人は端末を弄る小柄な少女、もう一人は佇み小説を読む一見私と大差ない身長の女性だ。
鈴春でも一紗でもない、だが二人とも研究部支給の羽織を羽織っている為、研究部関係者である事は分かる。
「すみません、貴女方が今回の補充員のメンバーでしょうか?」
その声に対し、肩から飛び上がるような反応をする茶髪の女性。
そして端末から顔を上げた瞬間に目を丸くした赤髪の少女。
「はい、西校より……っ!?し、失礼しました、国立西雷光戦闘員養育学校より参りました、中等二年、霧更珠鳴と申します。よろしくお願いします。」
赤髪の少女、霧更はピシリと姿勢を正し、青龍の方へと向く。
「は……はいっ、わ……私は、小鳥遊花乃……こ、国立東……真風戦闘員養育学校、高等二年……です。
よろしく……お、お願いします?」
霧更に遅れをとるように名乗りをあげた茶髪の女性、小鳥遊。
年長であるとは思われるが何処かおどおどとした様子を見せる。
「申し遅れました。俺は国立北源水戦闘員養育学校から、今回補充員として任命されました。
中等三年、伊吹青龍です。」
三人が名乗りをあげているのを確認すると、私もその空気に飲まれるように姿勢を正す。
「同じく、国立北源水戦闘員養育学校、補充員の命を受けました。中等一年、花宮千利です。
まだ未熟者ですがよろしくお願いします。」
これで一通り名乗りあげが終わっただろう。
霧更も小鳥遊も待っていた様子から見てもわかる通り口達者な部類ではないらしく、霧更は一礼、そして沈黙が訪れる。
……そんな所に軽快な足音が聞こえる。
最早誰でもその足音の主が分かるだろう。
「おっまたっせアルぅーーーー!
遅れて参上!本補充員部隊総司令官、叶・鈴春アルね!」
後ろから現れるのは勿論、
「一応集合五分前ですが、お待たせしました。
私は国立南業火戦闘員養育学校ゲート研究部副部長、及び本補充員部隊副司令官、和泉一紗です。
今回はお集まり頂きありがとうございます。」
これでメンバーは揃った。
鈴春、一紗、霧更、小鳥遊、青龍、そして私の六人だ。
「んじゃ、早速ゲートに向かうアルが、俺達は過去に向かった事のある異世界への意図的干渉、つまり一回行ったことある所をまた調べに行くネ!
だから歩きながらでも、その行先について解説するアルぅ〜。」
六人は歩き出す。
先頭には鈴春、鈴春の斜め横に一紗。私と青龍は並んで歩き、私の反対側の青龍の斜め後ろに霧更が、五人を追うように小鳥遊が歩く。
「じゃあ説明するアルねー。
今回行く世界はこの世界よりやや化学の進歩が遅い世界アル。俺らと同じ人型の生き物、意思疎通可能な異世界生物がいるネ。
あちらの世界にはほぼ魔法はないアル、けど特殊な経緯を持って魔法が使えるようになる少年少女がいるという例は聞くネ。
最も、俺らの行った時は特に争いも無かったから、その魔法を使う者達との接触は出来たものの細かな情報は手に入れられなかったアル。」
その言葉を聞き、霧更が質問を投げかける。
「では、その世界では魔法を使った争いが予想されるのでしょうか……。」
鈴春は手に持つ過去データを端末で確認しながら霧更の方へと向く。
「俺もことーにゃと同じ疑問を抱いて現地を捜索してたアルが、どうもその魔法を使う彼らには共通する敵がいて、その共通の敵を倒す為に魔法を用いてたみたいネ。
それをその世界では『人類の敵』と呼んでたアルな。」
ことーにゃ、霧更珠鳴の名前からあやかったあだ名だろうか。
「こ、ことーにゃ…じ、自分のことですよね。その『人類の敵』という存在の特徴等はあるのでしょうか?」
鈴春の陽気なテンションにやや乗りにくそうな様子の霧更。
初見であだ名呼びなのだから乗りにくいのも仕方ないというものだが。
「ことーにゃはここには一人しかいないネ!
ンー、それがだねぇ、『なんか大っきい!』としかその魔法使用者から返ってこなかったアル。
それで分かるのはとりあえず規格外のサイズって事ぐらい……アルかな。」
接触した人物がハズレだったのか情報が大雑把にしか伝わってないそうだ。
「その……『人類の敵』、と……言うのは、この世界にも……く……来る可能性が……あるの、かな……?」
恐る恐ると鈴春に尋ねたのは小鳥遊。
「それがイマイチ分かんなくてネ。
何せその世界の魔法を使う者達や一般人にはゲートの概念が認知されてなかったみたいアルし……、ただ、その『人類の敵』側の情報が足りないからそこは断定できないネ。
そこも含めて今回調査したいと思ってるアル。」
一通り知る情報は言い終えたらしい。鈴春はポケットに端末を収納する。
「そうなんだね……わざわざ説明してくれて、……ありがとう。」
感謝を述べる小鳥遊と礼をする霧更。
青龍も軽く礼をしていた為、私も便乗して一礼をする。
路地に足音が響く中、青白い光が角から漏れる。
「改めて、皆さんよろしくお願いします。」
曲がった角の先にあったのは、青白い光源。
──ゲートだ。
「うんー!みんなもよろしくアルね!俺がみぃーんなをちゃんと導くから、大船に乗った気でいるといいネ!
かず、お願いネ。」
「分かっている。解読ならもう済ませたよ。」
鈴春の言葉に間髪入れる様子もなく仕事をこなす一紗。
「げ…………ゲート……、怖い、けど……!」
・・・
東校。
医療室を行き来する研究部員。
この時は補欠だった為、私は怪我を負う事もなく治癒魔法の手伝いをしていた。
「ごめんなさい……小鳥遊先輩。」
ボロボロの後輩、そんなにボロボロになってまで……。
「き……気に、しないで……?私、頼られるの……す、凄く好き?……だから。」
そんな医療室のドアのノック音が響く。
ノックをしたのはヴィシー。そんなヴィシーを横に置き、カツカツと学校指定ブーツを鳴らす鶯。
「小鳥遊花乃!主が貴様をお呼びである!」
「ヴィシー、医療室では静かになさい。
……花乃ちゃん、いいかしら?」
部長と副部長。
二人に連れられるように医療室を出る。
「さっき会議で南校の人員不足の話をしたでしょう?
私達東校では前回の新領域で負傷者を多く出してしまったのもあって、こちらから南校に送れる人員は一人しかいないの。
……花乃ちゃん、お願い出来るかしら?」
さっきの会議、南校の生徒が一人死亡し、東校のメンバーは半分以上が負傷状態。
でも、動ける人員なら私以外にもきっと……。
「鈴春も抱え込み過ぎる所があるけれど、きっと苦しんでるの。だからそっと気付かれないように支えてあげてほしいのよ。
これはきっと、花乃ちゃんにしか出来ないわ。」
あぁ、あぁ、あぁ、
「は、はい……!勿論……!」
頼られる。
ならば、ならば、
「南校補充員……、させて、欲しい……!」
・・・
キュッと手を握る小鳥遊。
渦巻き始めるゲート。
私はゴクリと唾を飲む。
やがて大きく光り、辺りを包み込む。
やはり、この感覚は……そう思った、その時。
「今──そは、──守ってみ─ます。──様。」
えっ?
そう呟こうとした時には光に飲まれてしまっていた。
あの声は──?
・・・
その昔、有名な若い女性研究者がいたらしい。
彼女はただ、研究に没頭し、やがてその研究によって彼女にスポットライトが当たる。
人類で初めて、脳内情報データまで完全にコピーしたクローンを作り出した。
外見だけは今までの研究でも作成する事は可能だった。
だが、記憶データまでもをコピーし、クローンを作成した例は、彼女が初めて成し遂げた。
僅か十二歳で。
それを悪用しようとした人類、異世界生物、彼らは次々と彼女の元へと赴き、情報を強奪しようとした。
彼女には父母はいなかった。
十三歳、彼女は自らの研究データを抹消し
自害した。
彼女は生涯、一度とて守られる事はなくこの世を去った。
だが近年、彼女の研究を調べていた一人の男性研究員はある事に気付いた。
……最後にクローン製造機を使われた痕跡が、彼女の死亡前日にあった事。
彼女はまだ、生きている。
あぁ、哀れな君よ。
君の研究はこの僕が成し遂げた。
だから君は、君は。
──もう、死んでも良いのだよ。