第六話 現実と足音
ATTENTION
今回のお話では少々過激なグロ表現が含まれています。
ジッパーの開ける音が聞こえる。
私を入れた入れ物に、光と同時に水が落ちる。
「ねぇ!大丈夫!?」
声と同時に、刺すように水が勢いを持って入れ物に入ってくる。
これが『本物の』雨という現象である事はこの数日後に知った。
「こら!凛花ちゃん!先生達が危険物か確認が取れるまで開けちゃダメって言ってたでしょ!」
入れ物の外から声が聞こえる。
「先生!キケンブツなんかじゃないよ!人だよ!」
そう声を張り上げた少女はジッパーを最後まで開ける。
突然肺に入り込む新鮮な空気、強く私の体を打ち付ける水。
「……カハッ、ケホッ。」
「まぁ!小さい子供じゃない!スーツケースに入れて何日も放置だなんて……!大丈夫!?凛花ちゃん!他の先生を呼んできて!」
先程遠くから聞こえてきた声、少しふくよかな女性は私を見るなり急いで駆けつける。
危機を感じた私は腰近くに手をかける……が、手元に武器はない。
女性は構う事なく近づき……
……そして。
・・・
ザザザザ……
ノイズが消えかけ、プロジェクターから映像が映し出された。
『土の成分、これは研究会にないサンプルアルね、採取しておこう。安全も確保したい、コンティ、桜と一緒に辺りを調べてくれるアルか?』
スピーカーから聞こえたのは鈴春の声。
先程のような語尾ではあるが人物名の呼び方や、声のトーンから真剣な事が伺える。
『ガルルァ!』
『了解しました部長!』
フリフリの服の上から羽織を纏う黒い長髪の少女と、カメラを持っているのであろう少女の声が入ってきた。
『私も向かいます。良いですか部長。』
この声は一紗の声だ。
『うーん、そうだネ。
じゃあ……本研究部副部長、和泉一紗を散策隊指揮官に命ずる。』
『はっ!』
『残る俺含めた三名は仮拠点の形成をするアル。散策隊の三人の安全な拠点だ、怠る事なく取り組むネ!』
鈴春のその言葉に続き、返事の声が聞こえる中、
一紗とコンティと呼ばれた少女、そしてカメラを持った桜と呼ばれた少女は未知の世界へと足を進め出す。
『しかし、なんでしょうね、ここは。見た感じだと一体鍾乳洞に近いようにも見えるけど……。』
懐中電灯で辺りを照らしながら歩く三人。
その時、
『ガルァァ!?』
コンティは悲鳴のような声を上げた。
咄嗟にコンティの方向へとカメラと懐中電灯を向ける。
そこにあったのは、
……人骨。
それも一つではない。何万もの人間の骨で作られたような巨大な門が、懐中電灯に照らされた。
『これ……は?』
震えた少女の声、桜の声だろう。
『指揮官命令です!防御を展開しなさい!』
一瞬で声を荒らげる一紗。
その途端、地響きが始まり、カメラの目線が下がる。尻もちをついたのだろう。
『桜!大丈夫かい!?コンティ!桜の保護を!』
『グルルルァ!!!』
そう叫び、コンティが髪を変形させようとしている最中、
『あ……っ』
──カメラが、落ちた。
僅かに映るのはコンティと一紗と地面。
『桜ァァ!!!』
腰に下げたレイピアを抜き、カメラから見えない何かに向けて走り出す一紗。
コンティも叫びを上げながらみるみると体が変形していき、ドラゴンのような姿になる。
だが、それは巨大な緑の手によって軽く払われ、二人は壁にぶち当たったような音を立てる。
『一紗先輩!コンティちゃん!』
コンティがカメラに掠った事によりカメラは上に向き、緑色の巨大な人型と、それに捕まった茶髪の少女が映った。
パキりパキりと音をたて、押し込まれた壁から抜け出そうとする二人。
……だが、次の瞬間。
ベリッ
それはまるで梱包紙を開けるように、
頭皮から桜の皮膚を剥いだ。
ベチャリ
その皮膚はゴミのように投げ捨てられ、カメラの近くに落ちた。
ベリッ、ベリッ
『ヤ…………メェェェロォォォォォォォ!!!!』
一紗の声ではない、消去法で考えるならこの声はコンティだ。
バキリバキリと更に音を立て、カメラにも砂煙がかかる。
それでも巨人は、桜だったモノをじっと眺めては、肉すらも引き剥がす。
バキンッ
コンティは壁から抜け出せたのであろう。
怪物のように叫び、黒いドラゴンは、倍もある巨人に体当たりを仕掛ける。
『コンティ!無駄だ!勝てない!早急に逃げろ!』
巨人はぶつかって来たドラゴンを片手で持ち上げると、少し遠くの床に投げつける。
『グギャアァァ!!!!!!』
『コンティ!』
コンティの名を呼んだ一紗はカメラを持ち、コンティへと近づく。
『サ……ク……ラァァァァァァァ!!!!』
『止めろ!コンティ!』
コンティの首から下がる鎖を握り、引き止める。
『戦力的に確実に負ける!他に被害が出ないように連絡に戻るよ!』
『サ……ク……ラ……ッッ』
『分かってくれ、コンティ。勝ち目が……無いんだ。』
ベチャリ、ベチャリ。
桜だったものの肉を剥がしていく。
『今のうちだ、逃げよう。』
『サクラ……。』
『……桜はもう死んだ、だから、逃げよう。』
変形から元の人の形へと戻っていくコンティ。
一紗はカメラにかかっていた桜の皮をカメラから退けると一瞬、無言になった。
『指揮官命令です。早急に帰還します。』
カメラはふらりふらりと揺れる。一紗も力の限界なのだろう。
コンティの鎖を引きながら、走る、走る、走る。
映像はただひたすら、走る地面を映しているが、息を吐く音と、鼻を啜る音は、集音されていた。
・・・
映像は、終わった。
新領域だと喜んでいた者達は皆無言になり、アルメリアただ一人が青龍に縋り着いて泣き、他は皆生気を失った目をしていた。
「何……これ。」
私はそう呟きながらも、ただ、コンピュータの画面を映すスクリーンを眺めた。
「ゲートを通過して、必ず皆が無事で帰って来る訳では無い。調査中に命を落とす事も……勿論ある。」
横から地鳴りのような低い声をが鳴る。
西蓮寺の声だ。
サジューロは辺りを一周見回す。
「散策隊指揮官、和泉一紗。」
「……はい。」
サジューロの呼びかけに応え、立ち上がる。
プロジェクターの前に立った一紗は脚が震えている。
サジューロはプロジェクターの前からの去り際に、優しく一紗の頭を撫で、肩を叩き、何かを耳打ちする。
「本異世界、J-015の映像を確認の通り、この異世界生物、J-015巨人種は人骨を集め、それをレンガのように、建物の材料として使う性質があります。
膨大な数の人骨があったことから、この異世界生物単体の行いとは考えられず、恐らくあの世界に住む生物の習性と思われます。
また、人体の皮膚は捨てたにも関わらず、筋肉は捨てずに持っていた事から、人肉にも彼らには用途があると推測されます。
これらの事から、このJ-015の食物連鎖の頂点にいるのがあの巨人種の可能性、更に同世界に人型種がいる可能性もあります。」
一紗は声を震わせながら、解説の為に、人骨が並べられた門を移したシーンや、巨人種が桜の皮膚を剥がすシーンを動かしたり、止めたりを繰り返す。
そこで手を上げる鈴春。
「一紗の発表の途中失礼するアル。
一紗は同世界に人型種がいる可能性を提唱していたアルが、アイツらのアジトの付近に巨大なゲート、それこそあの巨人種が入れるサイズのゲートがあったアル。
つまり、ゲートを使用して近隣の異世界から人型種を攫う文化があった可能性もあるネ。」
カツカツと音を鳴らし、鈴春は一紗の隣りに来た。
「暖房暑いアルよー?調節ちゃんとしてるアルかー?」
そう言いながら纏っていた羽織を一紗の頭から掛け、耳打ちをする。
「後は俺がやる、我慢しなくても良い。」
一紗からマイクを受け取り、鈴春は一紗の背中を押す。
「俺の羽織、持っとくとヨロシ!頼むネー!」
千鳥足で歩く一紗を横目に、発表の続きを鈴春が始める。
「あくまで可能性ばかりの理論アルが、この生物は『異世界危険生物』に入れるべきであると俺は思うネ。」
サジューロは壁に持たれながら、真剣な目でそれを聞いている。
「ふむ、登録しよう。
登録に当たって、相手の戦力等の詳細が欲しいのだが。」
そうサジューロが言った時、震えた一紗の手が天井に向けて伸びた。
「……今日でなければ私が、ご説明します。」
鈴春の羽織で顔は見えない。だが肩の震えから彼女の様子は理解できた。
「わかった、ならお前の好きなタイミングで来なさい。」
サジューロは言の葉を和らげながら、一紗に言葉を向けた。
「そして、この調査で死亡した、穂希桜に……黙祷を。」
その鈴春の言葉で沈黙が続く。
………………、
………………、
……………………死んで。
…………………………想われるなんて。
………………………………狡いな。
………………。
黙祷が、終わった。
「穂希桜の遺品は俺が持ってるアル。とはいえ、あの惨状だったから皮膚とか服の破片とかしか残ってないネ。
部屋の遺品整理も俺と一紗でやる予定アル。
あと、これは先生にだけど、本件でコンティノアールがかなり堪えてるようネ。
コンティノアールはうちの僅かな部員でも強い子だったアルけど……暫くは見込みが見れないアルね。それに、他の部員も。
だから今月は出来ても近隣異世界の捜索、それも他の学校から借りなきゃ行けないネ。」
淡々としながら鈴春はサジューロに向けて話す。
「そうだな……、ゲート研究部は何処も過疎だからなぁ、強いて言うなら北校が多いぐらい……。」
ふむ、と考え込む仕草を見せるサジューロ。
「ざけんな。」
そんな話し合いを切り裂いたのは黒咲部長だった。
「誰が采配ミスで人殺したような野郎に部員を貸すかよ。意地でも研究したいんなら頭地面に付けて「貴方のチームに下っ端として入れて下さい」って言うぐらいじゃねぇとな?
少なくとも今のお前に、采配の権利はねぇ。」
椅子に姿勢悪く座り、眉間に皺を寄せた黒咲部長が鈴春を睨みつける。
「……あぁ、そうアルな。俺には指揮官なんて向かないネ。」
鈴春は分かっていた。
はなから自分は指揮官に向いていないと言うこと。
それでも、捨ててはならないという事。
「けど俺は、他の南校研究部員の指揮官、アイツらの指揮官にならないといけないネ。
だからここで俺は曲げられないアル。
絶対に、守る。」
拳を胸に当てて真っ直ぐな瞳で黒咲を見る。
「……チッ、編成は会議後決定する。サジューロ、次の映像流せ。」
鈴春の目から逸らし舌打ちをする。
「はいはい、進行しますよーだ。」
さりげなく他所からパチってきたのであろう椅子から立ち上がったサジューロは、またプロジェクターの前に立つ。
「じゃあ二箇所目見るぞー。」
プロジェクターが動き出し、次の映像が目を開ける。
ノイズの後にあった世界……それは。
・・・
二箇所目で映されたのは東校の映像のようで
鶯がヴィシーに指示をする映像が残されていた。
辺りは一帯見た事もない幻想的なきのこのような何かが生えた土地で、先住民は妖精のように小柄な民族。
だが魔力はただならぬ量を所有していたようだ。
異物である研究部員を発見した彼らは、巨大な未知の魔法を用いて研究部員を追い払おうとする映像。
怪我人は多数出したものの、鶯の指揮で全員が無事に帰還できた様子。
映像が終わると指揮官であった鶯から二箇所目の場所についての詳細な説明、部員の怪我の状況などが説明される。
しかしその報告を、それを喜ぶ人も、悲しむ人もいない。
ただ、無事で良かったね。と讃える声。
それを説明していた鶯すら、目の前でなく、何処か遠くを見つめるようであった。
私は西蓮寺のメモ帳のページを開け、文字を紡ぐ。
『穂希桜さん、という方はどのような方だったのでしょう。』
そのメモを見た西蓮寺、目元こそ見えないが、軽く下唇を噛んだように見えた。
『穂希桜は、去年のこの季節に中等一年として、南校研究部に入部した。
君と同じ、立場だったであろう一つ上の先輩だよ。』
私と同じ立場。
その言葉に引っかかった。
私があの立場なら確実に脱出できていた。
あんなに弱くはなかった。
それに……、
「要らない子。」
「出来損ない。」
「捨てましょう。」
「価値のない、なり損ない。」
そう。
私はなり損ない。何のなのかは分からないが、何かのなり損ない。
だから……。
死んで、想われるなんて、ない。
『同じ立場には、永遠になれないと思います。』
そうメモに記入し、西蓮寺に返す。
すると調査発表会は終わったようで、生徒達がバタバタと動き出す。
とは言え、空気は暗い。
西蓮寺はメモ帳を受け取り、会釈をすると流されて行くように教室から出て行く。
「西蓮寺パイセン?」
「……これは、僕には負えないか。」
地響きのような声に飛び上がる少年。
「うおっ!?西蓮寺パイセン、シャベッタ!?」
そんな遼の声も聞かずに西蓮寺は遼にメモ帳を押し付ける。
遼は途端に無言になり、パラパラとページを捲る。
「あー、成程。」
パタンとページを閉じては西蓮寺に突き返す。
「ま、俺らもいっちょやりますかァー。」
イナズマの入った羽織を揺らし、大小二人は歩く。
遠く、何かを見据えるように。
その軌跡を残しながら。