第五話 調査発表会
「要らないわ、もう。」
彼らから最後に聞いた言葉。
「やっぱり混血には限界があるみたいだな。純血の万利を超える事などコイツにはできない。」
「何処に捨てましょう?」
「適当な孤児院でいいだろう。」
暗い、ここは何処だろうか。
ただ彼らの声と、エンジン音だけが耳に入る。
エンジン音が止まると、何かが開く音がして、その瞬間、私を入れていた入れ物のような物が揺れて。
「ここに捨てとけ、勝手にその辺のが拾うだろう。」
「妖猫のなり損ないめ。」
「要らないわ、もう。」
エンジンが再び轟音を上げては、音は何処か遠くへ溶けて行った。
・・・
先生に回収される入部届。
「千利も決めたんだ!どこどこ?」
凛花は爛々と輝かせた瞳で私に尋ねる。
「うーん、秘密かな。でも、楽しい所だったよ。これからもどんどん勉強出来そうで。」
私は凛花に微笑んで返す。
「やっぱ勉強目的ーっ!まぁ千利らしいけどさ。」
凛花は笑いながら私の隣りに座る。
「ホント、千利って何でも出来ちゃうよねぇー。勉強は好きで毎回満点だし、運動だって男子に負けないし……尊敬しちゃう。」
「何も出来ないよ。」
思考する前に口から零れた言葉。
「あ、いや、うん。昨日会った先輩達の方が凄くて……上には上がいるんだって話。
その人達に比べたら私なんてまだまだってだけ。」
言葉に付け足すように再び口を開く。
「もう目指す先が先輩の方行くなんて流石ー!
……あ、そろそろ部活時間じゃない?私行ってくるね!」
「うん、行ってらっしゃい。凛花ちゃん。」
軽く凛花に手を振る。
「何も出来ないよ。」
一体何処から現れた言葉なのか。
無意識に口から零れたその言葉に、私は違和感を覚えた。
・・・
ゲート研究部の扉を開ける。
そこには項垂れる黒咲部長の姿と、プロジェクター等を用意する他の部員達の姿があった。
「あの……黒咲部長、どうされたのですか?」
ソファに座る死んだ目の黒咲部長に尋ねてみるが、返事は別の所から飛んできた。
「あー、他校交えての研究発表会前はいつもそれなんだよ。大した事でもないし、気にしなくていいよ。」
その言葉を飛ばしたのはスクリーンを調節していたクリフト。
「ま、先輩らも来るんだし、ちゃんと服装正しとけよ?隼。」
同じくクリフトと共にスクリーンをいじっていた三条が、負のオーラを纏う黒咲部長に言葉をかける。
「んどくせぇ、先輩つー程の奴らじゃねぇだろ。」
ようやく顔を上げた黒咲部長。
不謹慎な文字列の並ぶTシャツの上から学校指定のYシャツに袖を通しただけの、至ってラフな格好。
お世辞にも正しい服装とは言えない。
「あれ、ゲート研究部は黒咲部長達の代から始まったんですよね……?他の学校はもっと前から始まってたんですか?」
ふとした疑問。
初めてここでクリフトから部活について聞いた時、確かに彼らが発足させた先陣メンバーと聞かされていたからだ。
「いや、アイツらもゲート研究部員になったのは俺らと同じ頃。ただアイツらの方が年齢だけは上つー事で一応先輩。」
「成程……だから緊張を?」
「いや、緊張なんてもんじゃねぇ。」
生気を失ったような黒咲部長とは反比例するように、軽快な足音が廊下から響いて来る。
「はやっぴーーーーーーー!!!!!」
扉を開けて飛び込んで来たのは炎のマークが付いた黒と赤の羽織を着た赤毛の男。
「来んなぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!」
まるで毛虫でも見たかのように、ソファから飛び上がり身構えた黒咲部長。
「会いたかったアルぅーーー!!はやっぴーーー!!!」
「俺は会いたく無かったわ!出てけ!!鈴春!!!」
鈴春、と呼ばれた赤毛は不貞腐れたように少し離れる。
「えっこの方は?」
状況を把握しようにも彼の奇行で何一つ分からなくなった私は尋ねる。
「あ!見ない子!もしかして新入生?
初めましてネ!俺は鈴春!」
「……国立南業火戦闘員養育学校ゲート研究部部長。高等一年。叶・鈴春[ヨウ・リンシュン]」
ハイテンションな鈴春と、ローテンションで補足をする黒咲部長。
「っしまっす!こっちに赤毛の三つ編み馬鹿来てませんか?
…………て、いたー!鈴春!何をやらかしていたんだ!ほら!土下座して!」
「何もしてないア……いでででででで!!!!」
「我が部長叶・鈴春がご迷惑をお掛けしました!」
突然入ってきたかと思うと滑り込んで鈴春の頭を床にめり込ませる、短髪の女性。
戸惑っている私に気が付いたのか、こちらへ向き直り姿勢を正す。
「初めましてお嬢さん。私は和泉一紗。
国立南業火戦闘員養育学校ゲート研究部副部長。高等一年です。
よろしくお願い致します。」
めり込ませてる鈴春を横に、気にする様子もなくキラキラオーラを放つ一紗。
なんというか……王子様の様な。そんな雰囲気が彼女を包む。数秒前とはまるで雲泥の差であった。
「えっと、私は中等一年の花宮千利です。よろしくお願いします。」
少し戸惑いながらも最低限の自己紹介を済ます。
「それにしても良かったネー!遂に北校ゲート研究部にも紅一点ネ!」
床に顔面がめり込んでいた事をまるで気にしないようにケロッとした顔で笑っている鈴春。
「え?紅一点って、アルメリアさんとディリーノさんが居るはずじゃ。」
確かにこの部活には男性は多い、だが決して女性は私一人ではないハズ。
……だった。
「あー、ディリーノは厳密には北校研究部員じゃねぇんだよな。んで、アルメリアは……。」
パタパタと慌ただしく動き回るアルメリア。
そのアルメリアに鈴春は声をかける。
「おーい、アルるんー!セリっちにあの事教えてないアルかー?」
アルるん、セリっち、恐らくあだ名なのだろう。
その声に気付いたアルメリアは苦い顔をしながら長いスカートと金髪をなびかせながらこちらへと向く。
「あの事……、私が、男、という事についてでしょうか?」
天使のような優しい声からは思いもよらない返事が返ってきた。
……え。
「え……えぇ!?」
プリンセスのような美女という言葉が最も似合いそうな彼女、睫毛も長く、華奢な見た目、そして振る舞い。どれを取っても完璧な美少女にも関わらず、男。
その事実に声を失う。
「男がこんな姿、みんなは見慣れてるから何とも思わないのかもしれないけど……やっぱり変だよね。」
悲しそうに蒼い瞳を金色の睫毛で覆う。
そんなわけが、そんなわけがない。
「いいえ!アルメリアさんはどんな女性よりも綺麗で……!とても似合っていて素敵です。」
咄嗟に声が出た。
語彙が何の捻りもなく乏しいものではあったが、アルメリアはパッと明るくなる。
あぁ、この人のこんな笑顔は初めて見るが、今まで見てきた女性、いや、どんな人間よりも愛くるしく、美しい。
「本当……?嬉しい……!」
「あぁ、アルメリアの愛らしさに勝る生命体なんてそうは居ねぇよ。」
そう言って後ろから現れてきたのは青龍。
青龍はそれだけ残し、アルメリアの頭をワシワシとやや不器用に撫でると作業に戻っていく。
「……えへへ。」
アルメリアの口から喜びが綻ぶ。
私は何となく彼、いや彼女の想いが分かった気がした。
「ヨッ!天然タラシ!」
「君も見習えばどうかな。全く、我が部長、鈴春はレディに失礼な男だ。レディに肉体的性別は必要ない。
その美しき心こそが何よりもレディに相応しいものなのだがね。」
呆れたように一紗は肩を竦める。
「だがガールズトークができる仲間が一人増えたのは嬉しい事だね。千利お嬢さん、今度北校の校内にあるガーデンスペースで開くお茶会に来てみないかい?
勿論、アルメリアお嬢さんも。」
その言葉にパッと明るくなるアルメリア。
「良いのですか……?是非!……お茶会、お茶にお菓子に……沢山用意しないとです、ね!」
わくわくと弾むようなアルメリアに釣られ、私もお茶会への参加を受け入れる。
「お茶やお茶菓子の用意は私も手伝いますよ。アルメリアさん。」
私がそう告げると、宝石のような蒼い瞳を更に輝かせる。
「本当……?はい!一緒に用意しましょう!」
そう声を弾ませるアルメリアの姿はとても輝いて見えた。
……女の子達と話す、とはこんな感じなのかもしれない。
クラスでは男のクラスメイトには茶化されて、凛花以外の女のクラスメイトはみんな私を邪視していた。
凛花はよく話してくれるけど、いつも勉強の話。
いや、あれは凛花が、私が勉強好きと知って敢えて話題を選んでいるのかもしれない。
故にお茶会など、聞いた事もなかった。
だが、アルメリアや一紗を見ている限り。
それを「楽しそう」と感じる自分がいた。
「あら、お茶会?私も参加して良いかしら?」
部室の扉が開く。
そこには濃緑の長い髪をなびかせた妖艶な女性と、そのボディーガードのように付き従える白髪の男性がいた。
「鶯お嬢さんじゃありませんか。えぇ、是非。日時は追って連絡しましょうか。レディース。」
一紗は鶯と呼んだ長髪の女性に一礼をする。
鶯と呼ばれた女性は一紗に目をやった後に私やアルメリアにも視線を移した。
「あら、アルメリアちゃんだけじゃなくて新しい子もいるのね?これは楽しいお茶会になりそう。」
アルメリアとは別の美しさを持つ女性は楽しそうにこちらへとほほ笑みかける。
「私も勿論付き従います!我が主!」
「貴方が来ては女子会の意味が無くてよ?ヴィシー。」
妖艶な女性は付き添いの男をヴィシーと呼び、お茶会へと呼ばない姿勢を見せた。
「初めまして、可愛いアルメリアの後輩ちゃん。私は国立東真風戦闘員養育学校ゲート研究部部長、高等一年、東峰鶯よ。
ほら、ヴィシーも自己紹介をなさい?」
妖艶な彼女、鶯は、自らを紹介すると、そのまま傍らにいた男、ヴィシーへと話題を託す。
「了解しました我が主
私は国立東真風戦闘員養育学校ゲート研究部副部長であり、中等三年。ヴィシー・ライニンクンツであります!」
ビシッと姿勢を正し、敬意を示すヴィシー。
まるで生まれながらの軍人のよう。
だが彼は自然と生き生きしていた。
「しかし、西校の者は遅いな。もう会議二十分前だと言うのに!」
「ヴィシー、通常は十分前に到着でも早いのよ?」
鶯とヴィシーのやり取りは異様にも見えるが、同時に洗礼された女王と従者のようにも見えた。
そんな中、再び部室のドアが開いた。
「ちわす、北校の皆さん、部長陣さん。
西蓮寺パイセンはセンコーと話があるそうで。
パイセンはセンコーと一緒にこっち来るみたいっスよ。」
部室の扉を開けたのは生気の感じられない少年。
「リョリョン!了解ネー!」
「あら、西蓮寺さんは後からなのね、折角北校のこの子の自己紹介を聞いて貰いたかったのに。」
相変わらずのハイテンションの鈴春と、少し残念がる鶯。
「北校のこの子ぉ?あー、確かに知らねぇのいるっスね。」
少年は気だるげに私に視線を向ける。
「俺は黒瀬遼。国立西雷光戦闘員養育学校の小等四年、西校ゲート研究部副部長っス。」
驚きだった。
そもそも黒咲部長達が中等で部長副部長をしている事自体が異例にも関わらず、彼は小等生にして副部長という大役を務めているのである。
「えっと、私は北校中等一年で、昨日この部活に入ったばかりの……花宮千利です。よろしくお願いします。」
遼は相槌の感覚で首をコクリコクリと動かす。
「っス、よろしくお願いしゃす。ま、俺の事は部活歴長いだけの後輩と思っといて下さい。その方が気ぃ楽なんで。」
副部長とは言っていたものの、その気だるげな態度といい、見た目といい、彼からは黒咲部長のような圧力はなかった。
副部長であるという事を除けば、ちょっとマセた少年、という印象だ。
「はーい、遅くなりましたー。皆の顧問の先生、サジューロ先生の登場ですよ、と。」
のそのそと歩いてきたサジューロと、隣を姿勢正しく歩くディリーノ。
そしてその後ろには全く見覚えのない、栗色の髪色をした、目元が前髪で全く見えない大きな男性がいた。
大きな男性は荷物持ちをさせられていたようで、部室に到着すると、荷物を机に置く。
「あ、あれうちの部長なんスよ。部長ーー、こっち新しい北校の千利サンですってー。」
その言葉に合わせ、私も会釈をするが、相手も会釈をするだけで言葉は返ってこない。
「さーせん千利パイセン。ウチの部長、何も喋らねぇんっスわ。」
鶯が西蓮寺、と呼んでいたのは消去法で考えても恐らく彼なのだろう。
彼が喋らない理由を知りたかった所だが、部員達は皆、その状況を特に咎める事もなく、各々で会話をしている為、それがこの部活でのそれぞれの立場なのだと感じ、追求を止めた。
「はい、椅子用意出来たなら座ってー、打ち合わせとか無かったらテキトーに座ってくれりゃいいし。」
サジューロにそう言われると、部員達は近くにあった椅子に座り始める。
出来るだけ同じ北校の先輩の横に座りたかったが次々と彼らの横の席は確保されて行き……、
残った席は一つ、……端の、西校部長、西蓮寺の隣りのみだった。
西蓮寺に軽く会釈をし、横に座る。彼は会釈を返しはしたが無言のままスクリーンの方向へと向き直る。
ハッキリ言うと、非常に気まずい。
プロジェクターの準備が整い、いよいよ発表会が始まる。
西蓮寺はそれを察するとポケットからメモ帳とペンを取り出し黙々とメモを始める。
周りは会議の議論について、コメントを出したり周囲と話したりとしているが、私と西蓮寺の間だけはひたすらに沈黙が続く。
私は議論どころか内容も理解できない。隣りが北校の先輩であれば疑問点を聞けたが……、この状況では難しいだろう。
……そう、思っている所であった。
西蓮寺からメモ帳を目の前に差し出される。
『挨拶ちゃんと出来なくてごめんね。分からない所、あるかな。』
丁寧な文字で綴られた言葉。その端には可愛らしい猫の絵にハテナが付いている。
私が西蓮寺の方へと向くと西蓮寺は机をトントンと、指先で二回鳴らす。
筆談で対応して欲しいという意思表示だろうか。
それに軽く頷き、メモ帳の次のページに私も言葉を並べる。
『先月発見した新領域が二つ、というのは少ないものなのでしょうか?そもそも会議で飛び交う新領域と言うもの自体がよく分かりません。』
会議では、まず始めに先月発見した、新領域なる物の数が、四校合わせて二つである、とサジューロが前で話す。
『新領域、というのは僕らゲート研究部や、ゲートを研究する組織等がまだ発見した事がなかった新たな異世界。
基本的にゲートが飛ばす場所はランダムなのだけど近隣の異世界が多いんだ。
だから近くの異世界ばかりに飛ばされて、新しい異世界におり立てるという事は毎週ゲートを飛んで調べている僕達でも難しい事なんだ。
だから新領域二つは中々ない快挙、つまり多いんだ。
大体の月は新領域が一つ発見出来れば凄い程だから。』
西蓮寺から返ってきたメモ帳はこと細かく書かれており、図解までもが付いていた。
だが、その図解も、何故かゆるキャラ。彼の癖なのか。
メモ帳を読んでいるうちにプロジェクターが進む。
新領域で撮影した映像を流すようだ。
私がカメラを担がされていたのは、この発表での為の撮影であった事をここで初めて知った。
少しのノイズが入り、いよいよ映像がハッキリと映される。
ここで私はこの場所の、『現実』を知る事になるのだ。