第十一話 戦友へ送る
桜の花香る季節。
ふわりとなびく茶色の髪と、宝石のように輝かせた桜色の瞳。
「は、初めまして!私は中等一年の穂希桜です!……その、ゲート研究部の見学は、ここで合ってますか?」
あぁ、そうだ。丁度一年前だ。
俺[私]と、一紗[鈴春]と、セオドア[テディくん]の三人で。
初めてやって来た少女に、喜び、守ろうと。
……そう、思った。
俺[私]達四人は、沢山の場所へと降り立った。
研究熱心なセオドア[テディくん]は、いつも危険を顧みずサンプルを取ろうとして。
俺[鈴春]が何回首元掴んでいた事か。
桜はいつも笑顔で、俺[私]が相手の様子を探っているのを無視して、相手に話しかけに行ってたな。
それで戦闘に発展したり、仲間が増えたり。
桜がよく話しかけに行くものだから、
沢山の者が彼女に、俺[私]達に協力したいと、
仲間が増えて、同じ未来を見据えて。
沢山の、仲間が増えた。
楽しい時間が増えた。
そして、守りたいものが増えた。
……なぁ[ねぇ]、一紗[鈴春]、セオドア[テディくん]。
──私は、どうする事が正解だったんだろうか。
・・・
──ん。
少女が目を覚ます。
「はわっ……っ、えっと、痛い所……ない?」
小鳥遊がその柔らかな髪を揺らしながら、少女へ駆け寄り、目線を合わせる。
赤、……いや、マゼンタと言うべきだろうか。
そんな明るい色の髪を持った少女は、青い瞳を天井、それから部屋の景色へと移す。
やがて何かに気づいた様子で、少女は横たわっていたソファから飛び起きる。
「っ!ここは……!?
それに、ヤツらはどこに行ったの!?」
慌て、気が動転した様子で、少女は小鳥遊の肩を掴んで激しく問いかける。
「わわ……っ、お、落ち着いて……ね?
えっと、ここは……使われてなかったお家で、安全だから……?」
小鳥遊と少女の動きで、彼女が目を覚ました事に気付いた鈴春と一紗。
鈴春は一つ、息を吐くと、ゆっくり目を開き、立ち上がる。
「あぁ、ここは安全ネ。一先ず落ち着くヨロシ。」
何時ものように振舞おうとしているが、僅かに表情が険しく見える。
「あっ……!
ご、ごめんなさい!あたしったら、気が動転しちゃってて……。」
初対面になる人の前で、いきなり肩を掴んで問いかけた事に対し、謝罪する少女。
「えっと、私をヤツらから助けてくれたってことですよね……?
ありがとうございます。
私の名前は天沢恋って言います。十四歳です。
アナタ達は……?」
肩を離された後おどおどとする小鳥遊。
鈴春に目線を送ると鈴春は軽く頷く。
「えっと……わ、私は小鳥遊花乃……て、いうの。……よろしく……ね?」
「俺は叶・鈴春ネ!」
鈴春は、ニコリと笑いながら胸に強く手を当てる。
何かを決めたように、強く。
「そして、そこに座る黒髪の子が和泉一紗。金髪の子が花宮千利アル。
あと二人いるけど、二人はもう休みに行ったから来た時に紹介するネ。」
順に手を向けられ、会釈をする。
「……で、ヤツらってのは『人類の敵』で間違いないアルか?
俺達、『人類の敵』の危険性について調べてるネ。
『人類の敵』、そして君達の戦力について知りたいアル。
俺達は研究者アルが、君達の力になりたいネ。」
鈴春は跪くと、恋と名乗った少女に交渉を試みている様子が伺える。
「小鳥遊さん、叶さん、和泉さん、花宮さんと……あと二人仲間がいるのかぁ……羨ましいなあ……。」
恋は敬語で話すつもりが、うっかりいつもの口調に戻ってしまったらしい。
その表情には「やっちゃった」という言葉が見て取れる。
「ゲフンゲフン。えーと……
ヤツら……そう、その『人類の敵』は、この街に突如襲来した侵略者です。機械のような見た目をしています。
ヤツらは強くて……普通の人じゃ立ち向かえないから、私達は『契約者』から力を貰い、『魔法少女』となって魔法の力を使って、『人類の敵』に立ち向かっていたんです。
私達『魔法少女』が力を合わせて、ようやく『人類の敵』の大半を撃退する事が叶いましたが……やはり敵も強くなっていって、仲間達も次々と散っていき……今やあたし一人になっちゃってっ……。」
話の後半になるにつれ、恋は段々と涙ぐんでいき、今はもう、泣きながら言葉を紡いでいる状態であった。
「わわっ……な、泣かないで……?」
慌ててハンカチを取り出す小鳥遊。
その横で顎を手に置く鈴春。
「つまりは今は『人類の敵』に対峙するのは君一人……というわけアルな。
気になる事は色々あるけども……、と。」
恋の涙する顔を見ると鈴春は笑い、立ち上がる。
「よく、頑張ったアルな。」
単純な言葉、されどもその言葉は恋の表情に変化を起こす。
「……一人、は辛いアル。俺もわかるネ。
でも安心するヨロシ!今は一人じゃない。
俺達も協力するネ!
俺達の力が何処まで通用するかは未知数アルが、俺達は、恋ちゃんの味方アルよ。」
優しく恋に言葉をかける。
だが言葉を発したその一瞬、何処か寂しげな様子が伺えた。
「皆さんっ…あ、ありがとうございまずぅっ……!」
小鳥遊から受け取ったハンカチで涙を拭きながら、感謝の言葉を述べる。
涙は相変わらず流れている。だが、それは決して悲しいだとかいう理由だけではない。
──自分はもう一人でじゃない。
その事実だけで、彼女の気持ちは、軽くなった。
しかし、私に疑問が残る。
「ちょっと待って下さい、鈴春先輩、その……伊吹先輩もいないのに勝手に決めちゃって大丈夫なのですか?」
私のその質問に彼は笑って返す
「青龍なら問題ないネ。
彼ならわかってくれるアルよ。
……俺も、お荷物じゃなくなるからね。」
一階からは死角となる階段の傍、
青龍は小さくため息を漏らす。
「伊吹様、良いのですか?」
霧更の問いに彼は薄い表情筋を軽く動かした。
「アレでいいんだよ。アイツらはさ。」
そう、アイツらは俺と違う。
……大切なものを、ちゃんと握れる奴らだから。
パンパン、と鈴春が手を鳴らす。
「さぁて、今日はもう夜もふけてるし、寝て明日、作戦会議するネ!
せいりゅりゅが人数分の部屋があるの確認してくれてたから部屋については問題ないネ!
恋ちゃん、動けるアルか?
難しそうなら俺が背負って部屋まで送るネ。
何処の部屋がいいアルか?」
ソファに座る恋に尋ねる鈴春。
「はい、体の方はなんとか……!自分で歩けますっ!
あたしは二階の一室で大丈夫で…… 」
そう言い終わると、彼女はもじもじとした様子で周りに目を向ける。
「あのー……タメ語で話しても良いですか?
この言葉遣い、使い慣れてないから、変な気分になっちゃって……。」
どうやら、敬語を使う事に慣れてないらしく、頬をかく。
「タメ口でも全然いいネ!んー、二階にはさっきせいりゅりゅが行ったけどまだ部屋はあったアルな?」
「何せさっきまで年下にタメで説教食らった所だもんなぁ?しーきかん?」
むー、と鈴春が考える後ろから青龍の声が聞こえ、飛び上がる鈴春。
「びょあっ!?何時からいたネ!?」
「初めまして、俺は伊吹青龍。歳そこまで離れてないし、タメで構わない。……あぁ、あと君の名前は二階から聞かせて貰ったから説明は大丈夫だ。」
鈴春の問いを完全無視し、キシリキシリと音をたてながら降りてくる青龍と、その後ろを歩く霧更。
二人が一階へと到着すると、霧更も恋に向かって会釈をする。
「霧更珠鳴と申します、言葉遣いはご自由にどうぞ。目を覚まされたようで、何よりです。」
丁寧な口調で恋に敬意を表す霧更。
「青龍と珠鳴……この二人が、さっき鈴春の言ってた仲間の人かな?よろしくね!」
二人の自己紹介に、笑顔で返す恋。
その笑顔には心からの笑顔ではなく、どことなく焦りも含まれていた。
「ん?どうした?」
恋の態度が気になったのか尋ねてみる青龍。
職業柄か人の感情には敏感らしい。
「えっ!いやっ、その……」
恋は『なんでもないよ』と続けようとしたが、友人の言葉を思い出し、誤魔化そうとはせずに、素直に態度の理由を話す。
「その……まだ『人類の敵』を倒せてないよね?
だから、私がのうのうとしている間に、誰かが傷ついてるかと思うと、どうしても落ち着いていられないというか……。
焦っても良い方向には行かないって分かってるのに、どうしてもその気持ちが抑えられないんだ。」
その話を聞いた青龍はふむ、と考え込む。
「その『人類の敵』の出現条件などはあるか?
それがあれば条件を一時的に潰すでも良い。幸い今は人数がいるからな。手分けする事も出来る。
無闇矢鱈に動くよりもまずそこから考察していく方が良いだろう。」
その言葉を聞くと恋は俯く。
「それが……『人類の敵』の出現条件は分からないの。
ただ、気まぐれに現れて、建物を壊したり、人々の生活を脅かす。そういう存在なんだ。
だから、今まではどうしても、対処が後手に回っちゃって……。
早く気づいて、対処するしかないんだ……。」
俯いたまま、恋は『人類の敵』についての情報を話した。
「ふーむ、厄介アルねぇ……。その手の異世界生物は知能を持たないタイプのようにも思えるアルな。」
口元を手で覆い、考える仕草を見せた鈴春。
「……なら、見張りを付ければどうだろうか。どうせ私は寝付けそうにないし、タイムテーブル式に入れ替わりで見張りをすれば個々の負担も少なくなるんじゃないかな。」
そう提案したのは椅子に座っていた一紗。
一紗はそう言うと早速立ち上がり、見張りの支度をする。
「そ……そう、だね……。恋ちゃんは、まだ怪我……治りきってない、と思う……から、私達の六人で……見張りを、入れ替えるの……どうかな?」
恐る恐る、低く手を挙げながら周りに意見を求める小鳥遊。
「あたしも見張りに加わるよ!
怪我だって、ある程度は治ったし…!ってて!」
自分も役に立つアピールをしたかったようだが、その考えは潰えた。
小鳥遊の言う通り、恋の傷はまだ治りきってはいなかった。
「小鳥遊さんの言う通りだな。よし、俺達六人で回すか。」
霧更も頷き、鈴春も賛成したようなので、私も流されるようにタイムテーブルの順を決める話し合いへと参加する。
「って事アルから、恋ちゃんは明日に備えて安心して休むとヨロシ!俺達に任せるネ!」
「うう……面目ない」
今まで無理をしていた体が、遂に無理できるラインを超えていたため、彼女の思惑通りにはいかなかったようだ。
「うん……それじゃあ、鈴春の言う通り、明日に備えて寝ようかな。
お休み~。」
そうお休みの言葉を紡ぐと、恋は二階のある一室に足を運んだ。
パタリ。
階段を登り、入った部屋の扉を閉める。
初めから決めていたかのように、その部屋に足を進めた恋は、その部屋を見るなり言葉を零す。
「あはは。
まさかあたしが倒れた後に運ばれる場所がここだなんて。どういう星の巡り合わせなのかな?
ユウリちゃん。」
友人であり、魔法少女でもあった少女の名前を呟く。
──そう、"魔法少女"だった。
今はもう、少女の体は『人類の敵』の攻撃を受け、焼け焦げて……
あの陽だまりのような笑顔を見ることは、一生叶わなくなった。
「……。」
生前彼女が鞄に付けてたキーホルダーを、きゅっと握りしめる。
家主が居なくなってから時間の経ったソレは、埃っぽくなっていた。
「次は負けない。『人類の敵』は全部倒す。そしてあたしは──」
──"魔法少女"としての役目を終えるのだ。
・・・
話し合った結果、見張りの一番手は一紗となった。
他のメンバーも各々個室へと向かって行く。
「鈴春。」
後ろから彼を呼び止めたのは一紗だ。
「一紗、落ち着いたアルか?」
一紗に名前を呼ばれ振り返る。
「……私はもう大丈夫さ。」
「いや、脚が震えてるネ。」
間髪入れない鈴春の切り返しに、その観察眼を理解していたようにため息をつく。
「だろう、ね。……騎士として情けない限りだよ。」
己を鼻で笑いながら震える脚に目線を移した一紗。
「騎士であるにも関わらず、一人の少女も守れないなんて……ね。」
憂う一紗に鈴春は口を開く。
「なぁ、俺達はどうする事が正解だったと、お前は思う?」
鈴春の真剣な眼差し。一紗は顔を下げたまま、嘆く。
「分からないよ、分かる筈がない。」
その嘆きに鈴春はゆっくりと頷く。
「それが、答えだ。」
「……は?」
鈴春の言っている事が分からない。
一紗は少しずつ鈴春の表情を伺うように顔を上げる。
「分からない。つまりあの時の俺達は最善を尽くした。だから分からないんだ。それ以上の答えは無いんだ。」
ドッ
震えた手が鈴春を壁に押し付ける。
「桜が……死ぬのは必然だった。とでも言うのか。」
鋭く睨みつける一紗。
その目から逸らす事なく鈴春は見据え、また口を開く。
「そう、『今の俺達では』どう足掻いても守れなかった。」
己を壁に押し付けていた一紗の手を軽く払う。
元より押し付けた直後からそこまで力が込められていなかった一紗の手は簡単に払えた。
「だから、俺達は前進しないといけない。」
壁に押し付けられた事による髪の乱れも気にせず、真剣な眼差しを一紗に向け続ける。
「俺達は、もっと強くならないといけない。
…………それが俺の見つけた答えだ。」
もう、誰も失わないように。
「その為にもへこたれてるワケにもいかないネ。
俺達は、桜の想いも、全て背負いながら、進むしかないアル。」
だが一紗はそれを飲み込む事は出来ない。
それでも、立たなければいけない。
桜が暴けなかった、異世界の真相を暴く為にも。
大切なものを、守る為にも。
・・・
時計の針の音が響く。
この部室には、夕日に焼ける赤毛の青年。
ハリスただ一人。
何時もなら、鈴春と、一紗と、仲間になった部員達と、ゲートで調査をしている時間。
それが、酷く長く思える。
……何時も僕と鈴春さんと一紗さんの三人で、
笑ったり、異世界生物から逃げ回ったり……。
そういう敵が現れるきっかけは、大体僕か桜さんが作ってたんですけど。
……、
…………。
何時も、ゲートに行く時は、みんな笑ってた。
新しい出会いがあるだろうか。
今度はアタリを引けるといいな。
ゲートで悲しい事があった時、みんなで寄り添ってましたよね。
僕か桜さんが異世界生物に感情移入して……、
それを鈴春さんは明るく、一紗さんは優しく、慰めてくれました。
だから、次にゲートへ向かう時も、
僕達は笑えたんですよ。
だけど
今日、ゲートに向かった二人は…………、
──苦しそうだった。
「あんな「行ってきます。」
……聞きたくなかったですよ。」
部員達の悲しむ顔は、苦しそうに足先をゲートに向ける二人の姿は。
……見たく、なかった、のに。
鉛のように重い秒針はゆっくりと音をたてる。
ゆっくり、ゆっくりと。
それはまるで、飲み込みきれないこの感情のように。
・・・
北校の研究室にノックの音が響く。
「どぉーぞぉ。」
気の抜けた男の声、サジューロの声がノックに返すように応える。
扉を開けた来訪者。
「失礼します、サジューロ先生。」
赤い髪、暗がりの研究室でも誰か分かる。
「なんだ?三条。今回のデータならまだ整理終わってねぇぞ。手伝いに来たか?」
あわよくば、といった様子で三条に仕事を押し付けようとするサジューロ。
だが三条が真剣な顔をしているのは理解している。
「J-015の件でな。」
J-015……前回、南校が向かい死者を出した、あの巨人種が生息する世界。
その言葉を聞き、サジューロは眉をピクリと動かす。
「あそこ、俺単騎で行かせてくれ。」
──秒針は、ゆっくりと動く。




