第十話 最低最悪の人殺し
気づいたら此処にいたんだ。
生きたいなんて望んだ事もないし、二度目の生なぞ御免だ。
そう、思っていたし、ボクはちゃんと死んだはずだった。
……だが、此処にいた。
「君の魔術師[マーリン]たる実力、見せてもらおう。」
……あぁ、またそういう。
だから嫌だったんだよ。生きるのって。
そしてそんな生と死を、ボクは今日も繰り返す。
・・・
必死に走る、走る、走る。
「一紗先輩、もう少し、もう少しですから。」
ヒューヒューと息の荒い一紗。
私に出来る事は走る事。
誰よりも、誰よりも早く……。
「……来たアル。花乃はその少女の治療を続けるヨロシ。俺が一紗を診る。」
鈴春は立ち上がり、小鳥遊に指示をする。
「う、うんっ……わかった。」
その指示にピシリと背筋を伸ばして小鳥遊は返事をする。
「鈴春、先輩……っ!一紗先輩、を……っ!」
ようやく二人の元へ辿り着いた私は、息を切らしながら鈴春に目を向ける。
……息が切れるまで走ったのは何時ぶりだろうか。
体育でも、訓練でも、息が切れる事はなかった。
息が切れるよりも前に合格点があって、それ以上は何もしなかった。
「緊張による痙攣ネ、末端が冷えてる。温かい物が用意出来ればベストだけど……街中で火を付けるのは流石に何処の世界でもタブーネ。」
鈴春は制服の鞄からカイロを出し、タオルで巻いて、緩めた一紗のブーツの中へと入れた後、一紗を横に座らせ、大きな鈴春の手で小さな一紗の手を包み込む。
「一紗はよくやってるネ。大丈夫。
みんないるアルよ。大丈夫、大丈夫。」
それをずっと繰り返す鈴春。
最初こそあまり変化はなかったが、一時間も経てば少しずつ呼吸が整い始める。
「……り、しゅ…………?」
「そーアルよぉー?かずの鈴春ネ。俺が傍にいるから安心するヨロシ。」
相槌を打ちながら、丁寧に、言葉を織り成す鈴春。
私には何をしているのか全くわからない光景。
だが徐々に一紗の顔色が戻ってくる。
それはまるで……魔法のように。
その光景には、恐らく温かいという言葉が合うのだろう。
向こうの方から二人分の足音が聞こえる。
「おぉ、丁度揃ってるのか。」
「お待たせしました。こちらは伊吹様が安全な空き家を見つけてくださいました。……皆様は如何でしょうか?」
現れたのは青龍と霧更。
「助かるアルーーー!
んじゃあ俺が一紗に肩貸すとしてー、流石に女の子に女の子運ばせるのもアレだし、せいりゅりゅ、この女の子担いでやってくれないアルか?」
そう提案をする鈴春。
「え、俺、ですか?」
だが青龍には迷いがあった。
……これは、セクハラにならないか?
という悩みであった。
そんな所で現れた助け舟。
「伊吹様、私が運びます。彼女、軽そうですし私でも大丈夫です。」
「霧更さんが持てるなら頼む。
……で、これから道案内するから着いて来てくれ。」
少女は霧更が抱え、青龍を先頭に列が続いた。
わりと近くだったようで案外直ぐに到着できた。
「ここだ。」
目の前に現れたそれは……。
「廃墟……?」
「安全性は確認した。問題ない。」
ツタが屋根まで登りきり、割れた窓の修復をされた形跡もなく、全体的な劣化が見て取れる。
典型的廃墟。
崩れている所がないのが唯一の救いだろうか。
「ボロボロ、だね?……衝撃とかには、弱そう。」
「窓さえどうにかすれば雨風は凌げそうアルな。
せいりゅりゅが安全確認したなら間違いないネ。入るアルか。」
ふむ、と考えた後にドアノブを捻った鈴春。
ギギギ、と軋んだ音を立てるがドアの役割は果たされているようだ。
中は蜘蛛の巣やホコリなどが酷いものの、生活における必需品は揃っている。
「水道や電気、ガスはまだ止まってねぇみたいだ。ここの世界の水道やらの事情は分からねぇけど少なくとも、少し前までは使用者が居たと思われる。」
この惨状で人が少し前までいたとは中々思えないものの、水道や電気が通っている事を考えるとその意見にも納得がいく。
「この廃墟周辺の安全は霧更さんに確認して貰った。から、ここは安全と言えるだろう。」
そう言い青龍は軽く霧更に視線を向けた。
それを聞きながらも鈴春は椅子のホコリを払い一紗を休ませる。
「あ、ことーにゃ。その子はこっちのソファで寝かせておいて欲しいアル。」
ソファのホコリも一通り払うと、少女を抱える霧更に、少女を休ませるよう促す。
「わかりました。」
霧更はそう返事をすると、少女をゆっくりとソファに寝かせる。
「……で、現状は。」
見てわかる。
鈴春はヘラヘラと笑ってはいるものの、目が虚ろな事。
一紗はメンタルが崩壊寸前である事。
少女の一命は取り留めたものの、残りの戦力。
実質的な戦力は補充員四人と考えるべきだろう。
……そして、掴めていない『人類の敵』の素性。
「この中での最年長は……小鳥遊さんか。
小鳥遊さんはこの現状どう見ます?」
青龍に突然話を振られ、飛び上がる小鳥遊。
「えっ……えっと、かなり……厳しい?……と思う?……でも、さっきの子、ボロボロだったし……放っとけない……かな?」
メンバーが話す中、手早く辺りから机や椅子を集めてホコリを手持ちのティッシュで拭う霧更。
「俺もはなのんに同感アル。現地の怪我人が居るという事は何かしらの要因があるネ。
それはA-000を害する物の可能性があるというのに、放っておく理由はないアル。」
霧更にどうぞ、と言われ椅子に座る私達。
「A-000の将来を考えるのはそりゃあ立派だ。
だが鈴春さん、貴方、今かなりお荷物ですよ。」
ため息を付いた後に細めた目で鈴春を見据える青龍。
「俺は正直A-000がどうなろうと知った事じゃないし、その子が心配なら一時的にA-000に避難させて回復してからここに帰すで充分だ。
……鈴春、お前焦ってるんだろ。」
ヘラりと笑っていた頬が引き攣る鈴春。
「勝手に焦って、自分の勝手で一紗さん引き摺って来て、挙句にこれだ。指揮官、副指揮官が動けない状態で更に現地の見ず知らずの女の子も含めての三人を、俺ら補充員四人で防衛しろって言うのか?
自己中心的も大概にしろよ。」
霧更に椅子を渡されても座る様子のない鈴春。
「お前に何が分かるネ。」
「分からねぇから言ってる。」
鈴春は青龍を睨むが青龍が屈する様子はない。
「このままやれば、今度は一紗さんが壊れるぞ。お前の我儘のせいで、な。」
青龍は鈴春とは対照的に、椅子に座り、手足を組む。
「戦場で戦えない人員は要らないネ。」
「じゃあアンタも要らないな。鈴春指揮官。」
やめろ、と一紗は弱々しく立ち上がろうとするが、倒れかけ、小鳥遊に支えられる。
「お前の判断がここにいる全員を危険に晒してる自覚を持て。」
それだけ言うと、青龍は立ち上がり、奥にあった軋む階段を踏む。
「二階に四部屋、一階に三部屋個室がある。安全性はもう調べた。鈴春は頭冷やせ。
他の皆は休むといい。」
その高い身長で鈴春を見下ろした後、階段を登り二階へと上がって行く。
霧更はそれを眺めると後に続くように階段を登る。
青龍の姿が視界から消えると鈴春はヘナヘナと椅子に崩れ落ちるかのように座り込む。
「……じゃあどうしろって言うネ。」
一紗は寄り添おうとするが体に力が入らずに立てない。
一階は、ただ沈黙に包まれた。
・・・
二階の廊下。
「……伊吹様、よろしいのですか?」
階段を上がって行った青龍に後ろから声をかける。
「霧更さん、どうかしたか?」
廊下の途中で立ち止まり、振り返る様子はなく目線のみ霧更の方へと向ける。
「いえ……伊吹様は、的確なことを仰るなと思いました。それだけです、お気になさらないでください。」
自分には出来ない事、故の賞賛か。
彼女には目上であるはずの鈴春に意見する青龍の姿に何かを感じたのかもしれない。
「まぁ、俺はあくまで恩のあるウチの部長に頼まれて加担してるだけの立場だからな。鈴春指揮官を慕ってる訳でもないから思う事言うだけだ。」
霧更を横目に眺めながら、頭を軽くかく青龍。
「北の部長さんは…良い人、なのですね。私も西園寺部長には助けられました。」
「あぁ、良い奴だよ。アイツは。本人に言えば絶対否定するだろうが。少なくとも救われた俺らがいる。」
それは黒咲だけではない、一階で頭を抱える、彼だって。
「だが実際、人間としては未完だろうな。鈴春も、俺も。」
情けないな、などと呟きながら言葉を紡ぐと、割り入るように霧更は近づき、声を発する。
「……伊ぶ……いえ、青龍様、僭越ながら申させて頂きます。私にとっては青龍様は伊吹青龍様という唯一の存在ですし、合流前に仰られていた……過去の行いは関係ありません。
そして青龍様が先程、この探索隊の全員の命を守る為の発言をなされたことも夢ではありません。
私にとっては青龍様は尊敬と感謝をすべき相手です。
……その気持ちを持つことは、いけませんか?」
……あぁ、純粋な目をしている。
それは、まるで……いいや、この場では無粋な事だろうな。
「いいや、気持ちの持ちようは自由だろ。」
何となく、救われた気がした。
だが、俺の罪は消える事は無いだろう。
・・・
「実の親、霧更さんが崇高する『伊吹』を二人も殺した。……これを真に崇高と言えるか?」
それは俺を『伊吹』として崇拝していた霧更に放った一言。
……そう、己が手で両親を殺した未完の人間。
それこそがこの俺、伊吹青龍だ。
最初の殺人は突然の事。
忘れる事はない、俺が元いた世界で、学生となる数日前の出来事。
父親は俺達家族に内緒で家を出た。
だが帰って来たのは深夜、遺体袋に入れられ、無惨な姿で俺達の元へ返された。
死因は事故だ。
出先で歩いている所、暴走車両に衝突され、即死。
そしてその出かける原因は、俺。
……俺の、制服を買いに出かけたのだ。
遺体と共に、俺が袖を通すよりも前に血塗れた制服も遺品として我が家に返された。
……この、俺の存在こそが、家族を狂わし、殺したのだ。
父親は有名なタレントだった。
故にその死は、誰もが悔やんだ。
そして父親を轢いた暴走車両の運転手がよりにもよって妖猫だと報道された時、俺達の故郷は荒れに荒れ狂い、戦争にまで発展しそうな勢いであった。
そして当時、荒れたものがもう一つ。
俺の母親だ。
母親は誰よりも父親の事を愛し、慕っていた。
だからこそ、父親の突然の死の宣告に誰よりもショックを受け、誰よりも狂った。
父親が居なくなってからというもの、父親に似ていた俺は溺愛され、性的な行為を要求されては断り、その度に暴力が跳ね返る。
妹と弟は母似だった。それ故に母親は二人の顔を見ては自分のようだと殴り、殴り、殴り……。
俺が猫撫で声で母親を宥めれば母親は静まり、妹や弟も一時的に暴力から解放される。
俺を犠牲にしておけば二人は無事でいれた。
そんな日々だった。
だが、母親は暴力と同時に、金銭の浪費も激しくなっていく。
縋る宛がなくなったが故か、毎日のように家に男を連れ込む、もしくは食事に出かけ、子供達を置いて数日家を空ける事もあった。
父親が稼いでいた分、それまでは母親は稼がずとも金に困る事はなかった。
だが次第に浪費が激しくなり、俺達への食費は勿論、生活すら困難になり、弟は栄養失調に陥ったが医療費も出せずにいた。
「俺は学校を辞めます。タレントとして働かせて下さい。」
母親にそう俺は告げた。
学費が嵩むと文句を言っていただけあり、母親はそれに賛成をした。
そして俺はタレントとして一人、舞台に立った。
稼いだ金で弟の医療費を出せるようにする為に、下の二人がちゃんと食えるように、そして。
……また、家族で笑い合えるように。
だが、それは呆気なく裏切られた。
俺の稼いだ金は全て母親の浪費に使われ、金のかかる弟を殺そう、などと深夜に呟いていたのを、俺は、聞いてしまった。
カチャリ。
普段使わない台所から包丁を取り出す音がする。
「おい、おい!龍火!起きろ!」
俺はこっそりと自室を抜け出し、弟の龍火を起こしに行く。
「なぁに、お兄ちゃん。」
「ぼさっとしてないで!逃げるぞ!」
逃げる事しか考えていなかった俺は窓を開け、弟の腕を引き、飛び降りた。
「龍火!龍火はどこよ!」
母親の怒鳴り声。部屋にいない事が気付かれ、家の中を探し回る音がする。
「おかあさ……」
「言ってないで、走れ!」
などと言ってもやせ細った栄養失調の弟には限界がある。
無我夢中で走るが弟はフラフラとしている。
一方、家に弟が居ない事に気付いた母親は家を飛び出し追いかけて来る。
「──解読完了。」
逃げる俺達に聞こえた、男性とも女性とも言えない声。
その声と同時に建物の影から青白い光が漏れる。
「龍火!行け!」
「でも、お兄ちゃん……」
「早く行け!!」
青白い光は弟を誘うように吸い込んで行く、そう、それでいい。
光が消えた頃には、目の前からも弟は消え、街の中、俺と母親の二人きりとなった。
そして……。
──俺は二度目の殺人を犯した。
故に、俺は両親を殺し、妹を苦しめ、弟を捨てた。
最低最悪の人間だ。
あぁ、それでも、貴女はそんな顔をするんだな。
霧更さん。
・・・
沈黙が続く一階。
俯き、思考が止まったように動かなくなった鈴春。
鈴春を慰めに行こうとするものの体が動かず小鳥遊に止められ、椅子に座り何も出来ない事に絶望する一紗と、一紗に大丈夫だよと呼びかける小鳥遊。
私は一人、座ったままその様子を眺める以外、出来る事はなかった。
そんな時、
「……ん?」
──少女が、目覚めた。




