【SSコン:段ボール】 秘密基地
「僕、今年の夏休みは秘密基地作りたい!」
急に言い出した弟の樹に、母と二人で目をパチクリさせる。
「え、秘密基地?」
今朝はそんな素振りをかけらも見せなかったので、またクラスメイトに何か言われたのか、と検討をつけながら聞き返すと、樹は力強くうなづいた。
「あのね、大貴君が秘密基地作ったからみんな見に来い、って言ったから、みんなで行ったの。大貴君の秘密基地、木でできたお家みたいでかっこよかったんだ。けど!大貴君ひどいんだよ!仲良しな子しか入れないって言ってきたの!」
「ああ、大貴君がね……」
大貴君は典型的なお金持ちのところのおぼっちゃまで、弟とめっぽう仲が悪い。そんな大貴君にかっこいい秘密基地を見せびらかされたら、羨ましくなるのもまあ当然のことだろう。
「だから自分も秘密基地欲しくなったの」
「うん。でもね、木では作れないからダンボールで作るの」
「なるほど、ダンボールハウスにするのね」
それならまだいくらか現実的だ。大貴君みたいなのがいいと言われたらどうしようかと思った。しかし、本当に樹一人で作れるのだろうか。
「樹、一人で作れるの?ダンボールとか材料集めるの大変だよ?」
「なら夏、あんたが手伝ってやんなさい」
「えっ」
思いもよらない母からの提案に驚いていると、樹がキラキラした目でこちらを見てきた。流石にそんな期待されたら断れない。
私は面倒くささ七割、好奇心三割くらいの心持ちで秘密基地制作に臨むことになった。
「はい、これが頼まれてたダンボールだよ」
「ありがとね」
あの後、ダンボールは父に頼んで会社からもらえないか聞いて見たところ、完成した秘密基地を見せることを条件に譲ってもらえることになった。
樹は俄然やる気が湧いてきたようだが、私は手を抜くことができなくなったと頭を抱えた。いや樹よ、秘密基地が秘密じゃなくなっていっているがそれでいいのか。
他の材料は、自分も完成したのが見たいから、と言って父がくれたお小遣いを持って、ホームセンターでたくさん買い込んだ。父とその会社の人たちのおかげで材料はわずか一日で集まった。
夏休み二日目の朝十時、私たちは秘密基地を作り始めた。
まずは設計図。本当は材料を集める前に書いておくべきだったかもしれないが、量はともかく必要な物は大体想像がついたので、おそらく大丈夫だろう。
とりあえず、長方形の箱を書いてみる。父の車庫の片隅で作らせてもらうので、あまり大きなものは作れない。まあ大きすぎても完成しないし、子供が三人くらい入るスペースがあれば十分だろう。
樹はサイズ感に若干不満そうだったが、文句は言わなかった。
壁はダンボールを二重にして補強して、屋根も四角い方がダンボールっぽいよね、窓とドアはくり抜いた所に紐を結んで……と色々協議している内に、なんだか楽しくなってきて、そのままの勢いでダンボールを切り始めた。
しかし、ダンボールを切るのは意外と難しく、コツを掴むまで時間がかかった。結局、この日はダンボールを切るだけで一日が終わり、続きは明日することになった。
制作二日目。この日も朝から作り始めたが、昨日みたいに大変な作業をし続けると樹の心が折れそうだったので、合間合間に休憩を兼ねた設計図の見直しを入れることにした。ダンボールを組み立てているうちに補強した方がいいところがわかり、補強のやり方を協議して、また組み立てて、としてるうちになんとか完成したが、ゴツいしなんか物足りない。
「何が足りないんだろう……」
「……あ!わかった!飾りが足りないんだよ!」
なるほど、飾り。そういえば何一つとして飾りつけしていなかったな、と思い直し、二人で手分けしてこのシンプルな秘密基地を飾り付けていくことにした。
樹には外装を任せて、私は内装に取り掛かる。小さい机と座椅子を作っておいてみると、それだけで中は温かみを増したように感じた。
樹はまだ小さいから余裕で使えるだろう、と思った所で、これは自分の基地ではなく、樹のなんだという事を少し残念に思った。
残念に思った?私、高校生なのに。
それに、弟のものを欲しがるなんて、姉としてどうなのだろうか……。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
少し落ち込んでいると、樹が中を覗こんできた。慌てて取り繕うが、樹はそんなことお構いなしに机と椅子ができていることを喜んだ。
「わあ!もう机と椅子ができてる!お姉ちゃんすごい!」
ニコニコ笑う樹に、心が温まる。
落ち込むのは、一通り完成してからにしよう。そう思った。
あの後、小さい棚を作って、中を掃除して、樹が外装に色々と描き終えた所でダンボール製秘密基地は完成とあいなった。
樹は大いに喜び、私も嬉しくなったが、もう少しこの秘密基地を楽しめなくなるのか、と悲しくなった。
そんな自分を見られたくなくて、完成した秘密基地をスマホで写真に撮り、父に送信。樹におめでとう、と言って車庫から出て行こうとすると、不思議そうな顔をした樹に止められた。
「お姉ちゃん、どこにいくの?」
「え、いや、完成したから出て行った方がいいかな、と思って」
「中に入らないの?」
「いやいや、これ樹の秘密基地だし。私に入られるのは嫌でしょ?」
お互いが不思議そうな顔をして、問答をする。何か食い違ってるな、と思った所で言った樹の一言に私は目を見張った。
「え、お姉ちゃんも仲間でしょ?僕とお姉ちゃんで作ったんだからとーぜんじゃん」
私も仲間に入れてくれてたんだ、と、心がじんわりと暖かくなる。
はにかみながらありがとう、と伝えると、樹はよくわからなさそうな顔をしながらも、どういたしまして、と元気に返事をしてくれた。
そのまま二人で秘密基地に入る。改めて入った基地の中は蒸し暑くて、扇風機欲しいね、お父さんに頼んでみようか、と笑いながら話し合った。
こんな夏休みも、たまにはいいかもしれない。