第8話
僕が目を醒ましたのは翌日の朝だった。
使用人が朝食の支度が出来たと呼びに来てくれて、
僕は言われるがままに身支度を整え、食堂へと向かう。
そこにはアレクと、奥さんと思われる美しい女性が座っていた。
「ラタンさん、主人を助けていただきありがとうございました」
食事が始まると奥さんはそう言って深々と頭を下げた。
僕はそのあまりに丁寧な礼に恐縮してしまう。
「いえ、そんな・・・たまたま通りかかっただけですので」
僕は照れながらそんな事をボソボソと答えた。
今まで礼なんて言われ慣れていないから、
なんだかとても恥ずかしかった。
朝食にしては豪勢な食事を堪能すると、
アレクが僕に尋ねた。
「ラタン君は、旅をしているのかい?」
「あ、いえ・・・」
僕は迷った末に、
冒険者ギルドを首になり町を追い出されたことを話した。
もちろん【蒼天の轟竜】に関する事は伏せて。
「なんと、そんなことが・・・」
アレクは僕の話を聞いて、
険しい表情になる。
「お気の毒に・・・」
奥さんが同情の視線を僕に向けてくれた。
「えぇ、だから今の僕は冒険者と名乗るのもおこがましい流れものです。そんな僕にここまでしていただいて逆に申し訳ないです」
そう言って僕は俯いた。
「そんなことはない!」
アレクが声を大にして言った。
穏やかなアレクが声を上げたものだから、
僕は驚いてしまう。
「昨日も伝えたが、君がいなければ私は死んでいた。追放されたなんて関係ない。君は、立派な冒険者だ」
アレクが強い瞳で僕に言う。
その言葉を聞いて、僕の胸の中に何か熱いものが流れてくるような気がした。
「ありがとう・・・ございます・・・」
僕は呟いた。
嬉しかった。
人に感謝されると言うことが、
そしてアレクの想いが。
気を抜くと泣いてしまいそうだ。
「ラタンさん、よければこの町の冒険者ギルドに登録されるのはいかがかしら」
奥さんが言った。
「おぉ、それは良い考えだ」
アレクもそれに賛同する。
「冒険者ギルドに・・・」
冒険者ギルドは街、もしくは地域ごとに独立している。
相互に情報交換はしているものの、ギルドが変わればそれは別組織と言っても過言ではない。
この町でもう一度冒険者として登録することも、制度上は可能だった。
「少し、考えます」
僕は二人にそう答えた。
この先どうするのか考えて居なかった僕が、
また冒険者になるなんて選択肢を安易に採る決断が出来なかった。
そのまま話は他に流れ、
豪華な朝食は終了した。
・・・
・・
・
僕はその日のうちにアレクの屋敷を出るつもりだったが、
どうしてもと懇願されもう一泊だけさせていただくことになった。
好意に付け込んでいる気がしたが、
行く宛のない僕には断る道はなかった。
夜半に目が覚めて眠れなくなる。
僕は屋敷の廊下を歩くことにした。
闇夜の中、家の中を歩く。
これじゃまるで不審者だな。
そんな事を考えていると、
広間の一角に灯りが灯っているのが見えた。
「誰?」
その声に驚く。
見ればそこには僕より小さな女の子が座っていた。
茶髪でクリっとした目の人形みたいな少女だ。
「貴方・・・お父様のお友達?」
顔を見るとアレクの面影が見える。
間違いなく彼の娘だろうと僕は判断した。
「えっと・・・そう、かな。はじめまして」
僕は彼女に答える。
「おなまえは?」
「僕はラタン。君は?」
「ララって言うの」
「ララちゃん、よろしくね。こんな夜中に何をしているの?」
僕は尋ねた。
時刻は真夜中を過ぎた頃。
幼い子が一人でいるのはあまりに不自然な時間だった。
「私、昼間はお部屋から出られないの」
ララは悲しそうに答えた。
「部屋から?」
「うん」
そう言うとララは右袖をめくってみせた。
見ればそこには焼けただれたような痕があった。
「・・・これは・・・」
「私、お日様が苦手なの。だから外に出られないの」
ララが言った。
「おひさまが・・・?」
そこまで聞いて、僕は思い当たる。
ギルドに居た頃に聞いたことがある。
太陽の光に極端に弱くなってしまう病気があるという。
原因も治療法は見つかっていないその病は、「陽光毒」と言った。
「そうか・・・だからアレクは・・・」
ゴブリンから助けた時にアレクが言っていたことを思い出す。
彼は娘の薬を運んでいたと言っていた。
陽光毒の治療法は無いが、
月の雫と言う薬草の抽出液だけがその症状の緩和が出来るそうだ。
これはパーティーメンバーの<賢者>アリアハルから得た知識だ。
「お薬飲んだから、動けるようになったの。だからここでご本を読んでいたの」
ララは嬉しそうに言った。
「そっか・・・」
僕は思う。
もしもあの時アレクと共に薬を失っていたら、
このララと言う少女もこうしていることは出来なかったはずだ。
アレクを助けた事により、
僕は彼女のことも救うことが出来たのだ。
僕はそのままララと会話を続けた。
警戒心を解いた彼女は人懐こく、
太陽のもとに出られない以外は普通の女の子のように思えた。
・・・
・・
・
「お世話になりました」
翌日、僕はアレクと奥さんに見送られ、
屋敷を出ることにした。
「ラタン君さえよけれなここに居てくれてもいいんだよ?」
「いえ、これ以上ご厚意に甘えるわけにもいきません」
「だが・・・」
「貴方、ラタンさんが困ってますよ。また来ていただけばいいじゃない」
「・・・そう、か」
奥さんに言われ、アレクは渋々それを受け入れた。
「そう言えば、ラタンさん。娘とお話していただいたそうでうすね?」
奥さんが言った。
「はい、夜中にたまたま」
「娘が喜んでいました。病気のせいで家の者以外となかなか話す機会がなくて・・・」
奥さんが少し寂しそうな顔をした。
「良かったらまた娘と話に来てやってくれないか?」
ラタンが言う。
僕はそれに頷いた。
そして二人に丁重に礼を述べた後、屋敷を離れる。
・・・
・・
・
「・・・やっぱり、ここしか無いかな」
僕は屋敷を出ると、ココネの町の冒険者ギルドに来ていた。
路銀も尽きかけ、
この町に滞在するにしても町を出るにしても、
金を稼ぐ必要があった。
スキルを持たない僕からすれば、
働き口は冒険者稼業くらいだ。
僕は冒険者ギルドへと足を進める。
ココネの町のギルドはそれなりに活気があり、
昼前ということもあり冒険者で溢れていた。
僕は受付に向かい、
受付嬢へと話しかける。
「あの・・・」
「いらっしゃいませ・・・初めての方ですか?」
「はい、そうです」
「そうなんですね。冒険者は初めて?それともどこか他の町で活動していたんですか?」
受付嬢の質問に僕はどう答えるか考える。
ギルド同士は独立しているとは言え、
冒険者情報はシェアされている。
ここで【蒼天の轟竜】の話をすれば、
このギルドでもそれなりの待遇を受けることが可能だろう。
だが僕は、もう【蒼天の轟竜】を名乗ることはしない。
「初めてです」
僕は答えた。
「・・・そうですか。ではこちらに幾つか記入をお願いします。その後に色々説明しますね」
受付嬢は答えた。
僕の答えに何かを感じ取ったようだが、
深く追求はしなかった。
冒険者はお互いに深入りしないのが暗黙のルールだ。
僕は受付嬢に言われるがままに書類を記載し、
幾つかの説明を受ける。
「―――――という事でラタンさんはE等級からのスタートとなります。活躍に応じてランクアップし、S等級が最高となります。何か質問はありますか?」
「いえ、ありません」
「では、今日からお願いしますね。新人さんとは言え、今は人手が足りないので助かります」
受付嬢は言った。
「人手が?何かあったんですか?」
僕は尋ねた。
「はい、実は王都からの通達が出て、高位の冒険者が次々と駆り出されています。必然的に人材不足で・・・」
「通達、ですか?」
「はい。ラタンさんは【蒼天の轟竜】と言うパーティーをご存知でしょうか?」
受付嬢の言葉に、僕は凍りついた。