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スクリャービンの色  作者: 夢のもつれ
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要領を得ない電話とまとまらない思念

 亡くなった妻が八ヶ岳の山麓に別荘を建てていたという話を聞いたのは、質素な葬式を済ませ、いつの間にか49日もとうに過ぎた、新年も間近い頃だった。聞いたことのない名前の地元の建設業者から電話が掛かってきて、物件の引渡しをしたいから現地に来てくれないかという意味のことを要領の得ない話し方で言ってきたのだった。


 妻とはあんまり話をする仲ではなかったが、別荘を建てるということを自分に何の相談もなく決めて、しかもそれができてしまっているというのは、にわかに信じられなかった。いくら田舎の別荘だといっても土地と建物で数百万円はするだろう。愛人の子をいきなり見せられた奥さんはこんな気がするのかなという変なことを考えた。そっちに行くのはいいけれど、この歳で日帰りはつらいのでどこか泊まれるところはないのかと訊くと、

「別荘にはベッドも暖房器具もなんでも揃っていて、泊まれるようですよ。来られるときまでに掃除もしておきますから」と答える。

「今は元いた会社の顧問のようなことをしているんで、毎日出勤しなければならないわけじゃないから、次の木曜日にでも行こうかな」と言うと、

「それはご自由なご身分でうらやましい、長々とご逗留されてはどうですか」とあんまりそう思ってもいないような返事があって、その声がこちらの耳に残っているうちに電話が切れた。


 まだ半信半疑のまま、手帳を繰ってみると、ずっと空白が続いていて、いつまでいてもいいようなものだが、いくら何でもあちらは寒いだろうし、2、3日くらいかなと考えたり、何でも揃っているといってもないものもあるだろうし、付近に買い物に行けるようなところはあるんだろうか。一体何を持って行けばいいのか、あれこれまとまらないままぼんやりしていた。


 結局、木曜日の朝になって、着替えと洗面道具くらいを車に積んで中央道を走った。八ヶ岳の近くのインターチェンジで降りて、くねくねした田舎道を行くと商店街に出て、言われたとおりタクシー会社のある信号を右折すると駅があり、その前の閑散としたロータリーにすぐに顔を忘れてしまいそうな顔をした業者が待っていた。お互い名を名乗ったら、業者はすぐに「じゃあ行きましょう」と言って、くすんだ赤い車に乗って先導した。


 業者の車を追いかけながら、今になって何を訊くか頭の中で整理しようとする。いろいろな書類、契約書とか登記簿とか、そうしたものがあるはずで、いや別に業者の話を疑っているわけではないが、そうあなたを疑うわけじゃないんですが、そういうことはきちんとしておきたいわけですよ。妻からは何も聞かされていなかったわけで、たぶん退職祝いのようなもので。驚かそうとしたんだろうけど。でも一体妻はそんな金をどうやって、一体費用がいくらなのかも知らないけど。…業者の車を見つめているとかえって頭がぼんやりしてくる。どういうふうに言うか、改めて口の中で繰り返してみるけれど、こちらがみっともなくないようにするには、どう訊けばいいのか、うまくまとまらない。

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