4.魔術師の流儀(3)
整理整頓は一日にしてならずを標語に、とりあえず今日のところは片付けを切り上げることにした。
それからも私とサルヴィエは空いた時間を見つけては片付けに励んだ。
いつも一緒なわけではない。サルヴィエも部屋にこもって研究するかたわらたまに物置を検めているようだし、私は私で食堂ですることがある。
私に託されたうちの一つが食料庫整理だ。
食堂のすぐ脇には扉のない小部屋がある。そこが食料庫だ。横幅に対して奥行きは浅く細長い部屋に、奥板のない食料棚が設置してある。
私は狭い食料庫に滑り込んで棚を見上げた。
ここの整理は前のお屋敷で経験があるのもあって比較的やりやすい作業だ。食べ物には食べられるか食べられないかという明確な壁があるので、処分する物しない物の区別がつけやすいのだ。
当初の台所が散らかったままほったらかしになっていたところからして、サルヴィエはここのところあまり料理をしていなかったらしい。
となれば食料庫はさぞかしひどいありさまだろうと早くから覚悟していたのだが、いざ確認してみるとそこまでの惨状ではなかった。豆や乾燥野菜、塩漬け肉の瓶詰め、雑穀の包みや酒に漬けた果物など、日持ちするものが大半だったためだ。
きっと町から遠く食料を買いに行きづらいためだろう。徒歩で小一時間は通えないこともないが面倒な距離だ。不便な立地だと思っていたが、これについては感謝しなければならない。
それでも、だめになった物の処分はやっぱり覚悟がいる。
保存食とはいえども万全ではなく、一部は保存状態が悪かったのか傷んでいるものがあった。手つかずのまま変色して袋ごと駄目になった小麦粉など。瓶詰めの中には汁漏れして悪臭を放っているものもあった。泣きながら裏の森に穴を掘って埋めた。
ほかにもすることはいくらでもある。
「うーんひどい」
私は食堂を見渡してつい独り言をつぶやいた。
だいぶ麻痺してきたものの、食堂は長らく掃除をしていなかったに似合って汚い。がらくたの類をすっかり取り除いたために、それはよりあらわになっていた。
食器棚の上にはふわふわのほこりが積もっている。それどころか床には湿気を吸ったちりと髪の毛がまじってまた乾き、こびりついていたりする。見ているだけでげんなりする。
感想を殺し、無心に汚れを払ったりこそげたりして、最終的に勝手口から掃き出す。言うのは簡単だがなかなか地道な作業だ。
それでも、目に見えてきれいになっていく家を見るのは気分がよかった。掃除はやったそばから結果が現れるからいい。
だから私はいいのだが。
書斎の本の仕分けは当初考えていたよりずっと時間がかかっていた。
サルヴィエが本を一冊一冊中身まで検めながら整理するので進みが遅いのだ。
だがこれはサルヴィエが悪いわけではない。一目見れば大体分かる衣装や食べ物なんかと違って、本は中身を見なければ分からない物だからだ。
おかげでサルヴィエは今日も死んだ目だ。
研究の合間にとはいえ、毎日のように細かい文字と顔を突き合わせているとどうしても疲れが溜まってくるらしい。微力ながら作業の手伝いをするしか私にはできない。
そうして本の山を少しずつ切り崩していくうちに、隠れていて見えなかった物が見えてくる。
部屋の奥に分け入ることができるようになってきたので、私は本以外の物を拾うことにした。
服がほったらかしなのはまだかわいい方だ。本の山と山の隙間からは、空のカップやらさじやら、どうしてそこにあるのか分からないような物がぼろぼろ発掘されてくる。
明らかに片付けるべきもの、食器などは順調に片付けられた。ある程度数が出てきたらまとめて台所に運び、私が洗っておけばいい。
しかしその域を出るととたんに難航した。
例えば文房具。書斎だけに文鎮だ羽ペンだと細々したものがよく落ちている。
中には子供の遊ぶお手玉のような布袋とか、植物の種がほんの数粒くるまった薬包紙とか、なにがなんだか分からないものも少なくない。
それら全て私のものではないからこっちの判断でホイホイ捨てるわけにもいかず、逐一おうかがいを立てなくてはならなかった。
「サルヴィエさん、こっちの封筒は取っておきますか? 中身が入ってますけど」
「それは……寄越してくれ」
こんなやりとりが何度となく繰り返される。
「サルヴィエさん、羽ペン七本目出ました! 処分しますか!」
「ちょっと待ってくれ」
「でも七本ですよ。羽がパサパサのやつから捨てるとか」
「出てきたものを全部見てから……」
そうやって悩んだり顔を突き合わせて相談したりするごとに作業は停滞する。
たまにとんでもない物も出てきた。
私が本を右から左へ移動させながら掃除していたとき、靴に何かが当たる感触があった。
足元を目で追って、私はぎょっとした。
「さ……サルヴィエさん! 石! この石!」
「石? ああ」
足元に転がっていたのは手のひら大の巾着袋だった。紐はほどけて口が半開きになっている。
その口から転がり出たのは、透明感のある紫色の宝石だった。袋の中にはきれいに研磨された小指の先ほどの大きさの石がいくつも入っていた。
「ないと思っていたんだ。ありがとう」
「そういう問題ですか? かなり、えっ、かなり貴重な物ですよね?」
小粒ながら大富豪の両手の指全部を飾れそうな数の宝石だ。ひと財産になるだろうに、反応は失くしていた文具を見つけたときと大して変わらない。どういう金銭感覚をしているんだ。実は懐に余裕があるどころじゃないんじゃないか。動揺が冷めない。
「これも研究に使う物だ。魔力の媒介になる」
「あっああ、なるほど……?」
値打ちのある物ではなく、研究材料として見ているらしい。
研究者の価値観と思えば多少納得に近づいた。混乱していたせいもあったけれど。
雑貨を発掘するかたわら、書斎の本の山は少しずつ、ほんの少しずつではあるけれど目減りしてきていた。
――そうとは分かっていても、この膨大な書物を一冊ずつ検分するのは、砂粒を数えるようにいつまでたっても終わらない気がした。