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3.片付ける意味(2)

「その、私もお手伝いしましょうか。それとも口出ししない方が?」

「……構わない。一人で検める」

 サルヴィエはうつむきがちに、だが確かに首を振った。


 それを確認して、私はいったんその場を離れることにした。

 深刻な様子の彼を一人で置いていっても大丈夫かどうかは気がかりだった。

 だけどむりやり励まして立ち上がらせるのは雇い主の気持ちに踏み込み過ぎだし、それでいて解決はしない。納得するまでに時間が必要だと思う。

 かけられる言葉はもうかけた。今は私のできる作業をするしかない。



 勝手口から中に戻り、かたっぱしからできそうなことをする。

 廊下に落ちていた衣服を拾い集め、布地にまとわりついたほこりをゆすり落とす。洗濯道具の所在を確かめたら、天気のいい日を見つけてまとめて洗おう。


 それから食堂に残された物を手早く片付ける。

 空き瓶は洗って勝手口の外に並べておく。後日町の酒屋か食品店かに持っていけば引き取ってくれるはずだ。同じように、捨てるものはすぐ捨てられるように分けてまとめておく。

 食器は洗って布巾の上で乾かしておき、ほったらかしになっていた衣服は見つけてきた籠にまとめて放り込む。

 紙袋や包み紙の余りは、後日焚き付けにするために、煮炊き用の炉のそばに置いておく。まだ炉を掃除していないので、火を使うにはまだ時間が要りそうだけど。


 そうすると食堂はずいぶん整頓された雰囲気になった。

 すべての物を処分できたわけではないので見違えたとまでは言わない。掃除もできていないので流し台以外の床や窓枠なんかはほこりが積もったままだ。台拭きやたわしはかろうじて食堂にあったけど、他の掃除道具も調達を考えないといけない。

 それでも一瞥して人並みの食事環境に見えるくらいになったというのは大きな一歩だった。



 あらかたできることは済み、私は食堂の椅子に腰かけて頬杖をついた。

 静かになってあらためて、先ほどのことが思い返される。


 申し訳ないことをしたと思う。

 先走った自覚はあった。半ば押し切る形で食堂の片付けに巻き込んで、その勢いにまかせて家主の書斎にまで切り込んでしまった。さらには物を捨てるように無理強いをした。

 だけどサルヴィエはこんなことになるまで片付け方を知らなかったのだ。疲弊して当然だ。

 それ以上に、サルヴィエは本を捨てることに抵抗があるようだった。

 きっとサルヴィエはただ疲れたわけではない。急に動き始めた状況についてこれていないのだと思う。自分の所有物を手放すというのは大変なことだ。


 だけど、何も処分せずにこの家をきれいにすることは不可能だ。

 単に棚を増やせばいいとかいうものでもない。この家はただ本が多いというだけでなくあちこちに散らかっている。それはつまり、管理が手に余るということだ。そんな本をまとめて本棚に突っ込んで一時はきれいになったとしても、また遠からず散らかる。減らした方がサルヴィエにとって楽なのではないかと思ったのだけれど。


 ――最初に協力を頼んだ時、拒否されてもおかしくはないと思っていた。「どうして主人が使用人に手を貸さなければならないのか」くらいのことを言われる覚悟はしていた。

 サルヴィエはそうではなかった。元々家をきれいにするためにと、自分から掃除人を募集していたのだ。まごつき、しぶりながらも文句は言わず片付けに協力してくれていた。

 きれいなところで寝起きしたいという気持ちは彼の中にきちんとあるのだ。


 私はため息をついた。

 どうしてサルヴィエさんは散らかすようになったんだろう。その原因が分かれば取り除けるかもしれないのに。




 そうやって時間をつぶしてから再び魔術師の元に出向くと、玄関先の様子は少し変わっていた。


 サルヴィエは私の足音を聞いて振り返った。相変わらず難しそうな顔ではあるけれど、先ほどまでよりいくらか険がとれていた。

 私は陰干しの本を覗き込む。配置に余白ができていて、かたわらには何冊かの書籍が重ねて置かれている。広げていた本を選び取って重ねたのだろう。

「これ……必要のない本」

「進んでるじゃないですか!」

 私は思わず感嘆の声を上げた。別れる前のあの難色では、今日はもう難しいだろうと思っていたのだ。

 サルヴィエは居心地悪そうに身じろぎして再び本に目を落とした。


 私は気になっていたことを訊ねた。

「それで、この先も選別できそうですか?」

 サルヴィエは手放す本を選別するのにそうとう抵抗があるようだった。

 今日のところはひとまずよかったが、もしこれ以上は無理だというのなら、別の方法を考えるつもりだった。


 サルヴィエの顔を見上げて答えを待つ。

 彼はしばらく伏し目がちに口を閉じていた。

「…………必要なのは分かった」

 そして低く答えるのだった。

 それを聞いて私は頬が緩むのを感じた。飛び跳ねて喜びたい気持ちがむずむずと湧いてくる。真剣に説いたことが伝わった喜びが。


「残りは全部取っておく本ですか?」

「……まだ決めかねる」

「じゃあひとまずは廊下に戻すしかないですかね」

 そのうち日は暮れる。一晩野ざらしにしておけば本は夜露に濡れてしまうからしまわなければならない。

「仕分けた本はどうすればいいと思う?」

「うーん……とりあえず邪魔にならない場所に置いておくのはどうですか、まだそんなに多くもないし」

 焚き付けにしてよいのであれば軒先に置いておいても構わないのだが、処分には売るなり譲るなりの選択肢もある。持ち主が決めかねるのであればしばらく安置しておくのがよいと思う。



 それから、片付けが進んだことで一つ嬉しいことが発覚した。

 私とサルヴィエは屋内に戻り、廊下の壁を見上げた。

「ここ扉あったんですね」

「ああ。元は物置のつもりだった」

 これまでは本の山に埋もれていた壁、そこに扉があったのである。

 こわごわ戸を開けてみると、そこは食堂の半分の広さの小部屋だった。窓があるので明るく、奥の壁には背の高い棚と低い棚が一台ずつ置いてある。

 そして予想しなかったことに、高い棚の下二段に箱が収まっているだけで、後はほとんど空だったのである。床も同じくがら空きだ。

 さらに、部屋の隅には箒やはたき、乾いたモップなど掃除道具一式がそろっていた。

「確か、この家の前の持ち主が置いていった棚とか雑貨をここにまとめて置いたんだ」

 そして物置として活用する前に廊下に本を積み始めて、開かずの間になっていたということだろう。


 私たちは思わず顔を見合わせた。

「廊下にあった本全部しまっても余裕あるんじゃないですか?」

 私はわくわくして提案した。大量の本をどうすればいいか悩んでいたところに降って湧いた幸運。展望が開けてきた。


 さっそく玄関先に広げていた本を運び込む。不要と判断した数冊は一時的に床に置くことにして、残りは棚に収める。

 外に出しておいた本をすっかり収納し終えて、廊下をまじまじと眺める。

 つい半日前まで半分が埋まっていた廊下からは出せるだけのものが運び出されていてがらんどうだ。


 サルヴィエは夢でも見ているかのようにつぶやいた。

「思ったよりも広かったんだな……」

 彼が廊下を見通す目に感情は見えない。感動しているのか、それともまだ現実感が湧かないのか。どちらともとれる。

 私は私で感慨を抱いていた。二日目にして早くも目に見える箇所をこんなに変貌させることができた達成感。普通の掃除では味わえない。

 それに、これで廊下にスペースができた。物を運び出せるだけの余裕がある。

 これで魔窟こと書斎の片付けに取り掛かれるようになったのだ。

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