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2.協力願い(3)

 そうして黙々と床に散らかったものを選り出していくと、そう時間はかからずにテーブル上はいっぱいになった。

「こんなものじゃないか」

 疲れか、それとも途方に暮れてか、サルヴィエの声にはぐったりした響きがにじみでている。無理もない。私も似たような気持ちである。

 テーブルの上に鎮座するのは、曇った金のさじ、空き瓶が十本強、飲み残しすら乾いたカップ、食品店の包みや紙袋が他の荷に潰されてぺしゃんこになったもの、など。

 なかなかお目にかかれないがらくたの山だ。

「サルヴィエさん、こういったものは……」

 がらくたばかりではない。食器や鍋敷きなど、中にはまだ捨てるには値しないだろうという物もまじっているのが気になる。

「落としたまま回収し損ねたんだな」

 サルヴィエは何食わぬ顔でさらりと告げた。なるほど回収し損ねたのか。きっとそのころにはもう床は物だらけだったんだろうなあ。


「それで、ここにある物はどうする」

「まず、使えそうなものといらないもので分けましょう」

 私はテーブルの上を見ながら答えた。


 一見がらくたの山だが、中には使えるものも多くあった。例えばほこりをかぶった手拭いの束。しまい場所に迷ううちに床の隅に追いやられていたらしい。

「大まかにでいいので、こっちが使えそうなもの、こっちがいらないものとして」

 天板を指で二分するしぐさをして見せながら、私は拾いあげた手拭いをテーブルの左側――「使えそうなもの」の側に置く。洗えば台所用の布巾として使えそうだった。台所は任されているのでこういう物は私の判断で場所を作ってもいいだろう。

 所在不明の品に置き場所を与えるのも、大事な片付けの一環だ。

「それで、いらないものは処分します。その確認もそのつどお願いしたいんです」


 これまでの観察からして、サルヴィエは表情が出ない性質の人であるらしい。

 だけどこの時は狼狽しているのが見てとれた。

「捨てるのか?」

「許可がなければ勝手に捨てたりはしませんよ」

 散らかりぶりに辟易している私でももったいないと思うくらいだ、サルヴィエはなおさら未練が残るようだった。あからさまに嫌そうな顔をしている。


「だけど捨てなきゃ片付きません。きれいにしたいんですよね?」

 正直捨てたくない気持ちは分かる。

 まずもって処分と言うのは並大抵のことではない。

 この国は豊かだが、際限なく豊かなわけじゃない。誰もが散らかるほど物を持たないのだ。私だって持っている服は片手以下だ。

 そのためみんな物は大事にするのが当たり前だけれど、それでも物が溜まることは普通ない。服は年下に譲るか、古着屋に売りに出すか、ほどいて小物なり布巾なりに作り直す。紙くずは焚きつけに、空き瓶は酒屋に返す。物がないからこそ何度でも再利用するので物の消費が滞らないのだ。

 だからあえて物を捨てるという機会は数少ない。


 私も使える物を捨てたくはない。目に見えて使えないものでなければできる限りとっておきたいと思う。

 かといって捨てる選択肢を初めから除外しては、この家をきれいにすることは難しいだろう。


「とりあえず瓶と包み紙は処分してもいいですか」

「………………分かった」

 サルヴィエはたっぷり間を置いてから答えた。私はほっとした。


 さしあたっての処分品の合意は取れた。

 それでも明らかなゴミなら苦にならないほうだ。むしろ頭を悩ませなければならないのは、今選別した中で、残ったものの方だった。


 台所用品ふくむ日用品は除いたが、床には多くの品物が残っている。

 そのほとんどは書籍だった。

 重ねていくつかの束にまとめた本が一かたまりとなった山は、食堂のテーブルの大きさと比べて大差ない。一個人が所有するには度を越えた冊数に思わず固唾を呑む。

 中には小さい娯楽本もあれば、題名からして難しそうな厚い専門書もある。どれもごく簡素な紙表紙で、豪華な装丁がされているわけではない。お金持ちが飾るために買うようなものとは違って本当に読むためだけの物のようだ。研究者と言うだけのことはある。


 これをどうにかしないことには片付けは始まらなさそうだ。

「間違って処分するといけないから、本はいったんサルヴィエさんのお部屋に移動させても大丈夫ですか?」

 研究者の蔵書なんてきっと貴重なはずだ。簡単に手放せるものでもないだろうから初めから処分対象の数には入れていない。

 食堂を整理するためのスペースが欲しいというのもあったが、これは避難の意味も大きかった。



 サルヴィエは一か所にまとめた私物の山を前にして、さらに途方に暮れたような顔をする。

「全部運べるだろうか」

「私も持ちますよ!」

「そうではなく……」

 片付けが一歩先に進んだことに浮き足立って、私は本を一山抱えて立ち上がる。

 サルヴィエを見上げると億劫そうに先導してくれる。

 家主は廊下に出て、右手の扉を開けた。


 中は魔窟だった。

 腕の中の本を落とさなかった自分を誉めてやりたい。室内はそれほどの惨状だった。

 廊下の壁際には本や脱ぎ散らかした衣服が寄せ固められており通るのにも苦労するが、もはやその非じゃない。

 部屋は家の大きさに同じくそれほど広いわけではない。窓のある奥の壁までほんの数歩だ。その床を埋め尽くして、膝や腰ほどまでに重ねられた本がいくつもの山を……どころか、山系を成している。かろうじて奥の窓際の机と、右手の壁に据え付けられたベッドにはたどり着ける程度にすき間が残されている。


 予想外の光景を前に立ち尽くすしかない私をよそに、サルヴィエはするりと入り口をくぐり、両側の山を崩すことなく部屋の奥までたどり着くと、食堂から持ってきた本の束をそこらの本の上にどっかりと乗せた。

 私はたまらず大声を上げた。

「すみません、計画を変えましょう! 廊下の物を全部外に出します!」

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