8.優先順位(2)
本の山々を切り崩して、優先度の高いものを机側、低い物を入り口側に並べていくことにする。
これは持ち主であるサルヴィエが中心となって行わなければいけない作業だ。私は部屋中から本をかき集めてはサルヴィエに渡していく役目に徹する。
彼はそれらをじっくりためつすがめつして床に並べていく。
「部屋に置く物……はこっちの山にまとめてあるからいいとして」
「本当だ。一番最初に分けたんでしたね」
大事なものは早いうちに抜き出しておいたので判断は早かった。それらの本はひとまとめに積み上げて本の山の端に置いてあった。
「他の束と混ざりそうですね。どこかに避難させておきましょうか?」
「ならこの棚に入れてしまおう」
「あ、いいですね。もう並べちゃいましょう」
この部屋の片づけを進めてきた中で嬉しい収穫がこの棚だった。
本の山が立ちふさがっていたため見えなかった下二段はいずれの棚も空っぽだったのだ。中段も本で埋まりきってはおらず、全体を見れば半分以上空きがあったことになる。
つまり床の本のいくらかをしまう場所があったのだ。
おそらく屋根裏部屋や物置部屋が散らかっていなかったのと同じ理屈だ。棚の前にぞんざいに本を置くようになって、前がふさがったから本をしまえなくなった。
家主の自室内という日常的な場所で同じようなことが起こっていたのはちょっと笑えないが、ともあれ収納器具が使えるようになったのは収穫だった。
棚の上から順にほこりを払い落して、布巾で水拭きをする。板が乾いたらいよいよ本を適切にしまうことができる。進んでいるという手ごたえがあった。
サルヴィエは本棚を前にして私に問う。
「並べ方はなんでもいいのか?」
「基本は使う人の好みでいいと思うんですけど……」
私は言葉に詰まった。片付けのやり方なら感覚と経験に基づいて助言ができる。
だけど本の分類法については専門外だ。
本を売るためにサルヴィエと訪れた書店を思い出してみる。あの店では客が手に取れるところに棚が設置されていて、物語や料理本、歴史書など分野ごとに本を並べていた。
けれどサルヴィエの蔵書は八割がた魔術の研究書だ。分野ごとに並べるにしても魔術素人の私に言えることはない。
結局はサルヴィエ本人の使いやすさや満足感がものを言う。だけど本人にこだわりはなさそうだ。
悩んだ末、片付けの観点から提案することにした。
「屈まなくても見やすくて、手に取りやすいところによく使う物をしまうのがいいんじゃないでしょうか」
床に並べた分類をそのまま利用する方法だ。
サルヴィエはかなり背が高い。棚に引き出しなどはなく上から下まで本が入れられる形のものだが、彼には足元の段を使うのは大変そうだ。
それほど背の高くない私からしてみれば高身長の人に合わせたやり方は未知数だが、とりあえず私の感覚にあてはめて考えてみると、目線ほどの高さの棚が一番使いやすいのではないだろうか。
「サルヴィエさんなら一番上か二段目あたりがいいかもしれません」
「なるほど……」
サルヴィエは静かに納得して、床の「大事な物」の領域に並べた本を拾い上げ、棚の最上段にひょいひょいと並べ始めた。
結構大きい棚なのに一番上でも目線と同じ高さなのだから本当に長身だ。
私は横合いから声をかける。
「これで使い勝手が悪いようなら思うように並べ替えてくださいね」
サルヴィエはこちらを向いてふしぎそうに眉尻を下げた。
「いいのか」
「そりゃいいですよ」
サルヴィエの本棚に対して私に権限はない。
「大事なのは使う人が快適かどうかですから」
手間の少なさ、見た目の美しさ、住まいを整えるための基準は人によってそれぞれだが、大事なのは住人がどれを重視するかだ。
本人がその暮らしを好ましく感じるのであればそれが何よりだ。
もちろん面倒だからとあまりにも散らかすのはよろしくないが。
自分で口に出したことにふと違和感を覚えた。
この家があれほど散らかっているのは家主の生活態度が投げやりだからだと、私は今まで勝手に納得していた。
だけど楽をしようとした散らかり方にしては不自然なのだ。
この部屋なんか最たる例だ。当初、この床には本や雑貨があふれかえっていた。
けれどよくよく考えれば、人並みよりも背が高いサルヴィエの上背では、床に直接物を重ねるほうがおっくうなはずだ。ベッド周りだけ埋もれているとかであれば寝ころんだまま放り出したのだろうと納得もいくけれど、それが床中いっぱいである。
床に座り込んだり寝転んだりして本を読みふけるような行儀の悪いことをしていたのなら、この散らかり方もうなずける。だがそれも違うと思う。サルヴィエは気難しげで一見すると人並み外れた雰囲気があるが、けして非常識というわけではない。そういうことをする人とは思えなかった。
まるでわざわざ散らかしたかのような印象を受ける。
もちろんそんなことをする理由はない。けれど違和感に気づいてしまうと、単なるだらしなさが原因の散らかり方とも思えないのだ。
別に私は散らかった家に造詣が深いわけではない。だからこれは単なる気のせいに過ぎないのかもしれない。
だけどそのことは妙に気にかかった。
それまで黙々と作業にいそしんでいたサルヴィエは、だしぬけに口を開いた。
「君の言うことがだんだん分かってきたように思う」
「私の言うこと?」
「つまり、暮らしが住まいを作るということが」
ああ、と私は応じた。確かに前そんな話をした。
そこに暮らす人が暮らしやすさを追求していけば、自ずとその人に適した生活空間が作られる。
「多少窮屈な思いをするくらいが家との折り合いのつけ方だと思っていた」
「それは……」
良い考え方ではない。
サルヴィエは「分かっている」とでも言うように視線で私の言葉を押しとどめた。そしてまたすぐに視線を正面へと戻し、ぽつりとつぶやいた。
「贅沢なことをしている気分だ」
それだけ言ってサルヴィエはまた本の並べ替えに取り掛かった。
私は本棚に向かって黙々と手を動かすサルヴィエの顔を盗み見る。相変わらずその寡黙な表情から気持ちを読み取ることは難しい。
この頃ではサルヴィエは変わってきている。
誰の邪魔もされることなくのびのびと暮らせる家、こだわりのある家具、愛読書。
そうしたものを持っていながら、価値を顧みないままないがしろにしつづけるのはもったいない。
だから私は、サルヴィエがそれを贅沢と呼べるのを、良い変化だと思っていた。




