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8.優先順位(1)

 魔術師の書斎を埋め尽くす蔵書は膨大で、いつまでも片付くことはないかのように思われた。

 しかしまず大事な物から抜き出していく方法を取り入れたことで、書斎の蔵書はずいぶん整理されたようだった。



 ある日サルヴィエが「あらかた選別が済んだ」と言ってきたので、私は彼の書斎にお邪魔した。


 家主の部屋に立ち入ってまず気付いたのはその視界の広さだ。

「おお……ずいぶんすっきりしましたね」

 最初は書斎の床は最低限の通り道以外雑貨と本で埋まり切っていた。

 それが今では半分近く見えてきている。雑多に散らばっていた本は区分されて整然と積まれており、部屋の隅で丸くなっていた服は洗濯場送りに、文房具のような小物も机や物置など所定の場所にきちんと収められた。

 全てが片付いているわけではない。しかしこれはかなりの進歩だ。


「手放してもいい本は全部物置によけた」

 物置の棚には作業の邪魔になるものを次々運び入れたため、早々に満杯になっていた。しかし先日不必要な本を町の本屋に引き取ってもらったため、床には空きができていた。サルヴィエはそこに部屋にあった不要本をしまったらしい。

 スペースが開いていたとしても、床に物を置くのは基本的によろしくない。だけど今回は、片付けの過程の中で一時的に物を置くだけなら許容範囲ということにした。


 それでもまだ本は多い。これまで床の九割を物が占めていたとすると、今は五割。減らしたものの中には服や空いた皿などもあったので、実際のところ書籍の冊数はそこまで減ったわけではない。

 でも本は研究者たるサルヴィエの商売道具なのだから仕方ない。

 良い方に考えよう。足の踏み場ができたのは大きな進歩だ。サルヴィエだってあれだけ手放すことを渋っていた本の一部を売りに出したりしているのだから、片付けに対して後ろ向きなわけではない。

 今ある物を手放すにせよ、残すにせよ、サルヴィエが最終的によしとしたことがこの家のあるべき姿だ。



 サルヴィエは少しずつ自分の家を整頓することに前向きになっている。

 だったらそろそろ先に進んでもいいだろう。


「じゃあ次は、残った物に優先順位をつけましょう」

「順位……?」

 ピンと来ないようだ。

 私は部屋の一角に固められた本の束に目をやりながら説明する。


「物置に移したのは手放してもいい物、部屋に残したのは持っておきたい物ですよね」

「ああ」

 今問題にしているのは後者の「持っておきたい物」のことだ。

 一口に持っておきたい物と言っても、普段着とお祭り用のドレスとでは袖を通す頻度が違うように、その重要度にはばらつきがあるはずだ。この量の蔵書すべてに等しく目を通すわけではないだろう。その他の文具や雑貨もしかり。

「だから、よく使う物とあまり使わない物とを区別して、手に取りやすいところ、普段使わないところ、それぞれに分けて置くんです」


 これも衣替えの手順の応用だ。

 暑い時期には薄手の衣装を手元に出し、冬の上着は箱に入れて奥にしまっておく。その時に使いたい物を使いやすいように配置する。

 それと同じように、使用頻度の高い本を出し入れしやすい場所に置くことで使い勝手を良くする。


 私は机を振り返った。

「例えば、この机の上の本は使ってるものですよね」

 窓際に設置されたサルヴィエの作業机は、両側が引き出しになっているどっしりとした造りだ。深い色の木材で、艶出し材が塗られた表面はすべすべしている。大きな天板の左右には本が山積みだ。

 サルヴィエはうなずく。

「研究資料だからな」

「じゃあそういうのはよく使う物ですね、ひとまず」

 直近で使う予定のあるものなら机の上でも構わない。本当は出し入れする習慣がついた方がいいのだろうけれど、急にそこまで求めるのは酷だ。私室内でのことだし、私は個人の生活習慣の範囲内と見ていいと思う。研究資料となれば下手に動かして他と混ざってしまっても怖い。


「よく使う物、そうでなくても手元に置いておきたい物をこの部屋に置く物として仕分けましょう。それで普段使わない物は物置にしまうのがいいと思います」

「と言っても、物置部屋の棚ももういっぱいだろう」

「あそこにあるのはとりあえず収めた本でしょう?」

 片づけの最初期、私たちは廊下の本から不要な物だけを抜き出して残りを物置に放り込んでいた。

 しかしあれらはあくまでこれから行う作業の下準備。

「あれも全部広げ直して、部屋に持ってくるのとそのまま物置に戻すので分けるんですよ」

「う……」

 魔術師の口から素直なうめきが漏れた。そうもなるだろう。物置に収めた本もけっこうな量だ。この部屋の蔵書と合わせると膨大な数になる。

 でも、片付けとは得てして根気のいるものだ。

 同じ場所、同じ物を何度も繰り返し確認するのは、家をきれいに保ちたいと思うのなら逃れられない運命なのである。


「大丈夫です!」

 私はできる限り明るくサルヴィエを励ました。

「この部屋の本には一度やったじゃないですか。大事だと思うものを抜き出して、それ以外の本を分けること。一度やってるんだから二度目はきっともっと楽ですよ」


 私がそう主張すると、これまでやってきたことを思い出したようである。

 サルヴィエは「そうか」と己を勇気づけるようにうなずいた。


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