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8 森の家で

シルキーさんは公爵家のメイドよりも手際良く私を着替えさせた。

襟元と裾に白いフリルが付いた薄い翠のワンピース。

サイズがピッタリで驚いた。

この家には私と同じくらいの子供が居るのだろうか。

それとも誰かのお古だろうか?

それにしてもまるで私に合わせて作ったみたいに着心地が良かった。


思考の海に潜みかけるとシルキーさんに手を繋がれた。

見上げればドキッとする微笑を浮かべ『行こう』と繋いだ手を引かれた。


「あっごめんなさい、私歩けな...」


軽く引かれただけなのに抵抗もなく私の体が引っ張られる。

ベッドからお尻が離れると同時におかしな感覚になった。

両足がベッドから離れても体勢が崩れない。

お風呂に浮かんでいる様な感覚。

足が床に着いていない事に気付いた。


「えっ?ええ?」


焦って空いている手と動く左足をバタバタしてしても私の体はふわふわと宙に浮いていた。


そのままシルキーさんに手を引かれてバランスが崩れるかと焦ったが意外と安定していて少し前傾姿勢のまま体が移動した。

ベッドの先に大きなソファと分厚い本や謎の物体が積み重ねられたテーブルが見える。

ソファの近くまで連れられてそこに誰かが眠っているのが分かった。

フードの人だった。

大きなソファだが肘掛を枕にしても足先がはみ出ていた。

すやすやと眠る彼の近くまで手を引かれた。

シルキーさんが彼を指さして『起こして』と悪戯っぽく言った。

どうすればいいのか迷いながら彼女と手を繋いだまま彼の顔に手が届く位置まで導かれた。

手入れをあまりしていなそうなボサボサに伸ばしても綺麗な漆黒の髪は珍しい。

少なくとも公爵家では黒髪は見た事が無かった。

薄いけど整えていない無精髭がだらしない印象を与えるが、鼻筋の通った顔立ちは整っていて睫毛が影を差す程長いのが意外だった。

そこで彼の名前をまだ訊いてもいないと今更ながら気付いた。


起こしてとシルキーさんに言われたがどうすればいいのか分からなかった。

彼女の顔色を伺っても何も言わず微笑んでいるだけ。

私が起こさなきゃダメなんだと変な使命感が生まれ、恐る恐る彼の袖を摘んで引っ張った。


瞬時に彼の眼が開かれ、金色の瞳が私を映し出す。


ほんの僅かな時間見つめ合う。


「あ、あの...おはようございます」


彼は飛び上がる勢いで私から距離を取るように離れた。

嫌われたのだろうか、それとも怒ってしまったのか、少し悲しくなった。


私達の間を静寂が支配した。


彼は驚いていたのか大きく目を見開いて私を暫く見てから、隣に居るシルキーさんを見て、確かめるように自分の掌と手の甲を交互に見ていた。


「さっき俺に触れたか...?」


人に触れられるのが嫌だったのだろうか、それとも私に触れられるのが嫌だったのだろうか...。


「す、すみません...でも袖しか触ってません」


申し訳なさと切なさで少し凹みながら謝った。


「...何とも無いのか?それにシルキー!?」


何とも無いとは?

シルキーさんに驚いているようだ。

何で?

一緒に住んでいるんじゃないの?

そういえば二人の関係って...


『朝食早く食べて』


シルキーさんは彼にそう告げて私の手を引いた。

私は動きが止まっている彼を振り返りながら、シルキーさんに引かれ部屋から出た。

私がふわふわ浮く不思議な感覚に馴れてくるとキッチンのある部屋に連れていかれた。

珍しい丸いテーブルの上には湯気がたった出来たてのスープやサラダ、柔らかそうな白パン、果物が用意されている。

私は椅子に座らせられる。

座ってみると5歳の私にはテーブルが高過ぎた。

椅子に座るとテーブルで目から下が隠れてしまう。

するとにょきにょきと椅子が高くなった。


「え!」


椅子の下を見ると椅子の脚が生きているみたいに伸びている。

調度良い高さでそれは止まった。

これも魔法なのだろうか。


不思議な脚が伸びる椅子に気を取られていたら彼がやって来て向かい側の椅子に座った。


「...久しぶりのまともな飯だ」


彼はテーブルに並べられた朝食を見て何やら感動しているみたいだけど表情があまり動かない人らしい。


まじまじと見過ぎたのかふと目が合ってしまった。


「ゼノ」

「はい?」

「俺の名前だ」

「...ゼノ、様」

「様はいらん。食ってみろ、シルキーの飯は美味いぞ」

「は、はい。あの、ゼノ様、昨日は本当にありがとうございました」


やっとお礼が言えた。

ゼノ様は食前の祈りもせず既に食べ始めていた。


私は女神様に食前の祈りを捧げた。

建国の女神リュリメアーナ様へ感謝の言葉を小さく呟き、額と口、最後に胸に指先を軽くあてる。

額は月の光を表し、口は食べる事の感謝、胸は揺るぎない信仰。

お父様とお母様に習ったものだ。

公爵家では必ず食前に行わなければいけなかった。


スプーンを手にしてスープを口に入れた。


「っっ美味しい!」


昨夜のスープは何だったのか。

お野菜の出汁が染みでた濃厚でさっぱりとした優しい味。

パンも焼き立てでふわふわだ。

これ公爵家のものより美味しいかもしれない。


気付いたら夢中になってあっという間に食べ終わった。


そしてシルキーさんが食後の紅茶を出してくれた。

いや、紅茶にしては真っ黒でやけに香ばしい。

ミルクと白い砂ーーー砂糖が入った小瓶も用意された。

砂糖は高級品なんだけどゼノ様はもしかして貴族なのだろうか。

全然そんな風には見えない。


ゼノ様はミルクも砂糖も入れずにそのまま飲んだ。


私もまずは何も入れず一口飲んでみる。


!!!


苦い!


あまりの苦さに目を白黒させているとゼノ様が意地悪そうに笑った。

笑えるのね。


シルキーさんが慌ててミルクをたっぷりと砂糖を多めに入れてくれた。

ティースプーンでよく混ぜると薄い茶色になった。

さっきの苦さが強烈すぎて恐る恐るもう一度口に含む。


美味しい。


ミルクで優しい味になって砂糖が苦さを中和してくれた。

むしろ甘い。

それでいて鼻に抜ける芳ばしい香り。


「それは珈琲だ。はじめてか?」

「こーひー...。はい、はじめて飲みました」

「そうか...」

「...」


そして静寂。

会話が続かない。

私はずっと気になっている事を訊く事にした。


「あの、お母様はどうなりましたか...」


ゼノ様がカップをそっと置いて真剣な眼差しになった。


「お前の母親はずっと同じ場所で立ったまま動いていない」

「え?」

「お前を助ける、と呟きながらな」

「...お母様...」


私はどうすれば良いのだろう。

今はゼノ様に助けられ無事だ。

でもずっと此処に居れるか分からない。


「助けたいか?」

「助けられるのですか!」


私は身を乗り出して訊いた。

貴族令嬢としてははしたない態度かもしれない。

それよりもお母様を助けられる方法がある事の方が遥かに重要だ。


「俺には出来ないが、お前なら出来るかもしれない」

「私に...?」




お読みいただきありがとうございます♪

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