7 暗い部屋で
「ほら、行くぞ」
フードの人に促されたが、私は歩けない。
それにお母様をこのままにして行けない。
「どうするんだ?お前の母親はこれ以上入る事は出来ないんだ」
「...でも」
躊躇する私にため息を吐いてフードの人は一歩近付いてきた。
「あのなぁ...俺がお前を助ける義理なんて本当は無いんだ。だが死んで魔物になってまで助けようとした母親の気持ちを蔑ろにするのも気分の良いもんじゃねぇ」
言葉使いは悪いがその通りだろう。
私がこのままでは、私達を護ってくれたお父様と私を護ってくれたお母様の気持ちを、愛情を踏み躙る事になる。
生きなくてはいけない。
私はお父様とお母様の分まで。
分かってはいても気持ちが追いつかないのだ。
そんな私を呆れたのか、フードの人は何度目かのため息を吐いた。
「あー、お前歩けないんだっけか」
「あ...はい」
チッと舌打ちされた。
すると私の下の地面から丸い円の形で光り出した。
「え!」
そして円の形に光る地面が私を乗せたまま大地から切り離され浮かび上がった。
「落ちるなよ」
フードの人は面倒そうに言い放ち、大木の家に向かって歩き出した。
それに合わせるように私を乗せた浮かんだ丸く切り取られた地面がふわりと動き出した。
それが魔法だと気付くとフードの人は階段を登り家の中へ入っていくところだった。
私の意志とは関係無しに私を乗せた浮かんだ地面は彼を追って行く。
振り返るとお母様はずっと同じ場所に立ったまま微動だにせず此方を見ていた。
階段の上を滑るように登り家の中へ入って行く私をお母様はちゃんと見ていた。
扉が閉められるまでずっとお母様は私を見ていた。
扉が閉まると、私はお母様を見捨てた気がして胸が痛んだ。
バサッと頭の上に柔らかい布が被せられた。
「うわっ」
それは少しシミの付いた大きなタオルだった。
「一週間前にちゃんと洗ったタオルだ。それで顔でも拭いておけ」
「ありがとう、ございます」
タオルを受け取り礼を言うと、黒髪で無精髭を生やした青年が居た。
長い前髪で隠れているがチラリと見えた瞳は金色だった。
彼がフードの人だという事に気付くまで少し時間がかかってしまった。
「少し待ってろ、食い物を持ってくる」
黒髪の青年は機嫌悪そうな顔付きで奥へと消えた。
暫くして干し肉を渡され、テーブルに湯気の上るスープが置かれた。
私を載せた浮かぶ地面がテーブルのスープの前まで移動する。
今更だが、これは地味だが凄い魔法ではないだろうか。
「肉が固かったらスープでふやけさせながら食え」
そう言ってテーブルの反対側に座ってスープに浸して干し肉を食べて見せてくれた。
真似をして食べたが石を食べているのではないかと思う程固かった。
スープに浸しても食べれず、スープだけをいただいた。
スープは塩味が着いたお湯だった。
正直美味しいとは言えない味だったけど、食べ物を貰えただけでも有難かった。
それだけに干し肉を残してしまう事を申し訳なくて謝罪した。
「お前は子供のくせに大人みたいだな」
「え?」
「いや、今の子供はみんなそうなのか?」
覚えが良いとか、頭が良いとか、両親や公爵家の使用人さん達に言われた事があるが他の子供と会った事が無いので私も応えられない。
「まあ、いいか。今日は俺のベッドを貸してやる」
「ありがとうございます。でもそうしたらあなたは...?」
「ふむ。やはり大人と話しているようだな。とりあえずお前は気にしなくていい。今日は休め。俺もお前も訊きたい事は沢山あるんだ。明日また話をしよう」
一方的に言われ、浮かぶ地面が自動で動き出した。
灯りのない寝室のベッドの真上に到着すると浮かんでいた地面が斜めになって落とされた。
中々乱暴だったけどベッドはふかふかで衝撃はふんわりと吸収された。
ふと見れば私を乗せていた浮かぶ地面は消えていた。
「お父様...お母様...」
暗い部屋でお父様とお母様を思い出す。
ツンと鼻の奥が小さく痛み涙がまた溢れ出した。
楽しかった誕生日パーティー。
みんな笑っていた。
お父様もお母様も笑顔だった。
公爵家の使用人さん達もミナもみんな笑っていた。
ずっと続くと思っていた幸せはこんなにも理不尽に呆気なく壊されてしまった。
悲しくて悔しくてシーツをギュッと握り締め丸くなって泣いた。
泣き疲れて意識が朦朧としていたら、誰かが私に毛布を掛けてくれた。
フードの人?
違う。
ぼんやりと浮かぶシルエットは女性に見えた。
お母様...?
私はそのまま眠りに落ちた。
翌朝目を覚まして、ぼぉ〜っとした頭で今の状況を理解するまで随分と時間が掛かった。
ガチャ
扉が開いた音と人の気配で漸く体が動いた。
「お母様?」
上半身を起こして扉から入って来た人物に顔を向けると初めて見る女の人が居た。
白いドレスに身を包む透き通るような白い髪で肌も白い綺麗な大人の女性。
何もかも真っ白で神秘的というか綺麗過ぎて人ではないような、そんな印象だった。
その人は私を見て少しだけ微笑んで指先を鳴らした。
私の頭から足へと薄い何かが通り過ぎる感覚。
魔力?
魔法を使ったのだろう。
手のひらを見ると汚れていたはずの手が綺麗になった。
ううん、手だけじゃなくて多分全身がスッキリとした。
汗や血や土で汚れていた服も新品の様に綺麗になった。
お風呂にも入らず着替えもせずそのまま眠ってしまったのだ。
きっとシーツも汚してしまったと申し訳なく思い毛布やシーツをめくってみたが全然汚れていなかった。
『おはよう』
「え...お、おはようごじゃいます」
直接耳に届いている様で心地良い不思議な声に戸惑ってしまい噛んでしまった。
いつの間にか傍に近付いた彼女はクスリと笑みを浮かべ私の髪を櫛で梳かしてはじめた。
ゆったりと流れる様な所作に自然と受け入れてしまった。
『私はシルキー。貴女は?』
「あ、えっとヴァレリー・シャルロット・ド・オルレアンです」
髪を梳かされ滑らかになる様に私の心も口も滑らかになって行く。
心地良くてリラックスしてしまった。
お父様もお母様もあんなことになってしまったのに。
私は冷たい人間なんじゃないかと思うと眼に涙が溜まり頬が濡れた。
『大丈夫、傷付いたヴァレリーの心に私が干渉して痛みを緩めただけ。今は先ず朝食を食べて主と話をすれば良い』
シルキーさんは私の首からそっと腕を回して優しく撫でてくれた。
少しだけ心が軽くなった。
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