4 お父様とお母様が居るだけで
お父様が無数の剣先を突き付けられている。
一歩でも動けばそのまま鋭い剣先にお父様が突き刺されてしまう。
そんな恐ろしい未来に膝が震え冷たい汗が背中に流れた。
見たくないのに目が離せない。
お母様の私を抱き締める腕も震えていた。
私はお母様の腕をギュッと抱き締めお互いの体を寄せ合った。
「私を謀叛だか何だかで取り調べると言うから素直に抵抗もせず従ったが、愛しい妻と娘まで傷付けるならば話は別ですよ陛下」
初めて聞くお父様の冷たい声。
無数の剣先を突き付けられてもお父様は全く怯む様子は無かった。
「ふん!謀叛人が偉そうに何を吐かすかっ」
陛下が立ち上がり私を指差した。
「オルレアン公爵よ。何故に【神子】の存在を秘匿した?其れこそが謀叛の証拠よ。どうせその力を使い我が王家を乗っ取る算段であったのだろう?」
陛下はその顔を醜く歪めて嗤う。
何を言っているのか良く分からなかったけれど何か勘違いしていると思った。
お父様は悪い事なんて絶対にしない。
「愚かな...」
お父様が吐くように呟いた。
「貴様っ!余を愚弄するか!」
陛下はお父様に対して顔を真っ赤にして唾を飛ばして叫んだ。
お父様に突き付けられた剣先は合わせたように一歩近付いた。
騎士達が力を込めるだけでお父様は串刺しになってしまう。
私とお母様はひゅっと息を飲んだ。
でもお父様は全く動じる様子は無かった。
「娘が本当に【神子】かどうかはまだ分かりません。しかし本当に【神子】だとしたら陛下は娘をどうするつもりですか」
陛下はふん!と鼻を鳴らした。
「決まっておろう。王太子の妻とするか、余の愛妾として可愛がってやる。そしてその力をこの国の為に使うのだ」
その言葉にお父様もお母様もわなわなと怒りで震えた。
「王太子殿下は今40歳、私よりも歳上ですよ。陛下に至っては御歳60を越えております。娘はまだ5歳です。可愛い娘の幸せを願う親としては承知致しかねますな。それに『国の為』と言いましたが『ご自分の為』の間違いでしょう?陛下は老いてから随分とやがて訪れる"死"を恐れを抱かれておりましたね。不老不死の妙薬を求め大金を無駄遣いされている事は存じております。陛下はもしや【神子】の力で死を逃れる術があると勘違いなさっておられるのでは?言っておきますが【神子】にはそんな力はありません」
ぐぬぬ、と変な音を出して王様はお父様を睨んだ。
「随分と生意気な口を開くものだな、オルレアン公爵」
陛下の背後から無駄に派手な服を着たでっぷりと太った目付きの悪いおじ様が歩いて来た。
「王太子殿下...」
このおじ様が王太子。
この国の王子様なのね。
なんか絵本で見た"王子様"とは全然イメージが違う。
ただの趣味の悪い太ったおじ様にしか見えないわ。
でも何故か異様な迫力がある。
「貴族というのは王家の為に尽くすものだろう。王家に対して忠義を損なう発言は最早貴族とは言えぬ。今、この場でオルレアン公爵家は取り潰しとする!貴様はたった今平民となった。先までの不躾な発言は不敬罪とし死刑としようそれで良いですか陛下」
王太子殿下は早口で捲し立てて陛下に顔を向けた。
陛下はポカンとしていたけど時間差で理解したのかニヤリと嗤って頷いた。
「う、うむ!それで良いだろう!オルレアン元公爵はこの場で処刑せよ。オルレアン元公爵婦人は王太子が好きするが良い!【神子】の力は余のものとする!」
「ありがとうございます」
「......」
これは一体何だろう。
お父様が貴族ではなくなった?
こんな簡単に?
それでお父様を死刑?
お母様をどうするつもりなの?
私はどうなるの?
こんな事が許されるの?
サァーッと血の気が引いた。
するとお母様が私を優しく抱き寄せた。
お母様のお顔を見上げると何故か笑みを浮かべていた。
「何時からこんなにも王家は愚かになったのだ...」
お父様が小さな声を零した。
それは意外にも悲しそうな声に聴こえた。
その瞬間。
お父様の足下が光り出し魔法陣が現れた。
魔法陣から上に向かって硬質な魔力が吹き上がる。
お父様に剣先を向けていた騎士達がそれに弾かれ体勢を崩して尻もちを着いた。
「馬鹿なっ!魔力封じの枷を着けているのに魔法障壁だと!?」
王太子殿下が後退りながら叫んだ。
お父様の作り出した剣や魔法を弾く魔法障壁の魔法陣が大きくなって私とお母様の足元まで広がった。
私達以外の近くに居た騎士達は魔法陣の外へと弾かれた。
お父様の手に着けられていた枷と鎖が外れてガシャンと音を立てて床に落ちた。
「こんな国の貴族籍など此方から願い下げだ」
お父様吐き捨てる様に言い放ち、私とお母様を抱き締めた。
「怖い思いをさせて済まなかった。もうこんな国からは家族で出て行こう」
そう言っていつもの優しい笑顔を見せてくれた。
「ええ、もちろんですわ」
「私はお父様とお母様が居てくれればいい」
本音だった。
私にはお父様とお母様が居るだけで良いのだ。
専属侍女のミナや公爵邸の使用人さん達に会えなくなるのは少し寂しいけれど、お父様とお母様さえ居てくれればいい。
お菓子だって要らない。
綺麗なドレスも要らない。
美味しい公爵家のご飯も要らない。
お父様とお母様さえ居てくれれば他は何も要らない。
「ありがとう。マリー、ヴァレリー。私の家族を傷付ける国にはもう用は無い」
お父様は袖の宝石の付いたカフスを外した。
よく見れば其れは宝石ではなく魔法陣が刻まれた魔石だった。
「転移の魔石か!」
王太子殿下が叫んだ。
転移の魔法は伝説の古代文明にあったとされる失われた古代魔法で使える人は今は居ない。
しかし稀に遺跡や迷宮などで使い捨ての転移魔法が封じ込められた魔石が見つかる事があるらしい。
大変貴重な物でとっても高価なのだ。
転移は使う人が行ったことのある場所か目に映る場所に一瞬で移動出来る。
「さあ、行こう」
お父様が私達にそう告げた時、お父様の胸から鋭く尖った氷が生えてきた。
「っぐ...」
驚いた顔でお父様は自分の胸から生えた尖った氷を確かめる様に見て血を吐いた。
「貴方っ!」
「おとう...さま?」
お父様は崩れる様に膝を着いた。
その氷は背中からも生えていた。
違う、背中から刺されたのだ。
その後ろには杖を此方に向けて嘲笑う王太子殿下が立っていた。
「ふははははっ!私がこの国でも随一の魔道士である事を忘れたか!」
王太子殿下はお父様の次に魔法が得意だといつかお父様が話しいたのを思い出す。
でもお父様の方が強いのはずでしょう?
それなのに何故お父様の魔法障壁を突き抜ける事が出来るの!?
「今まで一度も貴様の魔法障壁を破ることが出来なかった私が何故出来るようになったか知りたいか!?あん?コレだよこの杖だ!宝物庫の奥に隠されていた月の女神が作ったという杖だ!コレには魔力を増幅し高める効果があるのだ!はははははっ!!」
ごちゃごちゃと気持ち良さそうに喋る王太子の言葉なんて何一つ入ってこない。
それよりもお父様が死んでしまう!
「あぁあ、死なないで貴方...」
「お父様、嫌よ。死んじゃ嫌...」
私もお母様も縋るようにお父様を抱きしめた。
「...遠く、へ」
虚ろな目でお父様は呟いた。
お父様から転移の魔石へ魔力が流れる。
魔石が眩い光を放った。
あまりにも眩しい光に目を瞑った。
そして目を開けると私達は暗い森の中に居た。
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