3 幸せな日常は儚く
「きゃあっ!」
突然響く叫び声。
ガシャガシャと金属が擦れ合う音。
「お待ちください!」
「此処はオルレアン公爵邸ですよ!」
大きな声は執事長のものだろうか。
大勢が廊下を走る音が近づいて来た。
お母様はハッとして本をベッドの中に隠し私を強く抱き締めた。
私も物々しい気配が近づくにつれ恐怖で震えた。
「此処かっ!」
バタンッ
乱暴に扉を開いて鎧を付けた騎士達が部屋に入って来た。
こんな乱暴な事をする人間はこの公爵家には居ない。
「王家の騎士が何故にこのような無礼を!」
お母様は私を後ろに庇いながら毅然とした態度で叫んだ。
まだ若い専属侍女のミナも震えながら私を庇うように抱き締めてきた。
一人の騎士が一歩前に出て来た。
「オルレアン公爵には謀叛の嫌疑が掛かり城にて拘束した!故に妻であるマリー殿と娘も拘束する!」
「なっ...!」
お母様は騎士の前にゆっくりと立ち塞がった。
その立ち姿はとても美しく見えた。
「ジャンがその様な事をする筈がありません。拘束する必要などありませんわ。堂々と私の足で向かわせていただきます。但し、娘は足が不自由なので車椅子と杖を持つ許可をお願いいたします」
騎士はお母様を一瞥して後ろのベッドに居た私を物を見るような目付きで睨んだ。
カタカタと震える肩をミナがさすってくれた。
「ふむ。娘は杖があれば歩けるのか?」
「まだ練習していないので無理ですわ」
「ならば車椅子だけ許可しよう」
「っ!ミナ、車椅子の用意を」
ミナが部屋にあった車椅子をベッドまで持って来て私を乗せてくれた。
「お前が車椅子を押すんだ」
「ハッ」
部下の騎士が私の後ろに回りミナを乱暴に退かした。
「ら、乱暴しないでっ」
怖かったけどミナを乱暴に扱う事は許せなくて声を上げた。
「お嬢様...私は大丈夫です、ありがとうございます」
ミナが怪我などしていないようだったので少しほっとした。
「連行する!」
騎士が大きな声を出した。
ビクッと肩が揺れる。
お母様が優しい笑顔を浮かべてそっと近寄り耳元で「何も心配する事は無いわ。私が付いていますからね」と言ってくれたので少しだけ恐怖は薄らいだ。
まるで牢屋の様な馬車に乗せられ一緒に乗った見張りの騎士の視線に震える私をお母様はずっと抱き締めてくれていた。
10分くらいで馬車は目的地に到着したが私にはとても長い時間に感じた。
「降りろ!」
乱暴な物言いで命令する騎士。
自分で降りれない私を騎士が抱えようと手を伸ばしてきたので、恐ろしくなってその手を思わず払ってしまった。
「嫌っ!」
「貴様!」
青筋を浮かべた騎士が拳を握って私に向けて振りかぶった。
殴られる!
恐怖で目を瞑ってしまった。
ドンッ
何かがぶつかる音がした。
けれども私には何も起こらなかった。
目を開けると私と騎士の間にお母様が倒れていた。
「お母様っ!」
お母様が私を庇って殴られたのだ。
私は這いずりながらお母様の体を揺する。
頭を殴られたのだろうか。
こめかみが赤黒く変色して血が一筋頬に流れていた。
呼んでもさすっても反応が無い。
お母様は死んでしまったのではないかと思うと怖くて涙が止まらなかった。
「お母様!お母様!嫌ぁっ!」
泣き叫ぶ私の腕を力任せに引っ張りあげる騎士。
肩に激痛が走った。
「うぁぁっ!!」
「このまま連れて行け!」
私の腕を掴んだ騎士はギリギリ私の足が着くか着かない高さに腕を引っ張り上げたまま歩き出す。
足先を引き摺られて私はお母様に手を伸ばすが抗えずにお母様と離れていく。
離れていくお母様はまるで荷物の様に騎士に担がれるのを見て私は痛みで意識を手放した。
...お母様...
ズキリと肩の痛みで意識が覚醒した。
お母様は?
ハッとして体を起こそうとするとすぐ近くにお母様のお顔があった。
「お母様!」
「...っヴァレリーちゃん、気が付いたのね!」
泣きそうなお母様が私を抱き締めた。
美しいその顔は右目が醜く腫れていた。
酷い!
私のせいでお母様が傷ついてしまった。
肩は痛むけれどそれよりも美しいお母様のお顔が傷付けられた事が哀しくて悔しい。
「気が付いたか【神子】よ」
聴いたことの無いガラガラした低い男性の声がした。
とても嫌な感じがする声だ。
声がした方に顔を向かせる。
私達は騎士に取り囲まれていた事に気付く。
顔を向けた方向に立ち塞がっていた騎士が道を空けるように横に移動する。
そこには豪華な椅子に座る鋭い目付きで睨む老人が居た。
真っ赤なマントと頭には金の冠。
絵本で見た王様みたいな格好をしていた。
「陛下...」
お母様がその人を憎々しげに睨み零した呟きで分かった。
この人がリュリメア王国の王様なのだと。
私はギュッとお母様に強くしがみついた。
「これは一体どういう事ですか?旦那様が謀叛の嫌疑が掛かっているとは聴きましたが、あくまでも嫌疑の段階。裁判も始まらぬ今はまだ罪人ではございません。長年王家に仕えた公爵家に対してこの様な振る舞いは幾ら陛下と言えど許されるものではありませぬ」
恐ろしい目付きの王様、陛下に対して貴族として毅然とした態度を崩さないお母様の姿はとても美しいと思った。
対して陛下はクククと喉を鳴らして嗤う。
「謀叛は疑いでは無く証拠が今目の前にあるではないか」
「どういう事ですか」
「お主が抱いているその娘が謀叛の証拠だ。マリー・アンヌ・ド・オルレアン公爵婦人」
「え?...わた、し?」
陛下は私を指差し嗤った。
私を抱き締めるお母様の腕に力が込められた。
私が悪い事をしたの?
どんないけない事をしたの?
今日、お母様に我儘を言った事?
去年、歩けないから悔しくてお父様に八つ当たりしてしまった事?
頭の中がぐるぐるして気持ち悪くなった。
「私の娘が何をしたと云うのです!この子は悪意など一切持たない天使の様な娘ですっ!」
「そう、噛み付くでは無い。まるで野良犬の様ではないか」
「っ!」
悔しそうにお母様が唇を噛んだ。
私はただ怖かった。
私のせいでお母様が酷い目にあわされた。
お父様も同じ様な目にあっているかと思うと怖くて仕方が無かった。
陛下は私達を一瞥して白い髭に隠れた口角をニヤリと上げた。
「おい、オルレアン公爵を此処へ」
「ハッ」
騎士の一人が返事をすると左側の扉が開かれて、手を鎖に繋がれぐったりとしたお父様が二人の騎士に引き摺られて来た。
「貴方!」
「お父様っ!」
お父様はそのまま私達の前まで引き摺られ放り出された。
私を抱き締めていた為にお母様が倒れるお父様に手を伸ばしたけれど届かない。
私も咄嗟に手を伸ばしたけれどお父様には届く筈も無く、お父様は無抵抗で頭から赤い絨毯の上に打ち付けられてしまった。
お母様と一緒にお父様の傍に行くと気を失っているようだった。
お父様の整った顔には殴られた痕があり鼻と口から血が出ていた。
「貴方っ!何て酷い事を!」
お母様はお父様の痛々しい傷に細く白い指をそっと撫でるように這わせた。
「お父様ぁ...」
私は胸が苦しかった。
私のせいでお父様はこんな酷い事をされたのだ。
「マリー...?」
「貴方!」
お父様が薄らと眼を開けた。
「お父様!」
「っヴァレリー!」
お父様は私の姿を見て驚いていた。
そして痛みを堪えながら身体を起こしてお母様の腫れたお顔に気付いた。
「あぁ、マリー。何て事だ...」
「私は平気よ、それよりもヴァレリーちゃんが...」
「ヴァレリー、肩が外れているじゃないかっ!足も爪先から血がっ!」
いつもは優しいお父様のお顔が泣きそうな位悲しみに染まり、そして怒りに
染まった。
そんなお顔は初めて見た。
「何故っ!妻と娘までっ!」
お父様が陛下を睨み立ち上がると騎士達が一斉に剣を抜いた。
お父様の周りに剣先が突き付けられた。
そんな恐ろしい光景に私は声すら出せなかった。
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