2 不穏な足音
昨日はしゃぎ過ぎたのか、翌朝少し熱を出してしまった私はベッドの中に居た。
お母様は公爵妃としてのお仕事が沢山あるので実は忙しい。
それな中で私の為に時間を作ってくれたというのに起き上がる事が出来ないのが悔しくて哀しくて申し訳なくてベッドの中で隠れて涙を流した。
それに気付いた専属侍女のミナはお母様を呼んでくれた。
「ごめんなさいお母様」
「ヴァレリーちゃんは良い子過ぎるわ」
少し悲しそうに微笑んだお母様は私の額に優しく掌をおいた。
お母様の手はひんやりとして気持ちよかった。
だけど心は暖かくなった。
「お母様、お願いを言ってもいい?」
「何かしら?可愛いヴァレリーちゃんのお願いならお母様に出来る事なら何でも聞いてあげたいわ」
お母様の魅惑的な微笑みと我儘を言う事の罪悪感で私の心臓が高鳴る。
勇気を振り絞る。やっと絞り出した声が上ずる。
「昨日の約束...あのお本を読んで欲しいの...」
「ヴァレリーちゃん!」
「...お母様っ?」
お母様が頬を染めて肩を震わせ、私を抱き締めた。
私は豊かなお胸に埋もれた。
「もう!そんなの我儘じゃないのよ!」
「...もが」
「なんて可愛いお願いなの?天使よ!ヴァレリーちゃんはやっぱり天使なのね!」
「...っ」
「初めてのお願いがこんなにも可愛いなんて!」
「...っっ」
「奥様、これ以上はお嬢様が危険ですっ」
ミナの一言で私がお母様のお胸で息が出来ない事にやっと気付いた。
「まあ!ごめんなさい!ヴァレリーちゃん大丈夫!?」
解放された私は空気を求めて息を吸い込んだ。
苦しかったけど私はお母様にこんなにも愛されているんだと実感した。
ちょっと一休みしてから午後にあのお本を読んでくれる事になった。
お母様に髪を優しく撫でられながら私は眠りに落ちた。
昼過ぎになって目が覚めた。
ミナが軽い昼食を部屋に持ってきてくれた。
それを食べ終えて少し横になっているとお母様が来てくれた。
「ヴァレリーちゃん顔色が良くなってきたわね」
お母様の手にはあのお本があった。
ミナの手を借りながら上半身を起こして背中にクッションを置いて背もたれにしてもらった。
昨日も見たが厚い革の表紙はとても綺麗だった。
「ヴァレリーちゃん。この本はね、この国が出来た頃に書かれた古い本なのよ。かつては貴族の家には必ず置いてあった大切な事が書かれた本なの。でもね、1000年くらい前の王様が何故かこの本を全て焼いてしまったの」
「本を焼くなんて酷い!」
本が大好きな私には衝撃だった。
なんて悪い王様だろうと憤慨した。
怒る私を諭す様にお母様は女神様みたいな微笑みを浮かべて私の背中を優しく撫でてくれた。
「そうね。当時の王様が何故そんなことをしたのかは伝わっていないから私達には分からないわ。でもね、偶然だったり隠れて残しされていた本が稀に何冊か見つかるのよ。今でも見つかったら王家に届出を出して渡さなくてはいけないの」
「また燃やされちゃうの?」
私は悲しくなって涙が零れそうになった。
「どうかしら。大切に保管しているだけかもしれないわ。この本はね、私の実家にずっと大切に隠されていたのよ。私も小さい頃に偶然屋根裏部屋で見つけてそのまま家族にも内緒にして隠していたの」
「お祖父様とお祖母様も知らないの?」
「さあ、知らないかもしれないし、知っていて知らない振りをしていたのかもしれないわ。ただ何故か私はこの本はとても大切な物で誰にも教えてはいけないとずっと思っていたの。ヴァレリーちゃんが産まれるまでは」
「私が?」
お母様は目を細めてふんわりと微笑んだ。
「私はね、この本を開いた時書かれた文字がどうしても読みたくて沢山勉強したの。そして内容が分かってとても素敵だと思ったのよ。だってこの本には悪い事なんて何も書かれていないしみんなが忘れてしまった大切な事が書かれていたのよ」
「大切な事?」
「そうよとっても大切で素敵な事よ」
ふふふと笑ってお母様が紐を解いてお本を開くと、美しい女性の絵と見たことも無い文字が描かれていた。
「この方は月の女神リュリメアーナ様よ。私達が暮らすリュリメア王国を建国した女神様なの」
建国神話は絵本で何度も読んだ。
月の女神リュリメアーナ様が一人の青年に恋をして人となって結ばれ二人でこの国を作ったというものがたり。
リュリメア王国の王家と公爵家は女神様の子孫だという伝説。
でもこの本に書かれていたのは【神子】という存在の秘密。
女神様の力を受け継いだ子供。
女神様の大きな力を身体の一部に宿す代わりにその部分が普段機能しないという。
人の身体では扱いきれない力を宿した部分は人ではなくなり本人でも操る事が出来ないためだった。
「これって...?」
私はお母様の顔を覗き見た。
お母様は満面の笑みで私を見つめた。
「そう、もしかしたらヴァレリーちゃんは神子なんじゃないかしら」
「私が...みこ...」
呆然とする私を余所にお母様は次のベージを捲る。
「これを見て」
そこには表紙と同じ模様が描かれた丸い石の様な絵があった。
「これは月と星の光で模様が浮かび上がる宝石なのよ」
「すてき...」
「ね、素敵でしょう?この宝石を神子が持てば女神様の力を自分で使えるようになるらしいのよ」
「へぇ〜」
「この本には嘗て目の見えなかった神子が全てを見えるようになったと書かれているのよ」
「...っ」
私は顔を上げてお母様を見た。
お母様は私に優しく微笑んでいた。
それって...
私の右足が動く様になるって事?
私は息が詰まりそうになった。
希望が...生まれた。
涙がぽろぽろと零れ落ちた。
諦めていた。
歩く事を。
自由になれる事を。
「お、母様...」
「ヴァレリーちゃん」
私達はお互いの顔を見つめ合って、抱き締めて、泣いた。
その時、王家の紋章を付けた騎士達がこの公爵邸へと乱暴に踏み入って来た。
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