0 プロローグ
新作です。
それほど長いお話にはならない予定ではあります。
更新はのんびりなので気長にお付き合いいただければ幸いです。
目が覚めてからぼぉ〜っとした頭が覚醒するまでぼんやりと過ごす。
ふかふかのベッドから抜け出す勇気を振り絞って上半身を起こす。
火の精霊が住み着く暖炉が一年中屋敷の中を暖めてくれていても朝に吐く息は白く冬の寒さを感じる。
大きな欠伸をしながら【清浄】の魔法で顔も全身もスッキリさせてベッドから足を下ろす。
左足を先に下ろしてから不自由な右足を手で支えて下ろすと足元に複雑で高度な魔法陣が刻まれた銀の円盤が飛んで来る。
円盤の上に足を乗せれば円盤から1メートル半程の杖が出てくる。
私はそれを掴んで支えにして立ち上がりコンコンと2回円盤を杖で叩く。
すると私の着ていたモコモコ素材の寝衣から地味な村娘風のシャツとスカートに変わった。
腰を痛めやすいので彼に作って貰ったベヒーモスの革製の胸まであるコルセットもシャツの上から着けている。
コルセットの前面にある胸の紐を少しだけ緩める。
ふむ、また大きくなったらしい。
彼もそろそろ私の魅力に堕ちても良いのではないだろうか。
勝ち誇ったように口角をあげてみる。
ふと全身鏡に映る自分を見るともう少し背が欲しいと思う。
父親譲りのサラサラとした白銀の髪も母親譲りの整った顔も少しくらい自慢出来るだろうが私は右足を動かす事が出来ない欠陥品だ。
足元の魔法陣の銀盤と特別製の杖が無ければ移動するどころか立ち上がる事すらも出来ない。
こうした現実に向き合って私自身を確認する。
ほんの少しだけ悲しいけれどコレが私である。
俯きかけた顔と心を無理矢理に起こして銀盤に魔力を通す。
銀盤は私の行きたい方向へ音も無く流れる様に私を運んでくれる。
銀盤が近付くと部屋の鍵が開いてドアが開いた。
そのまま廊下へ出てキッチンに移動する。
「おはよう」
キッチンにはこの屋敷をお世話してくれる精霊シルキーが私の為のミルクたっぷりの珈琲を用意してくれている。
2年前までは苦くて飲めなかったが最近はすっかり嵌ってしまった。
これも彼の影響である。
私の分のミルク珈琲と彼の分のミルク無し珈琲を載せたトレーを持って彼の部屋へ向かう。
彼の部屋のドアを2回ノックして返事を待つ。
1、2、3、4、5。
5つ数えて返事が無いので魔法で掛けられた鍵を解除して中に入る。
「おはようゼノ、朝だよ」
カーテンが閉じられ薄暗い部屋の奥のベッドで眠る彼の元へ向かう。
寝起きの悪い彼はまだ眠っている。
ボサボサの黒い髪で男の人にしては長い睫毛。
筋の通った鼻に薄い唇。
無精髭が伸びているのでそろそろ私が剃ってあげようと思う。
珈琲を載せたトレーを魔法で浮かばせてベッドに腰を下ろす。
悪戯心と愛おしさに我慢出来なくなって彼の頬にキスを落とそうとした。
ゆっくりと顔を近付ける。
心臓が高鳴る。
あと5センチ...あと3センチ...
パチリと彼が目を開けて
驚いた彼の顔が私の方へ向いた。
ほんの一瞬、ほんの僅か、唇が掠めた。
「っっっ!!!」
顔が熱くなる。
その直後顔面を鷲掴みにされた。
「痛い痛い痛い!」
バンバンとその腕を叩いて抗議する。
顔の骨が軋む。
超痛い。
何度も抗議するとやっと顔から手が離れた。
「ったく、朝から脅かすんじゃねぇ」
たぶん彼も気付いてる。
私は顔を抑えるフリしてそっと唇に微かに残る感触の恥ずかしさを誤魔化す為に私も気付かない振りをして彼の体にダイブして抱き着いた。
「おはようゼノ!今日もお寝坊さんだね!」
何でもないように私は振る舞うのだ。
そうすれば彼はいつもの様に私の頭を撫でてくれる。
「ああ...おはようヴァレリー」
少し声が上擦っているけどいつもの低い素敵な声だ。
私はもう子供じゃないって事をアピールするためすこーしだけ胸を押し付けてやった。
「ほらー!早く起きてよ!今日は水龍の髭を摂りに行くんだからー!」
「分かった、分かった。起きるから退きな」
「はーい」
ゼノから離れると少しだけ頬を染めているのが分かった。
ふふふ。
私はもう子供じゃないのよ、そろそろ恋人候補として意識してもいいんじゃない作戦がじわじわと効き始めていると実感。
超絶奥手な男子にはコレが効くと先週の女子会でサキュバスのお姉様に教えて貰ったのだ。
ご機嫌な私は浮かんだトレーからブラック珈琲をゼノに渡す。
ゼノがそれを受け取り1口飲んでから、私もミルク珈琲を飲んだ。
美味しい。
ゼノが起きて珈琲を飲みきるまでベッドの上で座りながら待つ。
中身の無くなったカップを預かって部屋から出て行く。
「早く着替えてね。朝ご飯が冷めちゃうよ」
「分かった」
愛想の無いいつもの返事を聴いてキッチンへ向かう。
キッチンに行くとテーブルの上にはシルキーが用意してくれた朝ご飯が綺麗に並べられている。
今日の朝ご飯は私の大好きなコーンスープとサラダ、一角豚のベーコンと目玉焼き。そして焼き立てのふわふわの白パン。
「わぁ!美味しそう〜。いつもありがとうシルキー!」
シルキーはニッコリと笑ってくれる。美人だ。
彼女はこの精霊屋敷の家事を全てこなしてくれる万能家政婦さんなのだ。
お陰で私の家事レベルは一向に上がらない。
でもその分魔法の勉強と研究が出来るので大変感謝しています。
暫く待っていると着替えたゼノがやって来た。
「さあ、食べよう」
テーブルに着くと月の女神様に祈りを捧げる。
ゼノは神に対して感謝なんてして無いのだろうけど私が月の女神様の加護を受けているから合わせてくれる。
こうして2人で食後の紅茶を楽しむまでが、私の朝の日常だ。
10年前、5歳の時ゼノに拾われてから小さな変化はあったけどずっと変わらない。
目の前で紅茶を飲むゼノを見詰めた。
20代前半に見える整った顔。
無精髭とボサボサの黒髪だがきちんとすれば王子様のようだ。
いやちょっと、ちょっとだけ目付きが悪過ぎるかも。
「何だ?なんかついてるか?」
私の視線に気付いたゼノが口の周りを拭った。
「ううん。何も付いてないよ、ただ」
「ただ?」
「ゼノは10年前と変わらずかっこいいなって」
「あほう」
呆れてムッとするけど怒っていないのは知っている。
私は紅茶を飲むフリしながらまたゼノを観察する。
やはり10年前と変わらない。
そう、全く歳を取っていないのだ。
ゼノは若い頃(今も若く見えるけど)偶然にも不老薬を作って飲んでしまった為に歳を取らなくなったらしい。
100年以上前の魔王とも戦った英雄の1人でもあるのだ。
その当時でも100年以上生きていたらしいので詳しい年齢は本人ももう分からないと言っていた。
恐らく自分の年齢とか興味が無いのだろう。
ゼノは興味があること以外かなり残念な人だ。
魔法にしか興味が無い。
かつては【賢者】と呼ばれる程の魔法の才能と膨大な魔力を持ち、失われた古代魔法を復活させたり新しい魔法を創る素材の為に恐ろしい竜や海の巨獣を散歩気分で狩りに行く様な変人なのだ。
そんなゼノに魔法を習った私も他人から見ればそう変わらないかもしれない。
でもそれで良い。
私は彼の隣に居る事を望んでいるから。
私はゼノが好き。
ゼノに拾われてからずっとだ。
命を助けてもらったから。
魔法を教えてくれたから。
居場所を与えてくれたから。
好きになった理由なんて山ほどある。
まだ子供扱いされているがもうすぐ成人になる。
成人の16歳になったら結婚を申し込むつもりだ。
まだ相手にされてないけど私は諦めないのだ。
ずっと彼の隣で魔法の研究をして、いつか2人の子供を育てたりと妄想してみる。
ふへへ。
自然と顔がニヤついてしまう。
「がはっ」
突然目の前でゼノが咳き込み血を吐いた。
「ゼノ!」
現実に戻り銀盤に乗ってゼノに駆け寄る。
呼吸が荒く顔面蒼白で脂汗が滲んでいた。
魔法でゼノの体を浮かばせて部屋へ運ぶ。
ベッドに乗せて血の着いた服を脱がせて身体を拭く。
苦しそうに呼吸するゼノに【治療】をかけると少しだけ楽になったのか強張っていた全身が弛まった。
「...いつもすまんな」
そう言ってゼノは眠りに落ちる。
ゼノの安定した呼吸を聴いて私は安心して力が抜けた。
そっと額に引っ付いた前髪を指で流して何度か頭を撫でるとポトリと涙が零れた。
今日もまだ一緒に居られる。
そう安堵しながらもいつかゼノを失うのではないかと恐ろしくなる。
ゼノが居ない世界など想像すら出来ないのに。
しかし、これも毎日では無いが日常の一つなのだ。
ゼノはその身体と魂に呪いを宿している。
100年以上前の魔王との戦いで勇者の身代わりとなって魔王から死を触媒とした凶悪な呪いを受けてしまったのだ。
絵本や小説に描かれる本物の英雄であるゼノ。
物語の中では呪いを受けて亡くなってしまうけれども、実際には世を捨て誰も来ないような森に移り住み呪いを緩和したり解呪しようと足掻いて足掻いて今もこうして長い時を生きている。
生きる事に執着しているのでは無く魔法の研究をするために生きようとしているのだろう。
「まあこの呪いで死んだらリッチにでもなるか」
などと昔を言った事がある。
多分冗談だと思うけど全く笑えなかった。
リッチって骨じゃん。
ゼノなら骨でも愛せるけど、出来れば生身が良い。
だからその時私は心に決めた。
絶対に私がこの呪いから解放してみせると。
今日改めて強く誓った。
明日からまた2人で魔法の研究をして素材を狩りに行く日常を過ごすのだ。
でもこの日から何度朝を迎えてもゼノは眠ったまま目覚める事は無かった。
お読みいただきありがとうございます♪
時系列は少しズレていますが、「最後のハイエルフは甘いものがお好き」と同じ世界です。
登場人物は過去の人以外絡みません。
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