三倍段
「でえりゃあっ!」
「くおっ、おっ!」
馬上から勢いづいた槍の刺突を受け、俺は思わず後ろへ飛び退る。先ほどから数回攻撃を受けているが、対する俺は効果的な反撃を行えていない。
甘かった。騎馬と歩兵、その格差がこれほどまでとは。
まずこちらの刃が相手まで届かない。ただでさえ槍と刀のリーチが違う上に、軍馬に乗っているのだから当たり前だ。
そして馬という生き物の凶暴性も侮っていた。拍車を掛けられて突撃してくる馬体は前世にあったバイクなど比にならないほどの圧力だ。
それに加えて――。
「はいやぁっ!」
「だあっ!」
頭目の槍が正確無比にこちらを狙ってくる。なにやら風の魔法をまとわせているようで、刃を防いでも余波で俺の身体を傷つけていく。
今はまだいいが、蓄積されてくると不利になる。どうにかしようとしても、リーチの差で悉く防がれる。
剣道三倍段なんて話半分に思っていたが、リーチの差はそのまま有利不利に繋がるというのを身をもって体験している。
考えてみれば当たり前だ。ローマの長槍兵は有名だし、秀吉も他より長い槍を持たせて訓練で一方的に勝ったとある。間合いが遠ければ遠いほど一方的に叩けるからこそ、槍、弓、銃、大砲、ミサイルと武器の間合いは延びていったのだ。
とにかく、馬上という優位だけでも崩さなければこのままではジリ貧だ。
「はあっ、はっ!」
気合を入れて馬を反転させ、頭目が再度突撃してくる。こうなると逃げ場のない小高い一本道というのは逆に相手へ地の利を与えている。
「せえやあっ!」
「ぐうおっ!」
馬上からの鋭い突きが、風の刃を纏って繰り出される。これもなんとか防ぐが、一歩間違えれば胴を貫かれていた。先ほどからクロエも呪術を仕掛けてくれているが、なにか魔術的な干渉を防ぐ護符か道具かを持っているらしく、効き目が薄い。思えば、最初の呪術もこいつだけは真っ先に振り払っていた。
どうするべきか。なにができるのか。弓は威力が足りない。一撃で倒せるならともかく、鎧を着けた頭目も、主要な場所は防具を着けている馬もそれで倒せるとは思えない。もししくじれば、無防備な身体をやられてしまう。
視線の先で、また頭目が反転している。兎にも角にも、馬だ。馬を除けばまだ勝負の目が――。
そこまで考えて、気付く。
また頭目が騎馬突撃を仕掛けてくる。
「クロエ、馬の足だ!」
「っ! 黒い縄は過ちの手綱!」
俺の求めに応じてクロエの呪術が発動する。だが、その矛先は先ほどまでの頭目ではなく、今正に俺を蹴り飛ばさんと迫り来る馬の足だ。
駆け足で突撃してくる馬が、突然絡みついた呪術の蔦にまとわりつかれてつんのめる。
「ぬおおっ!?」
その勢いを予測できず、頭目も馬から投げ出されて地面へと落下する。
千載一遇のチャンスに、すかさず俺から距離を詰める。
「だああああああっ!」
「舐めるなっ!」
膝をついた頭目に槍を構え直す時間はない。大上段からの俺の斬撃を、しかし頭目は腰の剣を抜きはなって防ぐ。あの一瞬で槍を捨てる判断は、やはり並ではない。
だが――。
「立たせるかっ!」
「このっ、ふざけるなっ!」
なんとか態勢を立て直そうとする頭目へ、次々に斬撃を放つ。だが、膝立ちでありながら頭目は俺の斬撃を凌ぎ続ける。
「おおおおおおっ!」
さらには魔術を発動させ、剣に炎を纏わせて反撃を放つ。それを大きく躱した隙に頭目は立ち上がり、剣を構え直す――が、俺はすぐさま懐に飛び込む。
「くっ……おっ!」
逃がさない。ここで離れれば恐らくさらに不利になる。なんとしても、ここで仕留めきる。
鍔迫り合いのまま、押し合いを続ける。ぎちぎちと刃が噛み合う音が聞こえてくる。
「ぬうんっ!」
「くおっ!」
頭目が刃にまとわりついた炎を俺へと噴き出す。だが風の時と同じで、その攻撃は予想済みだ。
身体が焼けるが、致死傷ではない。頭目の魔術が未熟なのか、あるいはその程度しか不可能なのか、武器に纏わせた魔術にそこまでの威力はない。
なので、無視してそのまま押し切る。
「っらあああああああっ!」
「があっ!」
下から勢いをつけて刀を押し上げると、頭目の剣が跳ね上がる。がら空きになった胴へ、すかさず横一文字の斬撃を放つ。
「ぐおっ、あっ……!」
遮るもののない刃の一閃は鎧を断ち割り、その奥にある頭目の肉体も切り裂く。確かな手応えに後ろへ下がると、それが合図であったかのように血が噴き出す。
「ご……が……貴様……っ!」
四つん這いになった頭目を見据え、刃を振り上げる。山賊共の意志をくじくには、こいつの首が必要だ。
視線に刃があれば睨み殺されるような激情を秘めて、頭目が俺を見上げる。だが、こいつはただの山賊だ。今の時点ではそうでしかない。
「待て、私は――」
そして、山賊と話すことなど何もない。
「……っ!」
振り下ろした刃は、あっさりと頭目の首を斬り落とした。
ごろりと、一瞬前まで生きていた人間がただの首となって地面へ転がる。
「……やったな、トーヤ殿」
「ああ……クロエのお陰だ。あれでよく俺の真意を察してくれた」
「トーヤとももうそれなりの付き合いだしね。馬にまで防護魔術を仕掛けていなくて助かったわ」
あるいはトゥリアが仕留めた馬にはそれが仕掛けられていたのかもしれない。が、今はもう真相を知る人間はいない。
「ラ・ミルラ、頭目たちの死体を横に避けておこう。後で回収して、調べなければ。だが、今はこいつの死を知らせるのが先だ」
首を掴み、ずしりとした重みに複雑なものを抱く。こんな風に人間を斬るなんて、前世では思いもしなかった。
視線の先に立ち上がった軍馬が佇んでいるのが見える。ちょうどいい、あいつを使わせてもらおう。
「俺はあの馬で先に村へ向かう。二人は身を隠しながら後で来てくれ。山賊たちが逆上して俺を攻め立てようとするかもしれないからな」
二人が頷くのを見て、首を引っ掴んだまま鐙へ足をかける。幸いなことに、軍馬は主人の仇である俺も素直に背に乗せてくれた。
「じゃあ、先に行く!」
手綱を掴んだ瞬間、その捌き方が頭へ流れ込んでくる。軍馬だから武器扱いなのか、あるいは馬自体が武器になりうるからか、それは分からない。
ただ、この状況でフィーの加護が働くのはありがたい。
俺は馬を急き立てて、村へと駆けた。




