買取り
「まずは自己紹介からしましょうか。私はカムラス・ロヴィ。このロルッセアギルドのギルドマスターを任されております」
「私はクロエ。ギルドでは銀翼級です」
「俺はトーヤだ。ギルドには所属してない」
クロエによるとギルドでは功績に応じて銅石 級、鉄洞 級、銀翼 級、金空 級、白星 級と等級が上がっていくらしい。白星は伝説レベルの冒険者らしいので、実質金空がトップとなり、クロエは金空に少し届かない銀翼レベルということらしかった。
目の前の男、カムラスは俺がギルドに所属していないという言葉で片眉を上げたが、特に言及はせず一つ息を吐く。
「まずは、この状況について説明をさせていただきたい。勇者であるグレンから盗難届が出たのも、ギルドがそれを受理したのも事実ではあります。ありますが……」
そこで言葉を区切る。間を保たせるように出された紅茶を一口含み、口を湿らせてから言葉を改めて紡ぐ。
「ギルドとしては受理せざるを得ない、という状況でして」
「状況、とは?」
「グレンの勇者という立場からです。ご存じでしょうが、勇者とは国に認められた優秀な冒険者へ与えられる称号です。それ自体に権力はなく、名誉の称号となっておりますが、実際はそうも行かず……ギルドとしては勇者には色々と便宜を図ることが求められます」
建前と現実は違う。どうやら異世界でもそういう事実は罷り通っているようだ。
それにしてもこの口調からすると、この世界には勇者という称号はそれなりに溢れているようだ。まあ、勇者が世界に一人なんてのはゲームだけの話ということだろう。名誉職であると考えれば、複数いてもおかしくない。
「なので多少怪しくとも、勇者からの訴えであれば受理せざるを得ない、という状況です」
「それは分かったが、だからといってクロエの持ってきた物と盗難物をチェックもせずに紐づけるのは浅はかすぎるだろう?」
「ええ、ええ。それはまさに。ですからギルドとしては山嵐の棘が来たら奥へ通して対応するように通達していたのですが……どうも新人の彼女には伝わっていなかったようで。申し訳ない」
謝ってきているが、どうにも怪しい。勇者に対して色々便宜を図らなければいけないというのは本当だろう。だが、最初から奥で対応しようとしていたというのは疑わしい。
もしもそれが本当なら、周りにいた受付嬢がなんらかの反応を示していたはずだ。だが、頑なに買取り拒否をする新人とやらへ助け船を出す様子はなかった。
つまり、仮に俺たちがそれで引き下がればよし、引き下がらなければこうしてギルドマスター直々に対応する。そう取り決めていたに違いない。でなければ、いくらなんでもカムラスの登場するタイミングがよすぎる。
俺のその決めつけを裏付けるのが、カムラスの表情だ。いや、表情というかその仕草全てというべきか。
この男は、何かを隠している。それが直感で分かる。あるいはそれもフィーに与えられた異能の一つかもしれない。いくら営業職といっても以前はそんなことまでは分からなかった。ただ、今は分かる。
勇者の強弁に辟易しているのは確かだろう。だが、同時にその強弁を面倒にならないように処理しようとしたのも確かなのだろう。
この男の言葉はきちんと吟味して受け取らなければならない。
「それじゃあ、クロエの持ってきた物が盗難品ではないと認めるんだな?」
「ええ、それはもちろん。理由は……それこそトーヤさんの言っていた通りですね。もしも仮に奪われたとしていてもその証拠がないし、盗んだとしたらクロエ嬢の行動が不可解すぎる。それに――」
そこでまた言葉を区切り、少しだけ笑う。
「仮にも勇者たるもの、自分たちの荷物を盗まれたなどと騒ぐのはまあ、銅石冒険者がやるような訴えですから」
「……そうね。本当にそうね。情けない」
そこでクロエが小さく笑う。俺には分からないが、どうやらその類の訴えというものは主に初心者の冒険者がやるものらしい。
要するに、手慣れてきたのならばまず荷物を盗まれないように厳重に警戒をしておくべき、というものが冒険者という職業のようだ。
「まあ、そちらの事情は理解した……が、クロエは公衆の面前で泥棒と決めつけられたんだ。それに関してはどうしてくれるんだ?」
「それはもちろん、名誉を回復させてもらいます。そうですね……全員が眼を通す依頼掲示板へ経緯を記したものを一ヵ月掲示するというのはどうでしょう?」
「……それでいいわ」
少し考えたクロエが頷く。彼女に異論がなければそれで誤解は解けるのだろう。
「また、クロエ嬢が持ち込んだ山嵐の棘もきちんと買取りさせて頂きます。十本を二束ということで、銀貨二枚でどうでしょう?」
「銀貨二枚!? 相場の倍じゃない!」
「ええ。迷惑料も込みです。さすがに慰謝料というものを表だって払える規模の騒動ではありませんので……これで収めてもらえるとありがたいのですが」
クロエが真剣な顔で考え込む。顎に曲げた指を押し当てて黙考する姿は、整った美貌と相まって人の眼を惹くものがある。
「……分かりました。私はそれで構いません」
「クロエはいいとしても、その勇者グレンとやらの訴えはどうするんだ?」
「訴えを受理したものの、該当品なしとして処理されるでしょう。理由はまあ……トーヤ殿が仰ったもので通します。向こうも最初から虚偽――」
そこまで言って口を閉じる。その様子からは嘘が見られないので、どうやら本当に口を滑らせたようだ。
しかし、虚偽と理解していて受理し、そのような処理を行おうとするとは、やはりこの男は油断ならない。
ならないが、取引できる分はある程度信用できるだろう。信頼はできないが。
「俺はなにも聞いていないよ」
「私もなにも聞いていないわ」
しばらくの間、無言の時間が続くが、カムラスはゆっくりと右手を上げて口を開く。
「……助かります。ところでトーヤ殿はギルドへ所属なさらないので?」
「あんたの対応次第でしないままでいようかと思っていたが、この後手続きするよ」
「そうですか……クロエ嬢、銀翼の先輩として彼をしっかりと導いてあげてください」
カムラスのどこかお仕着せの言葉へクロエは頷く。
なんにせよ、この男とは――ギルドそのものとは油断なく付き合った方がよさそうだ。
この後、買取りの手続きを終えて代金を受け取るまで適当な雑談でお茶を濁した。