嫌がらせ
「申しわけありませんが、これは買取りができません」
採取を終えて森から街へ戻り、ギルドで山嵐の棘をカウンターへ置いて返ってきた一言めがその言葉だった。
「……何故かしら?」
「この山嵐の棘には盗難届が出ております」
受付嬢が告げた言葉にクロエの表情が固まる。なぜこんなことになっているのかよく分からないが、誤解は解かなければならない。
「なにかの間違いじゃないか? この棘はさっき山嵐が飛ばしてきたものを回収してきたんだぜ?」
横から助け船を出した俺を受付嬢は怪訝な眼で見ながら、それでも書類らしき羊皮紙を確認する。
「いえ、間違いありません。この書類には今朝隼の剣から山嵐の棘が盗まれたと届け出が出ています」
「っ! グレン……っ!」
軋るようなクロエの呻きが漏れる。なにかの因縁があるようだが、それよりもまずこの状況を打破しなければならない。
「ええと……疑問なんだが、たとえばその盗まれた棘は何本でどれぐらいの長さで、どこに置いてあったんだ?」
「……書いてありません」
受付嬢が答える。あまりにも大きな穴に思わず突っ込んでしまう。
「はあ、書いてない。で、本数も長さも保管場所も書いてない盗難届をそちらは受理したと。それはいいけど、じゃあ俺たちが盗んだとしてなんで盗んだ奴が所属してるところに売りに来るんだ? ここを介さないで売れる所だってあるだろう」
「それは……」
受付嬢が言葉に詰まる。その顔を見て、苛立ちが募るのを自覚してしまう。彼女も仕事をしているだけなのかもしれないが、明らかにおかしい状況を貫こうとしている姿勢は同情できない。
「そもそも盗まれた現物を確認している人間が当人以外に居るのか? この山嵐の棘がそいつらのものだという証拠は? そちらはこれが盗品だと断言しているが、そいつらのものだという印でもあるのか?」
「いや、しかし、そちらのクロエさんは昨日隼の剣を脱退させられたばかりですし……」
「だから盗んだと? 馬鹿な。だったら今朝早くにさっさと売り払っているだろう。なぜわざわざ依頼を受けて森に行って花を採取してから売りに来ているんだ?」
畳み掛ける俺を受付嬢が狼狽して見上げてくる。この辺りは営業で磨いた話術――という程でもない、相手の穴を突く喋り方だ。契約を取るために、現行の条件の穴を理解してもらうための会話。やり過ぎると怒らせてしまうが、相手が決めつけてきている今回に限ればそれを心配する必要はない。
それにしても、事前にクロエの身の上をある程度聞いておいてよかった。一度出直してから抗弁しても説得力が低くなっていただろう。
「トーヤ……」
「しかし、グレンさんはこの国の勇者ですし……」
「へえ。じゃあその勇者のグレンさんとやらがそこのお兄さんの所有物全てに盗難届を出したらそちらは受理するのかい? 証拠もないし、どれがどれだけ盗まれたかも分からないけど、鎧と剣と小物入れと額当てと、全部盗まれましたって」
何事かと集まってきた周りの一人、いかにも冒険者然とした年配の人を指さすと、おっさんは面白がるように笑いながら受付嬢へと視線を移す。
「いえ、それは……不可能です……」
「おいおいおいおい、それは筋が通ってないじゃないか。じゃあなんで俺たちだけが盗難者扱いなんだよ? それともこのギルドはそういうえこひいきを旨としているのか?」
周りに観客がいるのを意識しながら言葉を紡ぐ。こういうものは目撃者の数も重要だ。口コミという情報は侮れない。クロエから聞く限り、ギルドという組織は世界中に存在しているがローカルな取り決めが多い組織でもあるという。そういう組織が所属する人間たちからそっぽを向かれるとすればそれなりに打撃のはずだ。
「……何事ですか、この騒ぎは」
すっかり押し黙ってしまった受付嬢の後ろから、一人の男が姿を現わす。
「ギルドマスター……それが……」
振り返った受付嬢が喜色も露わに駆け寄り、状況を説明する。受付カウンターは複数あるが、開いている受付嬢すらこちらに注目している状況で説明を受けたギルドマスターがこちらへ歩いてくる。
見ればまだ年若い、三十を超えたかどうかという年齢だ。
「事情は伺いました。よろしければあちらでお話をしたいのですが」
そうして奥を指し示す。クロエを見ると、一瞬迷ったようだったが小さく頷く。
密室での会談というのは目撃者が居ないという不利はあるものの、あちらもわざわざ指定してくるというからにはなにかここでは言えない事情を明かしてくれるのだろう。
それに、いざとなれば力尽くで逃げることもできる。
「……分かったよ。だけど、あまりに理不尽な要求をされれば席を立たせてもらうからな」
「ええ、もちろん。お互いに誤解を解かねばなりませんから。しっかりと対応させていただきます」
そうして応接室だろう方へ歩いていく。その背中へ着いていきながら、ゆっくりと息を吐く。
クロエが泥棒扱いされてつい熱くなってしまった。しかも、途中から本人そっちのけでずっと喋り通しだ。
意識して思考を冷静へと引き戻す。唐突に訳の分からない出来事に巻き込まれたが、もしかするとこれも女神であるフィーが言っていたことなのかもしれない。
フィーは俺に多くのうねりを産んで欲しいと言った。クロエの立場や勇者、そしてギルドがどれほどの関わりがあるのかは分からないが、こういった理不尽に対抗するのがそういう結果になるかもしれない。
まあそもそも、こんな風に難癖をつけられて黙ってはいられない。前世では外聞や人目を慮って引き下がってしまうこともあったけれど、今なら――フィーに力をもらった今ならその必要はない。
正直なところ、俺はちょっとだけ楽しんでいた。
とはいえ、密室での会談なら気を引き締めねばならない。
俺はともかく、クロエにはこの世界の立場があるのだから。