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魔女と精霊

「それじゃあ、トーヤは今までのことをなにも覚えてないの?」

「なにも、ってわけじゃない。遠く……多分東の方から来たってことぐらいは覚えているけど、なぜここにいるのかは……なにかあったのかも知れないけれど」

「そう……」


 クロエが俺を同情の瞳で見つめてくる。森の中、山嵐というらしい先ほどの熊が飛ばした棘を回収しながら、俺は作り上げた身の上話をクロエへ披露していた。

 気が付けば森の中にいたこと。

 名前以外の記憶がないこと。

 刀の使い方は分かること。

 要するに、目覚めたときに決めた、記憶の混濁で押し通すつもりの設定だ。

 気の毒がってくれているクロエを見ると多少の罪悪感が疼くが、さすがに出会ったばかりで全てを打ち明けるわけにはいかない。たとえ俺がよくても、クロエがそれによってなにかトラブルに巻き込まれる可能性だってある。

 そもそも、転生したという人間が俺一人ならまだいい。フィーを疑うわけではないが、俺の他に転生者がいる可能性だってある。

 ならば、慎重に行動するべきだ。


「東……っていうのは多分間違っていないと思う。その武器、刀だっけ。それに似た武器が東の島国にあるって聞いたことがあるから……私は大陸の西出身だから詳しくは分からないけれど」

「なるほど。それってどこで聞いたら分かるかな?」

「それはギルドが一番ね。あそこには所属すれば無料で閲覧できる資料があるし、依頼をこなしていけば情報屋とコネもできる。報酬で資金ができたら自分で情報を募る依頼を出したっていいし」


 どうやらこの世界にも日本に近い国があるようだ。それがフィーの管理する世界だから似通ってきているのかどうかは分からない。

 損傷の少ない熊嵐の棘を十本ずつまとめ、麻紐で縛る。それが二束できたところで一束ずつ担ぎ上げる。

 なんでも、この棘は煎じて薬に良し、切り分けて装飾に良し、研いで槍の穂先に良しとそれなりの価値があるものらしい。


「これは山分けにするとして、申し訳ないけど私の依頼にも付き合ってもらえないかしら? すぐ奥の所の花を摘みたいの」

「ああ、もちろんいいよ。帰り道を教えてくれるんだ。それぐらいお安い御用さ」


 サラリーマン時代の癖で右手に持とうとして、刻みつけられた経験が左手へ持ち替えさせる。もしも奇襲を受けたとき、右手を空けていなければ対応できない。

 収納巾着の価値がどれほどが分からないため、これもクロエへうかうか見せるわけにもいかない。

 クロエを信用していないわけじゃなく、双方の安全のためだ。

 熊嵐の血痕を辿るように道を進みながら、開けた場所へと出る。そこには色とりどりの花が咲き乱れている。


「……んお?」


 足を踏み入れた瞬間、妙な感覚がまとわりついてくる。熱くもなく寒くもないけれど、熱気のような冷気のような、言わば圧のある空気のようなものが身体を包み込んでくる。

 思わず身構えて周りを見渡すが、特に異変はない。


「……トーヤ、どうしたの?」


 どこか平坦な声でクロエが聞いてくる。警戒を解かなまま、クロエを振り向く。


「いや……なんか、なんだろう。なんか凄い身体を包むというか。でもこれ、つい身構えたけどそんな危険はない……ような気がする。クロエはなにも感じないの?」


 そう問うと、クロエはどこか驚いたように眼を見開いて俺を見つめてくる。


「驚いた……あなた、地に満ちたマナを感じ取れるの?」

「マナ?」

「なんというか……その土地そのものが持つ魔力のわだかまりよ。自身の持つ魔力を放つ魔術師やそれを癒しに変換する僧侶とは違って、私たち魔女はそれを操って呪術を使うのだけれど……マナは魔女にしか見えないはずなのに」

 どうやら悪意のあるものではないならしい。安心して構えを解くとクロエが慌てたように指で何事かを描く。

「えっ、待って、じゃあこの子も視えるの?」

「視えるって……うおっ、なんだこれっ!」


 クロエがその仕草を終えた瞬間、顔の横に黒いなにかが現れる。黒い球体に羽根が生えたようなその形状は、今まで生きてきて見たことがない。


「この子は黒の精霊……魔女の私に付き添ってくれる存在よ。本当に視えているの?」

「え……ああ。なんか黒い球に羽根が生えて……あ、尻尾もあるのか。じゃあそっちが後ろ? あ、頷いている、のか? これ?」


 上下に動くのが肯定の仕草らしく、俺の言葉一つ一つにリアクションが返ってくる。言葉も通じるらしい。


「凄いっ! 本当に視えてるのね! 魔女以外で視える人、初めてだわっ!」

「わっ! ちょっ、クロエ!?」


 クロエが突然俺の両手を握る。驚いて顔を見ると、感極まった瞳で俺のことを見つめてきている。


「視えるだけじゃなくて意思の疎通までできるなんて……精霊は魔女にしか視えないものだとばかり思ってたのに! 良かったね、ヴェル! あなたのことが視える人が、里の外にもいるのよ!」


 クロエの言葉にヴェルと呼ばれた精霊がくるくると円を描く。どうやらそれは喜びを表しているらしく、クロエの腕や首へまとわりつくようにして繰り返している。


「え……と、なにがなんだかよく分からんが、いい事なのか、これ?」

「あ、ごめんねはしゃいじゃって。さっきも言ったけど精霊は魔女一人一人に付き従ってくれる存在なんだけど、魔女にしか見えていないのよ。ヴェルは本当は人懐っこい性格なんだけど、里の外に出る魔女は数が少ないから……私以外の人と話すのは初めてなの」


 ヴェルと一緒に踊るような足取りだったクロエが説明してくれて、ようやく得心する。なるほど、言われてみればヴェルから俺に対する興味というか、視線のようなものを感じる。今まで隠れていたのは、どうせ見えないからと姿を現わしていなかったのだろう。


「……とりあえず、採取するものを採った方がいいんじゃないか? またあの熊みたいなのが出てくるかもしれないし」

「そ、そうね。そうよね。私ったらはしゃいじゃって……ごめんなさい」


 謝りつつ跳ねるような足取りで花園の中へと歩いていく。目当ての花の側にしゃがみ込み、採取する仕草もどこか楽しげだというのは出会ったばかりの俺でも分かる。その傍らで、ヴェルも嬉しそうにクロエの周りを踊るように飛び回る。

 どうやら、思わぬ所で二人の好感度を上げたらしいと理解する。恐らくは、そう思うほどにお互いしか認識しない時間が長かったのだろう。

 結局、採取を終えて帰路に着くまでクロエとヴェルはずっと上機嫌だった。

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