ラ・ミルラ
ネムリル嬢に案内されて辿り着いた中庭は、中庭というのが憚られるほど広い空間だった。物資の集積所か仕分けかでも使われているらしく、周りには様々な交易品が積まれては指示に従って仕分けされているのが見える。
「やあやあ、来たな。結構結構!」
その中央、腕組みをして俺たちを待ち構えていたラ・ミルラが声を張り上げる。仕分けをする商人たちの雑然とした声の中にあってなお、その声はよく聞こえてくる。
その姿は先程までとは違い、甲冑を身に纏っていた。ただ、全身という訳ではなく、上腕や股の付け根は覆われておらず、頭も額当て以外は露出している。
それだけを見ると騎士のようだが、妙なことに剣も盾もその手には持っていない。
その代わり、手甲が妙に大きくごつく作られており、鎧や肩当て、脛当てなどは妙に丸みを帯びている。
「さてさて、それではお手合わせを願おう。手加減無用、模擬剣も無用。その腰に提げたもので、お互いの全力を見せようではないか!」
がちん、と手甲を思い切りぶつけ合わせる。その音の大きさから、やはりそれが武器も兼ねていると分かる。
ラ・ミルラは『黒い森』の条件に合うと自分で言っていた。俺たちが求めているのは壁役、支援役、斥候役だが、支援役には見えない、かといって盾を持たないラ・ミルラに壁も無理だろう。ならば斥候役か。
斥候役はパーティーに先んじて偵察を行い、もしも敵と遭遇すれば場合によっては単独で戦闘することになる。そういう点から戦闘力も求められる。ラ・ミルラの自信と鍛え方を見るに、間違いないだろう。
俺は刀を抜き、ラ・ミルラの正面で向かい合う。いつの間にか周りの商人もドズムンドさんたちと同じように俺たちを見つめている。
その中には鉄洞級の俺を見て、どこか哀れんだものを含んでいるのが分かる。ということは、ラ・ミルラは彼らにも知られているほどの実力者ということだ。
それを知ってか知らずか、肩をぐるぐると回していたラ・ミルラが構えを取る。どっしりと腰を下ろし、右手を開いたまま前に出した、まるで総合格闘技のような構えだ。
「それでは全身全霊、全力で、いざ――」
『勝負!』
互いに咆吼し、正面から突撃する。てっきり素早さを生かして攪乱してくると思った俺は面食らうが、それでも刀を振るう。狙いは袈裟懸けの太刀筋。
避けるか踏み込んでくるか。そう予測していた俺の一撃は、しかしあっさりと覆される。
「なにっ!?」
ラ・ミルラは刀の横腹を拳で殴りつけて軌道を変えた。その動きの流麗さと技術に思わず声が出る。そして体勢を崩した俺の懐に踏み込み、ボディブローを打ち込んでくる。
「ぐっ!」
その重厚な手甲の印象に違わず、重く鋭い一撃が脇腹を打つ。腹筋を締めていなかったら、あるいはここで倒れていたかも知れない。
だが、耐えた。そのまま刃を翻して横薙ぎの一撃を放つ。今度は拳は間に合わない。
「っ!」
だが、ラ・ミルラはそれを胸当てで受け止め、信じられないほどの体の柔らかさと身体のひねりでその切っ先を受け、そして流す。その受け流しに逆らおうとしても、どういう技術なのかラ・ミルラの体術であっさりと刃は鎧の上側を滑る。
盾や武器で受け流すというのは見たことはある。だが鎧の曲線と身のこなしだけで受け流すなど聞いたこともない。
いや、それ以前に最初の刀を叩いてずらすというのもとんでもない技術だ。鎧が丸みを帯びているのも、受け流しやすくするためだろう。
「せいっ!」
体勢を崩した俺に再度拳が繰り出されるが、俺は大きく下がって距離を取る。
そうして刀を握り直し、向き直る。戦いへの昂奮からか、ラ・ミルラの白い頬は紅潮して潤んだ瞳で俺を見据えている。
「さあ、さあさあ。今度はこちらから行くぞ!」
全身に鎧を纏っているとは思えないほど、軽快な踏み込みで俺との距離を詰める。だが、それは予想済みだ。今度は斬撃とは違う、突きを放つ。胸の中心を狙った刺突をラ・ミルラは手刀で叩き落としにかかる。
「むっ!」
それも予想済みで、ラ・ミルラの手に添うような動きで刀を下へ動かし、切り返して逆袈裟の斬撃を打ち込む。
今度は受け流せない。そう判断したラ・ミルラは斬撃が鎧へ触れた瞬間に横っ飛びで衝撃を逃がす。
そうして着地した瞬間、俺の懐に飛び込む――瞬間に急停止する。その視線は振り上げられている俺の刀に注がれている。
「いやはや、反応が早い。とても鉄洞級とは思えない! 餓狼の異能体を倒したというのは嘘ではないようだな!」
ラ・ミルラの嬉しそうな声に周りがざわつく。商人たちは鉄洞級の俺がそんな実力を持っているとは思っていなかったのだろう。同時に、俺たち『黒い森』がキールを救ったパーティーであるということも知られたに違いない。
「そりゃどうも。しかし、あなたの技術も凄い。まるで水に向かって刀を振っているような感触だよ」
「うっふふふふふ、それは嬉しい褒め言葉だな。私の求める技術はまさに水。静水にして流水にして激流となって敵を討つ。それが私の理想の形だ!」
嬉しそうに笑いながら拳を構える。このやりとりだけでもラ・ミルラの明るい人柄と理想が窺える。
その笑顔に向かって踏み込み、斬撃を放つ。今度は手数での勝負だ。左右上下突き斬り薙ぎを連続して繰り出す。ラ・ミルラもそれを楽しむように弾き、受け流し、拳で応戦を仕掛けてくる。
「くっ、はっ、だあっ!」
「しっ、ぜいっ、やあっ!」
お互いの呼気と気合が混じり合い、広い中庭の中で位置と攻防を目まぐるしく入れ替える。それでも、お互いに決着はつかない。
ここまで来ればもう分かる。彼女は斥候ではなく、壁役だ。俺の攻撃を悉く弾き、受け流し、反撃する。盾や剣がなくとも鎧と体術だけでそれを可能にしている。
もちろん、それは常道ではない。様々なものがあっただろう。俺なんかが推し測れないものもあったのかもしれない。
けれど、彼女はそれを成した。少なくとも、一つの技術として確立している。
それは、尊敬して然るべきものだ。
大きく振った刃が手甲で受け流され、放たれた拳を体捌きでかわす。もう一度大きく距離を取って、相対する。
「ラ・ミルラ、あなたはお互いを知るための戦いと言ったけど、少なくとも俺はあなたの技術に感嘆している。凄いよ、あなたは」
「ふふ、面映ゆいな。私もトーヤ殿のことはなかなかだと思っている。だが、もう少し手の内を見せて欲しいところだ」
言って、両拳で自分の身体を守る。あからさまな待ちの姿勢に、俺も剣の切っ先をゆっくりと下げる。
今から打ち込むのは最速、最短の一撃だ。防御を固めているラ・ミルラの肩口、そこをこじ開ける刃を放つ。
じりじり、じりじりと距離を詰める。いつの間にか中庭の全てが静寂に支配され、俺たちの攻防を見守っている。
「……だあっ!」
ぎりぎりまで距離を詰め、一気に踏み込んで斬撃を放つ。ラ・ミルラは素早く反応してそれを受け流す。
「むうっ!?」
だが、それは織り込み済みだ。流された勢いを利用して、崩れた体勢から独楽のように回転して再度の斬撃を振るう。
「なんとぉっ!」
しかしラ・ミルラは同じように回転して迫り来る刃を回避する。俺はそのまま斬撃を加速させ、地面に当たる瞬間に握る手を緩める。
かちん、と石に当たって刃が跳ねる。その反動を利用して、再度の斬撃をラ・ミルラへと浴びせる。
「くっ……おっ……!」
体勢を崩したラ・ミルラはそれでも俺の斬撃に反応して受け流す。だが、それは中途半端に終わり、両脚が崩れて膝をつく。
そして最後の最後、先に立て直した俺の四度目がラ・ミルラの首筋へ突きつけられる。
「ふっ……はははははは! 参りました! 見事見事!」
自分の首元にある刃がまるで見えないかのように、完爾 とした笑みを浮かべる。その爽やかさに俺もつい笑ってしまい、すぐに刃を引く。
「あなたも強かったよ、ラ・ミルラ」
「そう言われると嬉しいな。あなたの目に私の力は適ったかな?」
「もちろん」
これほどの実力者を断る理由はない。思っていた壁役とは違うタイプだが、だからこそ面白いし俺の想像の上を行っている。
「逆に、俺の力はあなたに認めてもらえたかな?」
その問いに、ラ・ミルラは笑顔で頷いた。
その顔はまるで、少女のような無邪気なものだった。




