弔い
勝った、という実感はない。ただひたすらに疲れた。がっくりと膝を落として息を吐く。あるいは肩や足の鈍痛がそうさせるのかもしれない。
気付けば、生き残りの餓狼たちは姿を消している。そして倒した餓狼たちの死体もなくなっていた。生き残りが持っていったのだろう。
そしておそらく、彼らの食料となる。仲間を喰らうということに思うところがないわけではないが、それが生き残るためならなにも言えない。彼らの中にある規範、ルールなのだから。それが人と魔獣であっても、尊重されるべきだ。
ただ、俺の前にある異能体の遺骸だけは残っている。その見開かれた眼へ手を添えて、そっと瞼を閉じさせる。
「トーヤさん……」
「アルヴァ、大丈夫だったか?」
「あ、うん。なんとか大きな怪我はないです。それよりもトーヤさんの方が酷いよ。カロラに手当てしてもらいましょう! カロラ!」
座り込んだ俺を支え、カロラを呼ぶ。言われる前にカロラたち四人もこちらに向かってきていた。
「トーヤさんをお願い!」
「ええ。トーヤさん、かなり痛みますが我慢して下さい」
「ぐっ……おっ……!」
昇級試験の時にも味わった、身体が再生していく痛みが広がってくる。それでも、治るというのはありがたい。
「なんとかかんとか……切り抜けられたわね……」
「ぎりぎりだった……皆がいてくれたから誰も死なずにすんだよ」
『黒い森』も『鏡花水月』も、そのどちらの誰一人が欠けてもこの結果にはならなかっただろう。誰かがいなければ、どこからか食い破られて甚大な被害が出ていただろう。
綱渡りの戦いだった。だからこそ俺の中になにか一歩を超えた感覚があり、また同時に足りないものが見えてきた。
「終わりです。どこか引きつるところとかはないですか?」
「いや……大丈夫だ。助かったよ、カロラ」
立ち上がり、手足を動かす。どこか重い部分はあるが、それは治癒魔術を使った反動だ。動かしにくいということはない。
「クロエ、魔力切れは大丈夫なのか?」
「今、薬草を食べて回復させてるわ……万全とはいかないけれど、支援はできる」
言っている間にも袋から赤色の薬草を取りだして口に含んでいる。その表情が顰められているのは、薬草の味が刺激的なのだろう。
全員を見渡す。俺やアルヴァは元より、イルシュカやレェン、カロラも消耗している。しんどいが、さっさと荷物をまとめて拠点へ戻るべきだろう。
「あ……あんたら、無事だったのか……」
そんな俺たちに、後ろから声がかかる。全員で振り向くと、一台の馬車がそこに佇んでいた。その御者の顔は見覚えがある。先ほど餓狼に追われていた青年だ。
「その……すまない。俺が追われていたのに、あんたらに擦りつける形になっちまって……」
「気にしなさんな……って言いたいところだけど、一つ聞きたいことがある」
口を開こうとした俺を制して、イルシュカが前に出る。彼女がこんな風に前面に出てくるのは珍しい。なので、ひとまず任せてみる。
「餓狼ってのは本来山の中で生息してる種類の魔獣だ。それがなんでこんな街道まで出てきたのか……ねえ?」
その口調で言いたいことを察する。イルシュカはたとえばこの青年が餓狼になにかちょっかいを出して刺激したのではないかと疑っているのだ。
「あんたの言いたいことは分かるよ……でも俺は王都グワラグワからロルッセアまで商品を運んでいただけだ……その商品も装飾品が主で餓狼を刺激するものはないと思う。なんなら見てくれていい」
「ふむ……その道にはムレスル山があったけど……餓狼はどの辺りから襲って来たんだい?」
「あの丘の向こう側、少し行った森を抜けた辺りだ……ただ、その森は山の裾野まで繋がってる」
言われて、イルシュカから力が脱ける。どうやら、嘘はついていないと判断したらしい。
「なるほどね……だとすると異能体が山の裾野から森を縄張りにしていて、弱そうな獲物……あんたというよりは馬を狙って来たんだろうね。分かった、信じるよ。もしもやましいことがあるならこうして戻ってきていないだろうしね」
「……ありがとう」
イルシュカが笑うのが後ろからでも分かる。背中の動かし方もそうだし、なによりもそれを見ただろう青年が顔を赤くしているからだ。
わざわざ戻ってきたことといい、今の仕草といい、どうやら商人でありながらどこか純朴なものを持っているらしい。
「それでその……お詫びといっちゃなんだがロルッセアぐらいまでなら駅馬車の変わりを請け負うよ。荷物があるから乗り心地はそんなよくないとは思うが」
その提案に全員が顔を見合わせ、俺を見る。どうやら俺の決定に従うらしい。
「ありがたく受けよう。正直、かなり疲れた……だが――」
足下を見やる。そこにはもう命を喪った餓狼の骸がある。
「こいつを弔ってやりたいんだが、いいか?」
「その餓狼を?」
イルシュカの問いに頷く。この異能体と俺は紛れもなく敵だった。だが、俺は多分こいつとの戦いで色々なことを理解できた。それは多分、敬意を払うべきことだ。
たとえこいつが死の間際、俺を恨んだとしていても。
俺はこいつを弔ってやりたい。
「……手伝うわ」
「私も手伝います」
俺の意を汲んでクロエが、続いてアルヴァたちも頷いてくれる。
「じゃあ、こいつを使ってくれ。野営するときに使うもんなんだが」
言って青年がスコップを渡してくれる。それをありがたく受け取ってから穴を掘り、適度な深さになってからクロエと一緒に遺骸を持ち上げ、穴の中へ横たえる。
そうして穴へ土をかける。クロエ、イルシュカ、アルヴァ、レェン、カロラも次々に土をかけていく。
そうして、俺と戦った餓狼の姿が土の中へ消えていく。
「トーヤさん、これ」
アルヴァが腕ほどもある木の枝を手渡してくる。それは落ちていたとは思えないほど、表面が滑らかになっている。
「風の魔術で表面をヤスリがけしました。簡単に過ぎるけど、墓標にできたら」
「ありがとう」
そのまま、盛られた土の上に突き立てる。簡素だが、それでもここには異能体が眠っている墓ができる。
「天に還りし魂よ、迷うことなく導かれ、安らぎを得んことを」
カロラが祈りの言葉を告げ、それぞれがそれぞれの信仰に従って祈りを捧げる。俺も、両手を合わせて異能体の冥福を祈る。
この世界に仏教があるはずはない。俺が祈るべき仏もいない。だけど、祈りの心はある。俺が殺してしまった相手にも、その心はある。
それは多分、決して間違いのあるものではないはずだ。
名前も知らない異能体――。
どうか、安らかに。




