森の中の雑談
「それじゃあ最終確認だ。俺たち『黒い森』と『鏡花水月』は水蜘蛛と鶏ガエルの討伐を合同で行う。どちらもこの森の奥にある湖に生息しているから、先に遭遇した方から討伐する。報奨金は山分けで、素材はお互いの話し合いで決める。いいかな?」
俺が見回すと全員が頷く。だが『鏡花水月』の面々、特にアルヴァは傍から見て分かるほど緊張の面持ちでこちらを見ていた。
原因はクロエとイルシュカ、二人の銀翼級の存在だ。各々を引きあわせた時、アルヴァに「トーヤさんのパーティーが銀翼級だなんて聞いていない」「クロエさんが綺麗すぎる」「これじゃトーヤさんたちの利益が少なくなる」「クロエさんが綺麗、イルシュカさんの身体が凄い」と散々言われた。
水蜘蛛と鶏ガエルは銅石級から鉄洞級が引き受けるような討伐で、銀翼級が受けるような内容ではないらしい。素材が必要な時は銀翼級が依頼を出したり、市場にある物を金で買い取る方が一般的とのことだ。
ただ、そんな風に騒ぐアルヴァへクロエは「トーヤの教練も兼ねているから大丈夫」と告げ、イルシュカも頷いていた。鉄洞級へ昇格したとはいえ、俺はまだまだ冒険者としての知識が拙いからそれに異存はない。
それでこの話は終わったと思ったのだが、どうも格上の冒険者と組むのは緊張するらしい。アルヴァほどではなくても、カロラもどこか表情が硬かった。レェンは相変わらずどこか茫洋とした眼差しでなにを考えているのか掴みづらい。
ただ、緊張しすぎていい事はないだろう。歩き出してすぐにイルシュカへ視線を送る。この場合俺が言っても効果はないだろうし、クロエは口数が少ない。人当たりがよくて会話もうまいイルシュカが適任だ。
俺の視線を受け取って、イルシュカがくいと杯を傾ける手真似をする。大方、やるから酒を奢れということだろう。指を一本だけ立てて、一杯だけと示すと笑って頷く。
「そういえば、三人は養成所上がりだったね。まだミロクの爺さんは元気だったかい?」
「え、あ、はい。私たちは魔術の授業はあまり受けませんでしたが、基礎教練の時は監督をしてくれていましたよ」
「あの爺さん、私がいるときから「老い先短いワシの全てを伝える」つって毎回悲壮な感じだしてたけど、今でも同じなのかい?」
イルシュカが笑いながら言うと、アルヴァたちも小さく笑う。
「ええ。手の震えもなく、毎回元気に養成所の生徒を叱りつけてました」
「授業が始まる前までむにゃむにゃ言って眠そうなのに、始まると一気に覚醒して?」
イルシュカの捕捉にまた笑う。どうやらそれは養成所の名物講師の話題のようだ。
「変わらないねえ。私がいたときから同じようにしてたよ。魔術の講義なんて、構築した術式をじっくり見られて、無駄があると目を見開いて叱られたもんだ。「この無駄が仲間を殺すかも知れんのだぞ!」って」
「あ、私それやられました。支援の術式が少し遠回りのものを組んでしまった時に」
「あれ、怖いよねえ。目の前でじっくり術式を解析されて一つ一つ駄目出しされるんだから。でもそれがありがたいって思うのは冒険者になってからなんだよね。無駄なくきっちり作られた術式で稼げる時間が、どれほど戦闘で役に立つのか養成所じゃ分からない」
少し遠い目をしてイルシュカが言う。彼女が今何歳かは分からないが、それはかなり前の事なのだろう。あるいはイルシュカもかなり若い頃に養成所に行かざるを得ない理由があったのかもしれない。
そうしてそのイルシュカの懐古に三人とも、特にカロラが深く頷く。
「魔力の無駄、発動時間の無駄、効果の無駄。その無駄が仲間を殺し、その正確さが仲間を助ける。耳に痛い言葉です」
この世界の魔術は自分で術式を構築し、そこへ魔力を流し込んで発動する。その術式も魔力で編むもので、任意で浮かび上がらせることができる。それで講師は術式をチェックして助言したりするのだという。
だからこの世界の魔術士は呪文を唱えない。クロエの呪術、魔女の使うものはまた別系統なので呪文を唱える。そういう違いがあるらしい。
「あの爺さん、あれで王都では賢者の称号もってるらしいからね。素直に聞いておく方がいいよ。実際、私はあのミロク爺さんの助言に従って術式構築してるし」
聖職者と魔術士の両方が使える人間は賢者と呼ばれるらしい。それを聞いたカロラが納得したように頷く。
「賢者……なるほど。だから攻撃だけではなく支援の術式も詳しかったんですね」
「伊達に長生きしているわけじゃないってことさ。老い先は短いらしいけど、ま、ありゃあと二十年は生きるね多分」
イルシュカが笑うと三人もその老人の顔を思い出したのか、明るく笑う。その顔に緊張の色はもうない。
イルシュカに感謝の仕草を向けると、またくいと杯を傾ける仕草を見せる。分かってると頷くと喜色満面の顔で頷き返す。
なにか嫌な予感がするが、ともあれ気持ちがほぐれたのならそれが一番だ。その間に目的地へと近づき、森のざわめきの中に微かな水音が聞こえてくる。
前方を浮遊しているヴェルも警戒の八の字飛行をしている。
どうやら、どちらかの目標がいるようだ。
「着いたぞ……それに何かいるようだ。気をつけて進もう」
「水蜘蛛なら陸地に引き寄せる、鶏ガエルなら湖畔で戦う」
アルヴァが復習する声へ、皆が頷く。
そうして各々が武器を構え、カロラの支援術式が全員へ付与される。木の向こう側にいる敵が気付いた様子はない。
「それじゃあ、行くぞ!」
俺が先陣を切って駆け出す。森から飛び出した視界に映ったのは――。
「うおおお、キモイっ!」
蛙の身体に鳥の羽と鶏の足というなんとも形容しがたい魔物だった。




