女神の紋様
すっかり静まりかえった東地区を歩く。冒険者が集まる東地区とはいえど、夜更けになれば宿場や酒場の近く以外は人通りも少なく、灯りもない。
酔いつぶれたイルシュカを部屋に放り込み、今はレンを送っているところだ。近いからいいとレンは断ったが、俺が押し通す形で了承させた。
なにしろ前世と違って電気の灯りがない分、夜ともなれば真っ暗だし、もしランプを点けていても部屋の窓を閉めているため光が漏れない。
そんな真っ暗な中をレンのような美人一人で歩かせるわけにはいかない。イルシュカの介抱はクロエに任せ、俺はレンを送っているというわけだ。
「それにしても、本当にあっさりと鉄洞級になっちまったね」
「そんな簡単じゃなかったけどな。まあ、運の良さもあったよ」
「ああ。組んだというパーティーかい?」
頷く。アルヴァたち『鏡花水月』と組めたのは今回の最大の幸運だろう。探索の試験で探索を主にしていた彼女らと組めるなど、そうはない。
「それでもだよ。普通なら銅石級で数ヶ月は功績値を貯めて、そこから鉄洞級に上がるんだ。人によっては数年経ってようやく、って冒険者もいる。それを一ヶ月というのなら、やっぱりトーヤには才能があるのさ」
その話はクロエから聞いたことがある。冒険者になったはいいが、討伐や探索が不得手で採取ばかり受け、全く功績値が貯まらない者がいるという。
なんだかんだ言って冒険者とは荒事の職業であり、ゴブリンでさえ討伐できないのであればそれは不向きと言うしかない。行くあてもなく冒険者になり、されどそういった適性がなく、銅石級で燻る者はそれなりの数存在しているらしい。
あるいは俺もフィーに異能をもらわなければ、そうなっていたかもしれない。
「それをトーヤはあっさりだろう? まあ、霧吹き竜を討伐できるならさもありなんって感じだけど。それにアタシの弓が役立っているのなら、嬉しいねえ」
「役立つどころか、もう欠かせない装備だよ。あの弓、かなり使い勝手がいいし、この前作ってくれた腰に着ける金具もいい感じだ。目下の悩みは、弓がよすぎるせいで同時に買った短剣の出番が全くないことかな」
そう言うとレンはくつくつと笑う。いくらか酒が入っているせいか、いつもの彼女よりどこか陽気な仕草が見えている。
「それこそトーヤなら勇者の称号を与えられるかもしれないねえ」
「勇者、か……」
これもクロエに聞いたことだが、この世界の勇者とはそういう職業ではなく、目覚ましい活躍をした者へ国から与えられる称号を指すとのことらしい。
つまりグレンの場合でいえばロルッセアが属する王国、カリガンドル王国から称号を与えられた勇者、ということになる。そしてもちろんカリガンドルには他の勇者もいるし、他の国にも多数の勇者がいる。
そしてその性質上、勇者はギルドの冒険者から輩出されることが多い。困難な依頼を完遂し続けたり、あるいは大規模な魔獣の討伐を行ったりと、分かりやすい功績を挙げやすいからだ。
そこでギルドと国の確執が生まれる。ギルドからすれば、所属している冒険者には自分たちの依頼を優先してこなして欲しい。国としては勇者には国の利益になる行動を優先するべきだというお互いの主張がぶつかり合う。
また、国が勇者へある程度の特権を与えるというのもその確執を加速させている。特権があるのだから国のために働け、という論調が少なからずあり、ギルドはギルドでここまで冒険者を育てたのは自分たちだという論調がある。
「俺はそれより楽しくやれるのがいいかな。なんか勇者だのなんだのってもてはやされるのはあまり性に合わない。自分の思うまま、感じるままに行動したいんだ」
「イルシュカと同じことを言ってるね。ま、それには同感だ。アタシも自分の意に添わないものを作らされるなんて勘弁だ」
そんなことを話ながら歩いていると、見覚えのある建物の前へ辿り着く。言うまでもなく、レンの鍛冶屋だ。
「送ってくれてありがとう、トーヤ」
「いやいや、俺がレンを招いたんだから、当然さ。あ、そうだ」
思い出して袋からプレートを取り出す。ギルドのものではなく、レンに作ってもらい、エリアスに祝福のしるしを刻印してもらったプレートだ。
「これ、受け取ってくれないか?」
「これは……アタシが作ったプレートじゃないか。この刻印は?」
無言で右手を見せると、そこにある紋様と一致していることに気付いて何度か見比べる。
「これをな、俺が関わって感謝した人に渡していこうと思うんだ。それでそれが広がっていけば、それは俺の繋がりってことになるんじゃないかなって」
そしていつか、俺の知らないところでこのプレートを持った人同士が巡りあえば。それはとても素晴らしいことなのではないか。
フィーの祝福が刻印されたプレートを持つもの同士が、世界のどこかで繋がる。
あるいはそれが俺が産み出せるうねりなのではないか。
そこまで説明したわけではないが、感謝のしるしとしてレンに渡すとなぜかおずおずと受け取る。
「これ、首に提げられるんだね……トーヤ、着けてくれないか?」
そう言って後ろを向き、赤毛をたくし上げて褐色のうなじを晒す。酒精で火照ったその艶やかな肌にどこか鼓動を跳ねさせながら、いわれた通りに首へ提げる。
「どうだい? 似合うかな?」
「ああ。似合ってるよ……装丁を考えた俺が言うのもなんだが」
ギルドのプレートは横長だが、このプレートは縦長だ。首に提げられたプレートはレンの褐色へ妙に映えている。
首元を触って位置を整え、胸元の上辺りにプレートを揃えてにこりと笑う。
「ん。だったらいい。それにしても、面白いことを考えるもんだね。途方もないとも言えるけど」
「でも、やってみなければ分からないだろ? 俺が後どれぐらい生きるのかは分からないが、数年、十年、数十年、その間にどれだけ広げられるか。そういう楽しみがあってもいいと俺は思う」
「……そうだね。ふふ、じゃあありがたくもらっておくよ」
そこで風が吹く。少しぬるい夜風は、二人の会話を切るような音を立てて横切っていった。
「それじゃあ、アタシは帰るよ。それともトーヤ、上がっていくかい?」
「……レンはもう少し自分を大切にした方がいい。美人なんだから」
「冗談じゃないんだけどねえ」
そう言いながらも笑って俺の肩を叩く。そうして扉に鍵を差し込んでこちらを振り向く。
「それじゃあトーヤ、おやすみ」
「ああ、おやすみ。またな」
手を振り、レンが家へ入るのを見届ける。そうして振り返り、歩いた道を戻っていく。
再度まとわりついてきた夜風は、涼しげなものだった




