昇級試験 七
じわり、と患部に熱がこもるような感覚が広がる。そしてその感覚は傷口を掻きむしりたくなるようなむず痒さに変わり、筋肉が引きつるような痛みも走る。
「む……お……」
「ごめんなさい、痛いですよね。私の治癒術は初級ですので、治癒の痛みまで消せないんです」
「いや、治してもらってるだけでありがたいよ。治癒の術なんて初めてだから、ちょっと戸惑っているだけだ」
実際、傷が即座に治るというのはなんとも不思議な経験だ。先ほどまで熱い痛みを主張していた部位は今はその傷痕が消え、ただ腕の中はまだなんというか引きつるような痛みが渦巻いている。
おそらく、この治癒術式は自然に治るプロセスを術と魔力によって急速に行っているのだろうと推測する。だから、治癒の際に出てくる痛みも一気に来ているのだ。
とはいえ、これならば刀はちゃんと振れる。
「……どうですか?」
「うん、治ったと思う。いやはや、凄いな。ありがとう」
試しに腕を動かしながら感触を確かめる。やや鈍くなっているが、それでも闘いに支障はないだろう。そもそも、戦闘時に万全の状態であることはほとんどない。
「いえ、先ほども言いましたが私はまだまだ未熟ですので。高位の術者になれば痛みもなく一瞬で治癒できますし、最高位であれば死からも復活できると聞きます」
「死んでも復活か……それは凄いな」
「ええ。ですからまだまだ修行が足りません」
自分からすれば傷が一瞬で治るだけでも凄いのだが、そこはそれ、聖職者の中でも色々とこだわりがあるのだろう。
「しかし死から蘇るってどんな感覚なんだろうな」
「それは……どういう?」
「いや、気絶とか深い眠りとかはまだ身体が生きているわけだろ? そこから覚醒するというのは感覚として分かるんだが、死んでいるっていうのはもう完全に活動が停止しているわけで、そこから蘇るっていうのはどういう感覚なんだろうなって」
これは純粋な疑問だ。たとえば前世では三途の川を渡っただの走馬燈を見ただのはあるが、純粋な死亡から蘇ったという話はないはずだ。
気絶からの覚醒というのは、霧吹き竜との戦いの後で体験した。あれはまあ、深い睡眠から覚めるのと同じようなものだった。
死からの覚醒とはどういうものか、気になる。
とはいえ――。
「まあ、体験したいものじゃないけどな」
「そうですね。五体満足が一番です」
カロラがくすりと笑う。そうして消えた傷痕の辺りになにかを塗り、最後に短い魔術を唱える。
「これで終わりです。最後のものは次からはここが怪我しないようになるという、おまじないみたいなものです。私のものですから、効くかどうかは分かりませんが」
「効くさ。きっと効く。そう思っていたら効くもんさ」
「そうですね。きっとトーヤさんを護ってくれます」
断言する俺にカロラが笑う。イワシの頭も信心から。こういうものは信じているからこそ、効果を現わすのだ。それに女神がいる以上、まじないだって効果がある。
「おーい、こっちは終わったよ」
「大猟大猟」
そんな俺たちの所へアルヴァとレェンが戻ってくる。治療の間、水晶蜥蜴の剥ぎとりと水晶花の採取を頼んでいたのだ。どうやら思ったより成果があったらしく、二人とも顔が明るい。
「ああ、お疲れさま。悪いな、そっちの処理を任せきりにして」
「全然、大丈夫ですよ。私の方こそ最後油断してすみませんでした。そのせいでトーヤさんが負傷したんだし……」
「いやいや、あいつがあそこでアルヴァを狙うなんて俺も思ってなかったし。そこはお互い様さ」
そう、あの時俺は出だしが一歩遅れた。爬虫類のしぶとさを思えば、あの状況は予想してしかるべきだったのだ。そして予想していればもっと速く斬り落とせて、被害もでなかったに違いない。
「それよりも、あの蜥蜴の前で方向転換したの、どうやったんだ?」
「ああ。あれは空中に風の塊を作ってそれを蹴り飛ばしたんです。私、魔術の素養があるんですけどあれぐらいしかできなくて……」
「でも意表をついてなかなか上手い使い方だと思うよ。蜥蜴もビックリしただろうけど、俺もビックリしたから」
おどけてみせるとアルヴァも笑う。カロラもそうだが、アルヴァもレェンも自分のできることを最大限利用して冒険者として活動している。
俺も昇級したら、自分のできることをきちんと把握しよう。そろそろ、もらった異能がどういうものか正確に知っておくべきだ。
とはいえ、俺の異能の全貌はフィーだけが知っているので、把握しようとしてできるものなのかどうかも分からない。
だが、それを踏まえても今の自分を知るべきだと思うし、『黒い森』に足りない部分も考えるべきだ。
やることは山積みで、そしてそれはここから無事帰還してこそだ。
「水晶花の群生地も発見した。水晶蜥蜴も討伐して素材を採取した。後は帰還するだけだな」
三人が頷く。アルヴァ曰く、迷宮の中は半年周期で変化するらしいので、この群生地は半年ほどは正確な地図になるらしい。
「よし、じゃあ気をつけて帰ろう。無事に帰ってこそ冒険だからな!」
「あ、トーヤさん、それ私が言おうと思ったのに」
くつくつと笑いながらもうお馴染みになった隊列を組んで出口へ向かう。戦闘をこなした後だが、その足取りは妙に軽かった。




