ヒーローの真似事
「トーヤ、連れてきたわよ」
「ああ、ありがとうクロエ」
目覚めて回復してきているとはいえ、あまり動き回れない――動き回ろうとするとクロエやイルシュカが止めてくる俺に変わって、クロエが二人の人間を連れてきてくれた。
ケインと、この村の村長だ。
「や、ケイン。無事でなにより」
「トーヤも……無事じゃないけど生きててよかった」
「なんとかな。死にかけたけど生きてはいるよ」
笑ってみせると、ケインも小さく笑う。その横で、年嵩の村長が緊張した面持ちで俺を見ている。
「あなたがこの村の村長さんだろうか?」
「え、ええ。長を務めておりますダロス・ランドルアと申します」
「これはご丁寧に。俺はトーヤ、見ての通り瀕死の冒険者だ」
ダロスさんの名乗りに俺も病臥ながら礼で返す。こちらはケインのように打ち解けていないからか、どこか引きつった笑いを浮かべるだけだった。
「で、ダロスさん。ちょっとした相談があるんだが、その前に聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと、ですか?」
「ああ。他でもない、今回の霧吹き竜の被害、これは村の蓄えでなんとかなるものだろうか?」
俺の問いにダロスさんどころかケインも表情を硬くする。ランドルア村は控えめに言っても栄えているとは言えない村だ。蓄えもそう多くないだろう。
しばらくの沈黙。それを溜息混じりの声が破る。
「正直言って厳しいですな。先の襲撃に加えて今回の襲撃、それと討伐以来の成功報酬もギルドに支払わなければなりませんから。やりくりはしてみますが……おそらくあまり良い結果にはならないでしょう」
「ダロスさん……」
ケインがダロスさんの横顔を見ながら声を絞り出す。村が貧したとき、最初に割を食うのはケインやサーラのような男手の少ない家だ。さらに言えば、ケインの家はおそらく今回の襲撃でさらに破壊されているだろう。
「今回の襲撃で人死にも出て労働力も減りましたしな。この家も、死んだブロブの家ですし」
「そうか……」
家に関しては薄々気付いていた。生活用品が揃っているのに、家人が全く姿を見せないというのは不自然だからだ。蜂蜜などはイルシュカの自前らしいし、食品などには手を付けていなかったが、それらもいずれは村の皆で分けるのだろう。
だが、それならばやはり俺の提案は受けいられるだろう。
「じゃあ、ここからは相談だ。村長さん、村にある霧吹き竜の死骸を解体するのを手伝ってくれないか?」
「手伝い……それは構いませんが」
村に放置していても腐るだけだし、その匂いにつられて別の魔獣が来る可能性もある。村としても解体しておきたいのは当然だ。
ただ、問題はギルドが討伐した以上勝手に解体はできないのだが、今回は俺が所有権を持っている。
「もちろんただとは言わないさ。村にある五体のうち、二体の素材は俺たちがもらう。残りの三体はランドルア村の財産にすればいい。村の五体は俺が所有権を持っているからな、ギルドに横槍を入れられる心配はない」
「三っ、三体もですか!? 本当に!?」
ダロスさんが顔に似合わない素っ頓狂な声を出す。だが、それも無理はないのかも知れない。霧吹き竜は銀翼級が討伐で集められるだけあって、切り出した素材はかなり高額で売れる。三体もいるならば、それなりの金額になるはずだ。
「あ、ありがたいお話ですが、なぜ……?」
ダロスさんがこちらを窺うように見る。それもそうだろう。冒険者と来れば横暴なならずものが一般的なイメージだ。もしかすれば、ケインの父親が亡くなった件に関しても色々と思うところがあるのかも知れない。
現に、ゴルザやグレンのような輩もいる。
だが、俺やクロエ、イルシュカはそいつらとは違う。
「んー、いやまあ、今回の件、ギルドは群れを把握していたが一部の霧吹き竜が暴走して、それをギルドの指令を受けた俺が倒したっていう風に喧伝するんだろうけどな」
そう、これはギルドに対する俺の意趣返しでもある。功績を横取りされるのなら、せめてこうでもしなければ、腹の虫が治まらない。
「でも実際はギルドのしでかした過失だ。であるなら、ギルドはランドルア村へ補償をするべきだが……まあこの発表で押し通すならしないだろうな」
肩をすくめて、少しの痛みを脇腹に感じる。しばらくは刀を振らずに静養しておこうと決める。
「だったら。だったら、俺がそうすればいいと思っただけだ。それに無料ってんじゃない。俺はこの様だし、クロエやイルシュカは解体作業にあまり向いてない。だから、村の人員を借りて俺たちの分の素材を解体してもらおうって言ってるのさ。言わば、これは取引だな。村は人員を動員して霧吹き竜を三体手に入れる。俺たちは霧吹き竜三体を渡して二体分の素材を得る。どうだい?」
「是非……是非その取引に応じさせてください。ありがとうございます! ありがとうございます……っ!」
ダロスさんが俺の手を取り、深々と頭を下げる。
「すぐにでも人を集めてきます。ケイン、お前も手伝いなさい。解体作業はできるだろう?」
「あ、うん。父さんが手空きの時は猟もしてたから……」
言ってすぐさまダロスさんが家から出て行く。ケインもそれに続こうとして、一度だけこちらを振り返る。
「トーヤ、ありがとっ!」
少年らしい快活な笑顔へ手を振って、その背を見送る。二人が出ていった後、イルシュカが立ち上がる。
「それじゃあ私は作業を監督してくるかねえ。村人たちじゃあどれが素材か分からない部分もあるだろうしね。それにしても、葡萄酒でもあればいいんだけど。霧吹き竜の肉をつけ込むといい具合に柔らかくなってうまいんだよ」
相変わらず、酒のことになると目がない。とはいえ、俺もその霧吹き竜のステーキは気になる。後でダロスさんに売ってもらえないか聞いてみよう。
そんなことを思っていると、クロエが寝台の縁へ腰掛ける。手には白湯の入った椀を持っている。
静かな時間だ。思えばクロエと出会って冒険者になって以来、こんな時間を過ごしたことはなかったかもしれない。それが怪我をして得られたというのはなんとも皮肉なものだが。
「なにはともあれ、これなら結果としてはまあまあね。トーヤの身体以外は」
「……本当にもう気をつけるから勘弁してくれ」
弱り切った俺の声にクロエはくすりと笑い、白湯を一口含む。小さく息を吐いて、しばらくの静寂に浸る。
クロエの言う通り、結果としてはそこそこだ。だが、フィーやクロエ、イルシュカに大きな心配をかけてしまった。そこは反省するべきだ。
俺はヒーローじゃない。ヒーローに憧れることが精一杯の人間だ。誰をも守る事はできない。
だったら、せめて自分の周りと自分の関わったことぐらいは。
傷つけず、正しい行動をしていこう。
ランドルア村は助けることができた。
次からは俺が倒れることなく、それをやる。
そうすれば、ヒーローの真似事ぐらいにはなるのではないだろうか。
クロエを見る。ちょうど彼女も俺を見ていて、視線が合うと柔らかく微笑んでくる。
目が覚めたとき、今の顔が想像できないぐらいに沈み込んでいた。イルシュカも同じようだった。
まずは近しいパーティーの二人を、そこからその周りを。
一足飛びに強くはなれても、それだけで格好よくはなれない。
ヒーローではない俺は、一歩一歩確実に進んでいこう。
そう決めて笑い返すと、クロエは何故かそっぽを向いて白湯を飲んだ。
どうやらまだ少し怒っているらしい。ロルッセアに戻ったら、おいしいものでもご馳走して機嫌を直してもらおう。
そう思って俺は寝台へ身体を横たえた。




