霧吹き竜
野営地よりさらに東、開けた場所で冒険者たちが布陣する。とは言っても、パーティーごとで大まかに中央左翼右翼を形成して、人数の偏りがないように単独の冒険者を組み入れる程度のものだ。
俺たち『黒い森』は左翼、村に近い側へと配置されている。そして待ち構える冒険者たちの後ろでは、薪が井桁に組まれて大きな炎を上げている。
ただ、その目的は炎ではなく、その中へ投げ込まれる香だ。なんでもその香は霧吹き竜が好む匂いを放つらしく、これで誘引して討伐するとのことだった。
待機を始めてからどれほどの時間が経っただろうか。この世界には大まかな時計しかないので、細かな時間は分からない。ただ、体感で一時間は経ってないだろう。
「……来た」
イルシュカが小さく呟く。瞬間、森の入り口に配置されていた見張り員からの笛が響く。その音で、冒険者たち全員に緊張が走る。
それでもしばらくは変化はない。やがて森の中から一頭、二頭、次々に霧吹き竜が姿を現わし、群れがこちらへと突撃してくるのが分かる。
「茨の靴は暗い棘」
クロエの呪術が群れの足を鈍らせる。だが、まだ俺たちは仕掛けない。後方の中央が受けてから、両翼が左右から横撃するというのが大まかな戦術だ。鶴翼の戦術としてはまっとうな形だろう。
それにしても、大きい。形状は二足歩行する首長竜のようなシルエットで、伸ばした首が大人の二倍ほどの高さがある。あの高さからブレスを吹き付けられれば厄介だが、逆に言えば潜り込めばブレスの心配はないということでもある。
香は思考も縛るのか、霧吹き竜は一目散に中央の冒険者たち、正確にはその後ろにある井桁の炎を目指している。
「ギアアアアアアアッ!」
中央の冒険者から魔術と矢が放たれ、そこでようやくこちらを邪魔者だと認識したらしい。霧吹き竜が足を止めて中央の冒険者たちへ攻撃を始める。
その内の何頭かが首を反らし、ブレスの準備に入る。
「ほいっと」
だが、吐き出される霧のブレスはイルシュカの魔法で散らされる。イルシュカが放った豪風は吐き出す側からブレスを無効化し、その隙に冒険者たちが霧吹き竜の懐へと潜り込む。
俺も見ているだけじゃない。レン特製の弓を引き、魔術の矢を放つ。霧吹き竜は鱗は硬くないので、撃つ側から首に胴に一撃を与えていく。
ただ、それでも身体が大きいためにいまだ誰も致命傷を与えられていない。そして、中央だけではなく左翼のこちらへも数頭の霧吹き竜が突撃してくる。
「来たな……迎え撃つ。援護よろしく!」
「あいあい」
「月光の水よ、夢へ誘え」
弓を放り投げ、刀を抜き放つ。こちらに向かってきたのは三頭。うち一頭は他の冒険者パーティーが注意を惹き、もう一頭はドレンとドランの二人が受け持ってくれる。
真っ直ぐに突進してきた一頭を見据え、ブレスを喰らう前に距離を詰める。
「むっ!」
だが霧吹き竜はそれを読んでいたかのように反転して尻尾を叩きつけてくる。唸りと共に迫り来る丸太のような尻尾をなんとか回避し、再度距離を詰める。が、今度はそこへ爪が叩きつけられる。
「く、おっ!」
「トーヤ、ブレス来るよ!」
それを刀で防ぐと、イルシュカの警告が届く。見れば、霧吹き竜が首をめいっぱい反らせて準備に入っている。
「イルシュカ、頼む!」
「任されて!」
「泥の泉は闇の沐浴」
クロエの呪術で目の前にいる俺を一瞬見失う。その隙に爪を押し返すと獲物を見つけた喜びと共に牙だらけの口が開かれる。
魔術の素養のない俺でも、その口内に高濃度の魔力がわだかまっているのが分かる。これを喰らえばひとたまりもないだろう。
だが、俺は下がらずに前へ突き進む。そんな人間を嘲笑うように口からブレスが放たれる。
「ギイイイイッ!」
しかしそれはイルシュカの風で吹き散らされ、ただの霧と化す。目の前で見て分かったが、イルシュカの風もまた魔力を内包しており、だからこそ霧のブレスを無効化できるのだと理解できる。あるいは魔術によって引き起こされる現象全てに魔力が付与されているのだろう。
自慢のブレスが意味を成さないと理解して、霧吹き竜の顔が憎悪に歪む。もう一度腕を振り上げて爪を振り下ろそうとするが、その時にはすでに懐へ潜り込んでいる。
「でぇい!」
気合一閃、太い足を横一文字に薙ぐ。手応えと共に黒い血が噴き出す。それでバランスを崩した霧吹き竜が、それでも尻尾を振り回す。
「っと、っと、おおっ!」
尻尾が叩きつけられるたびに地面が揺れ、土砂が飛び散る。一撃でも食らえばただでは済まないが、冷静にそれを見極める。
「ギオオオオッ!」
斜め上から振り下ろされる尻尾、そのどこへ刃を放てば振り抜けられるか。俺の目はそこを見破り、前へと踏み込む。
怖れはない。俺はそうすればできるということを、すでに知っている。
一閃、轟音、そして二つに別たれた尻尾が遅れて地面へ落ちる。
「ギアアアアアアアアアアッ!」
霧吹き竜の咆吼が空気を振るわせる。そして怒りのまま、やたらめったらブレスを吐き散らす。
「イルシュカ、俺に向かうブレスだけ対応を頼む!」
「りょーかいっ!」
返事は軽いが、イルシュカの仕事は確かだ。俺の周りの地面は霧でえぐられ、飛び散るが俺だけは何も被害がない。
そのまま正面から突撃し、跳躍する。先ほどの尻尾で要領は得た。次は、首だ。根元より上、できるだけ顎に近い部分を狙い、刀を振り抜く。
筋肉の塊だった尻尾とは違い、骨を断つ手応えが手の平へ伝わってくる。そしてそれは霧吹き竜の最後も示していた。
「……ふう」
トカゲのように斬った後もしばらく生きているということはなく、首を断ってすぐに全身が動かなくなる。
見れば、他の二頭も同時に倒されたようで後は中央――というところで村の方角からギルドの連絡員が走ってくる。
「大変だ! 村にも霧吹き竜が襲来した! 群れは二つあったんだ!」
その報告に、全員が固まった。




