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ケインとサーラ

 散らばった破片を片付け、土を均し、杭を打つ。そこに横板を渡し、釘で打ち付けていく。前世でも父親の日曜大工を手伝っていたので、その辺りでのもたつきはない。

 ふと嬉しそうに犬小屋を作っていた父親の背中を思い出す。犬小屋や家庭菜園の柵やら本棚やら妙に物作りをしたがる父親で、母親はそれを笑いながら見ていた長谷部家での光景が蘇る。

 二人とも早くに亡くなったのでもう前世の世界には俺の死を悔やむ人はいないだろう。ただ、二人がもし生きていれば深く哀しんだだろうし、同僚を庇ったと知れば父親は褒めてくれるだろう。

 転生先でこんな風に戦って生きていると知ったらどうするだろうか。母は困ったような笑顔でそれでも頷き、父親も笑いながら背中を叩いてくれる。そんな気がする。

 作業はさほどの苦もなく進んでいく。とはいえこれは俺がフィーの異能で筋力も上がっているからこそで、少年のケインであれば人の背丈ほどの杭を打って横板を釘打つのは重労働だっただろう。

 柵を直している俺を何人かの村人が不思議そうに眺めてきたが、各々の作業があるからかすぐに立ち去っていく。俺も特段構わずにただ柵を直していく。


「……トーヤ、なにしてるの? ヴェルがここにいるって教えてくれたんだけど」

「クロエか。柵を直してるんだよ」


 釘打ちをしている俺の背中にクロエの声が届く。振り向くと、村人と同じような疑問の目で俺を見ている。その隣にはヴェルがふらふらと飛び回っている。


「曲がりなりにも他が直っているのにここだけ人手が足りなくて放置されてたからな。ここから霧吹き竜が入ってくれば被害が広がるだろう? だから俺が直しているのさ。時間もあるしな」

「ふうん。見てていい?」


 頷くと、側にしゃがんで俺の手元を眺めている。とはいっても特段珍しい作業をしているわけでもない。杭を打って、すでに打ってある杭との間に横板を渡して、そのまま釘を打つ。横板は一枚だと隙間が大きいので、三枚渡す。

 本来なら複数人でやるべきかも知れないが、筋力が増大した俺なら板がずれないように支えながら釘を打つのも苦ではない。

 やがて、最後の板を固定し終え、柵の修理が終わる。とはいえ、仮の素人仕事であるから集中して攻められればひとたまりもないだろう。

 だが、それでもあれば最初からここを狙うという行動はしないだろう。少なくとも、霧吹き竜の選択肢を縛ることはできたはずだ。

 道具をまとめ、ケインの家へと向かう。ケインの家も外壁が崩れ、屋根も穴が空いてしまっている。


「ケイン、修理が終わったぜ」

「もう終わったのか。さすが冒険者だ、速いね」


 家の奥からケインが顔を出す。家の片付けをしていたのか、その顔は埃っぽくなっている。


「ああ。悪いが道具はケインから返却してもらっていいか?」

「それぐらい、お安いご用だよ」

「ケイン、お客さん?」


 話していると、奥から声が聞こえてくる。小さくか細いが、それでも意志の強さを窺わせる芯がある。


「あ、うん、母さん。さっき話してた冒険者の人」

「そう……トーヤさん、でしたか。申しわけありませんが、一言お礼が言いたいのですが、こちらに来てもらえませんでしょうか? 本来ならば私が顔を出すべきですが、身体がうごかず……」


 その言葉にケインを見ると、小さく頷く。許可をもらって奥に進むと、小さく区切られた部屋の中に一人の女性が半身を起こしてこちらを見ていた。

 病気のせいか肌が青白く、痩せているが美しい人だ。ケインに似た芯の強さを窺わせる瞳がじっと俺の顔を見ている。


「初めまして。私はサーラ。ケインのこと、ひいてはこの家の事を助けて下さり、ありがとうございます」

「いや……依頼があったからこそだよ。そんな畏まらないでいい。それに、霧吹き竜の討伐にも利があることだしな」

「ですが、これは本来私がやるべきことです。それを冒険者のトーヤさんにさせてしまった、ごほっ!」


 言葉の途中で咳き込む。その音を聞いてクロエが綺麗な眉を顰める。そうして、一歩前へ出る。


「あなたは……?」

「私はクロエ。トーヤと同じパーティーの魔女よ、ちょっと失礼」

「ひあっ、なにを……んっ!」


 クロエがその細い手を伸ばし、サーラの喉へ当てる。そのまま手の平をずらし、襟首から胸元を直接触る。


「あの……なにを……こふっ」

「……」


 そのまましばらく手の平で触診を続け、ゆっくりと手を抜く。そうしてケインを振り返り、口を開く。


「お母様について、医者はなんて言ってるの?」

「分からない……この村には医者がいないし、流れの医者にかかる金もないから……うちは食っていくだけで精一杯なんだ」

「そう……」


 聞いてクロエは自身の収納袋から青色の物を探り、一つの草を取り出す。


「これ……この草、見たことある?」

「あ……うん。林で生えてるのを見たことある」

「そう、これを数束摘んで、ゆっくりと煮だした汁を冷ましてから飲ませるといいわ。それで、咳は収まる。一束あげるから、試してみて」


 ケインの手へ草を置く。葉がノコギリのような形をした、特徴のある草だ。魔女だからか、クロエは薬草学にも詳しい。


「そんな……親切にしてもらった上に薬まで、もらえません。こほっ」


 サーラが遠慮しようとするが、クロエは小さく首を振る。


「これはそんな、薬と言うほど価値のある草ではないわ。そしてあなたの病気も本来ならそこまで重篤になるものでもない。だけど栄養の不足と、咳が止まらない事による体力の低下が長引かせてる。栄養はどうにもならないけど、咳ぐらいは止めた方がいいと思う」


 そう言ってケインを見る。手の平とクロエを交互に見て慌てて部屋を出る。台所で煮出すのだろう。


「どうして……そこまでしてくださるのですか? 冒険者にとって、私たちのような村人はそのような価値のある人間ではないでしょう? 樵だった私の夫も、冒険者に無理矢理協力させられて傷を負って死にました。冒険者とはそういうものではないのですか?」


 聞かされた話に思わず眉を顰めてしまう。おそらくゴルザのようなたちの悪い冒険者に行き遭ってしまったのだろう。そこは俺が原因ではない。だが、奇しくもカムラスに言った通り、俺が冒険者である以上は責任の一端はある。


「それに関しては、冒険者にはそういう奴が多くいるとしか言えない。ただ、俺は――俺とクロエ、そしてもう一人は違う。それは保証する。そして俺は俺の判断でこうしたし、クロエはクロエの判断でこうしたんだ」

「……」


 無言でサーラが俺とクロエを見る。そうしてしばらくの時間が経ってから、小さく息を吐く。


「そう、ですか……ともかく、ご親切にしていただいてありがとうございます。なにか……お礼を……こほっ!」

「無理しなくていい。ひとまず俺たちは霧吹き竜の討伐に参加するから無事でいるかどうかも分からないしな」

「なら、全てが終わった後に一回こちらへ寄って下さい。必ずなにかお礼をいたしますので」


 ここで固辞するのは簡単だが、サーラはそれで納得しないだろう。降参するように小さく手を挙げて頷く。


「分かった。生きてたらまた寄らせてもらうよ。それよりも横になっていた方がいい。俺たちはそろそろ失礼するよ」

「それでは、失礼して……必ず、お願いします」


 それを聞いて、サーラが横になってか細い声で見送る。やはり辛かったのか、すぐに目を閉じて呼吸を整えている。

 そうして台所で薬草を煮出しているケインに向かって声をかける。


「ケイン、俺たちはそろそろ戻るよ。お母さんを大事にな」

「あ、うん。柵の修理、ありがとうトーヤ。クロエさんも、薬草をありがとう」

「ええ。ただ薬草は霧吹き竜の討伐が終わってから採取しに行きなさい。今、あの林はあいつらの縄張りになっているだろうから」


 そう言い置いて家を出る。

 村から野営地に戻るまでの間、相変わらず村人たちは俺たちを奇異の目で見ていた。

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