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追放された魔女 ※クロエ視点

「クロエ、俺たちのパーティーから脱退してくれないか?」

「え……」


 目の前の男、グレンから言われた私は言葉を失った。

 私が脱退? なぜ? 今日も依頼をこなして無事に終わり、いつものように宿の自室で身体を休めていただけなのに。


「……自分でも分かっているんだろう? 魔女の君は、今はもう俺たちのパーティーにとって足手まといになっているんだ。君は俺やネフィルのような火力も出せない、シャラのように即時の回復もできない、ドルガのように盾にもなれない。今日だって後ろで呪術を行使していただけだろう?」


 目の前の男がなにを言っているのか分からない。確かに魔女である私は魔術士のネフィルのように広範囲殲滅はできない。僧侶のシャラのように戦闘時に回復はできない。ドルガのように強靱な肉体と技術で敵の攻撃を引きつけられない。

 そしてなにより国に勇者として認定されたグレンのように強くはない。

 けれど、それでも――。


「でも、呪術で相手を弱体化させているじゃない」

「だから、それがもう要らないって言っているんだ。俺たちパーティーの力からすれば、弱体化させるまでもなく敵を倒せる。そういう次元に達しているんだよ、クロエ、君以外はな」


 本気で言っているのだろうか。今日の依頼にあった鋼鱗の火竜だって、私が呪いで鋼鱗の強度を落とし、飛行速度を緩め、思考力も奪っていたのに。

 そうでなければドルガは炎の吐息で歩く松明にされ、ネフィルは翼の風で吹き飛ばされ、グレンの剣は何度も何度も斬りつけてようやく鱗を切り裂けただろう。

 呪術の手応えは、一人前の魔女なら誰でも分かる。

 もちろん、パーティーが勝てたのは私のお陰、などと(うそぶ)くつもりはない。私だって、誰かがいなければ戦いの役には立てないのだから。

 だけど、こんな風に思われていたなんて。


「本気で言っているの?」

「ああ、本気だ。俺たちは君じゃない他の人員を加えて、さらなる高みを目指す。勇者である俺からすれば、当然のことだな。だからクロエ、君には抜けてもらう。ただ、そうだな――」


 そこまで告げてからグレンの視線が私の身体をなぞって、本能的に身を隠す仕草をしてしまう。魔女の務めとして着ている真っ黒な服は身体の線を隠してはくれるが、それでも自覚があるほど胸の大きさは男の視線を集めてしまうことを知っている。

 そして、それは私の最も嫌うものだ。


「君が俺の恋人として残ってくれるなら、側に置いてやらないでもない」

「お断りよ」


 私の即答にグレンは鼻白んだようだった。二年ほど一緒にいたはずだけれど、私の嫌悪する物すら知らなかったのか。

 それで良くも恋人などと言えたものだ。

 もっとも、彼の言う恋人は世間一般的な物ではなく、ネフィルやシャラのように都合のいいときにだけ抱かれるような、愛人という方が正しいものだろうけど。


「いいのか? よく考えてみろよ。君はもう魔女の里には戻れないのだろう? かといって、冒険者パーティーで魔女を募集している所はほとんどない。これから、どうやって生きていくつもりなんだ?」


 確かにそれはグレンの言う通りだ。冒険者パーティーに、というよりは冒険者自体に魔女の総数は少ない。元々里から出てくるのが稀な種族であるし、使っている呪術という効果が分かり辛いために敬遠される傾向がある。

 そして私はとある理由から魔女の里に戻ることはできない。

 だからこそ、里から出たばかりの私をグレンが誘ってくれたときは嬉しかったのだ。けれど、こんな風に言われるなんて。こんな風に私の身体を見られるなんて。


「ええ、そうね」

「だったら――」

「それでも、お断りよ」


 二度の拒絶にグレンの顔が不機嫌なものへと変化する。勇者として認定された彼は、自分の思い通りにならないとあからさまに機嫌を損ねる。


「ふん、そうか。じゃあ話はこれで終わりだ。今日この時を以てクロエ、君を『(はやぶさ)(つるぎ)』から除名する」

「……分かったわ。いままでどうもありがとう」


 それでも魔女の私とここまで冒険者として一緒に過ごしてくれていたのは確かだ。だから、最後は礼を言って別れる。


「ああ、この部屋もすぐに引き払うように」

「……なにを」

「この部屋は俺の名義で取っているんだ。パーティーじゃない君が使うのは不自然だろう?」


 得意げな顔に思考がかっと熱くなる。そうだ、グレンはこういう意趣返しをする男だった。無茶振りをした貴族や強欲な商人にもこうした小さな意趣返しをしていた。

 大方、他の宿が取れない真夜中に話をしに来たのも計算尽くなのだろう。


「不満ならさっきの話を受け入れるかい?」

「結構よ。分かったわ、今すぐに出ていきましょう」


 そう言って荷物をまとめようと立ち上がると、グレンはさらに笑みを深くする。


「ああ、同じようにパーティーとして購入した物は置いていってくれよ。それは、君の物じゃない。パーティーの物だ」

「っ!! そこまで……あなた、そこまでするの……っ?」


 冒険者の慣習として、冒険に必要な物はほぼパーティーの財源から購入する。傷薬、携帯食料、消耗品の装備、その他諸々。

 つまり、グレンの言い分からすれば今の私の手持ちほとんどがこの場に置いていくべきものであり、私の自前の物といえば精々が今来ている服と杖、呪術のための小物ぐらいだ。


「まあ、俺も鬼じゃない。財布の中は置いて行けとは言わないさ」

「……勇者とは思えないほど最低の性根をしているわね、あなたは」


 私が今日大量に物資を購入していたのはグレンも知っているはずだ。次の依頼が銀翼竜の群れの退治という大きなものであるからその準備のために今日の報酬すらほぼ注ぎ込んでその用意を購入して帰ってきたところを、グレンは見ているし話もした。

 だが、それはグレンからすれば置いていくべきものだ。

 それらすべて計算尽くで話をしているのだろう。

 私が愛人になれば良し、ならなければ最大限困らせてやるつもりで。

 最低だ。本当に最低だこの男は。

 だが、それで却って踏ん切りがついた。深呼吸を一つ、二つ。できるだけ思考をクリアにする。

 そうして小物袋と、これだけは絶対に離すことの出来ない魔女の杖を掴んでグレンを見据えた。


「さようなら、グレン。二度と会わないことを願うわ。いい愛人が見つかるといいわね。それじゃあ」

「っ!! ふん、どうしても困ったら泣きついてくればいい。妾としてなら囲うぐらいには、してやろう。君の身体はそそるからな」


 唾でも吐き捨てたいのを我慢して、部屋を出る。足音も荒く階段を下りていくと、一階の受付兼酒場の卓にパーティーの人員、いや、パーティーだった人員が全員揃ってこちらを見ていた。

 いつも寡黙なドルガ以外の二人、ネフィルとシャラはどこか見下すような瞳で私に笑いかけてくる。


「あら、クロエ。その様子だと断ったみたいね。もったいない。彼はこれからどんどん冒険者としての地位を駆け上がっていく男なのに」


 魔術士のネフィルは露出度の高い服に包まれた身体をくねらせて、優越感を滲ませる。


「そうそう。せっかく呪術しか取り柄のないみそっかすにもその栄光に預からせてあげようって彼の優しい提案だったのに断るなんて。魔女って頭の中も陰気なのかしら」


 僧侶のシャラは常日頃から黒一色の私を陰気くさいと敬遠していたので、メンバーじゃなくなったこの状況では嫌悪感を隠しもしない。


 それに対して、私も笑みを返す。


「そうね、毎晩毎晩低俗な男に股を開いてだらしなく喘ぐような陽気さはとても持てそうにはないわ。自分の力が足りないからって誰かに寄生しながらおこぼれをもらうなんてことも、できない。損な性格かもね」


 効果は覿面(てきめん)で、二人の顔色がさっと変わる。だが、それもすぐに優越感で満たされたものへと戻る。


「一人じゃなにもできない魔女がこれからどうなるのか、楽しみだわ。精々あがいてみなさいな。そのうち、あなたの言う低俗な男に襲われて犯されることになるかもね」


 その言葉に私は嗤う。

 確かに、魔女は一人ではその真価を発揮できない。

 けれど、それでも。

 ゲスな欲望を受け入れて嫌々共に戦うよりは、私は一人で戦う方がいい。


「そうね。あなたたちこそ、魔女の呪いが降りかからないといいわね」


 それだけを告げて、私は宿を出る。外はすでに全ての灯りが消されて街は夜闇に包まれている。

 行くあてもなく、私は一歩を踏み出す。

 それでも、宿を振り返ることだけはしなかった。

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