殺しきる一手
色々あって五日延びました。
「仮にも竜人の前でこのような醜悪な竜を作るなどと……よほど貴様は無残に死にたいらしいなあプリムラっ!」
「おお怖い怖い。でも、この竜だって怖いですよ?」
肉竜の口からプリムラの声が聞こえる。そしてそのまま、牙の間から魔力の光が集束して吹きつけられてくる。
「ルヴェルっ!」
「効くかっ!」
魔力を纏わせた長槍が魔力のブレスを薙ぎ払う。そのままルヴェルは突撃していく。
だが――。
「邪魔をするなっ!」
横合いから新たな肉巨人が現れ、ルヴェルに拳を叩きつける。それを回避したところへ、肉竜の爪が襲いかかってくる。
「させるかっ!」
爪を受け流し、太い前腕を斬り裂く。だが、血を吹き出した腕の傷は逆回しのように塞がり、一瞬で元に戻る。
肉巨人よりも再生が速い。おそらく、合体した分の魔力がそうさせてるのだろう。忌々しい存在だが、侮れない敵でもある。
「ルヴェル、落ち着け。怒りのまま槍を振るって倒せる相手じゃない」
「むっ……」
「こうなったらきっちりとあいつらを殺しきる。そのために、冷静になってくれ」
ルヴェルの二の腕に触れながらそう言うと、彼女は一度大きく深呼吸する。
「そうだな。あまりの下劣さに怒りで前が見えていなかった。すまない」
冷静さを取り戻したルヴェルから手を離し、数歩下がる。その間にプリムラは陣形を整え、肉竜を戦闘において俺たちを囲うように肉巨人を配置していた。斬った数と後方の戦いの音からして、これが残存戦力だろう。
つまり、向こうも俺たちを殺しきる気で最後の一手を打ってきている。
だからこそ、勝つ。
「俺がかき乱し、ルヴェルが倒す。それで行けるか?」
「誰に物を言ってるのだトーヤ。なんなら、私一人で全て倒してみせるぞ?」
不敵に笑うルヴェルの肩を叩き、そこから突撃を仕掛ける。肉巨人が周りから群がり、正面の肉竜が魔力のブレスを集束する。
「はっ!」
それが放たれる瞬間、横に大きく跳んで射線の間に肉巨人を挟む。肉竜はそれも構わずに放ってくるが、さすがにそれではかすりもしない。
行きがけの駄賃とばかりに肉巨人の脚を斬り裂き、そのまま位置を変えながら肉竜へと近づいていく。
「むっ!」
もう少しで刀が届く間合い、と思った瞬間、肉の翼が空を打つ音が聞こえてくる。なんともいえない音をたてながら、肉竜が空を飛ぶ。
「私の前で空を飛ぶなっ!」
だが、上空の肉竜がなにかをするよりも速く、ルヴェルが翼を打って飛び上がる。そのまま、長槍を全力で振り抜く。
「ゴアアアアアアアアッ!」
咆哮とともに長槍が肉の翼を斬り裂き、バランスを崩した肉竜が墜落する。その落ちてきた場所へ駆け、刀を振り抜く。
確かな手応えとともに腹を割く。だが、やはりすぐに再生する。肉巨人と同じく、悲鳴の一つもあげないが逆に不気味だ。
「だらあああっ!」
斬る、斬る、斬る。肉巨人の横槍をいなしながら肉竜に斬りつけるが、有効打にはならない。肉巨人と同じく身体の中にある剣を砕かなければならないのだろうが、その剣がある身体の奥深くまで刃が届かない。
肉竜一体に集中できればなんとかなるのだが、さすがに周りの肉巨人がそれを許してくれない。
「トーヤ、後ろっ!」
警告とともに背筋に怖気が走る。考えるよりも速く横へ大きく跳ぶと、一瞬前まで俺がいた場所に肉巨人が全身で飛びかかってきていた。あんな身体でボディプレスされれば、俺の身体は潰されていただろう。
だが、それを予測したように別の肉巨人が飛びかかってくる。
「捕まれっ!」
横合いから疾風とともにルヴェルの蒼い手が差し伸べられる。抱きつくように捕まると、ルヴェルがそのまま空へと羽ばたく。
「次から次へと、面倒な手ばかり打ってくる」
「同感だ。でも――」
ルヴェルに抱えられながら後方を見る。期せずして広がった視界は、あるものを捉えていた。
「俺たちもそういう手を一つ打っている。だろう?」
「そうか、そうだった、そうだったな。今、見えたのか?」
ルヴェルの腕の中で頷く。ノストディールの城、デイアーヌとの立ち会いで求めた提案が今功を奏しようとしている。
「ならば、もう一奮戦と行くか、なあ!」
「ああ。あそこに落としてくれ。ルヴェルは上空から頼む!」
「任せろ! だああっ!」
落とすというより投げると言ったほうが正しいルヴェルの射出でぐんぐんと地面が近づいてくる。
このままでは地面と激突する。
「ら・あ・あ・あ・あ・あっ!」
だが、俺は竜の魔術を発動させて進路を変更し、そのまま肉巨人の肩へとぶつかるような勢いで刀を突き刺す。
「どらあああっ!」
蛮声と共に刀を引き下ろし、肉巨人の身体を裂く。生生しい傷口が塞がる前に、後ろからの気配を感じて横へ跳ぶ。
「っし!」
呼気とともに後ろからの拳をかわしながら斬りつける。バランスの崩れた肉巨人は味方である肉巨人へと拳をぶつけ、もつれ合って倒れる。
そこへ刀を突き刺し、刃から爆発の魔術を発動させる。びくんと震え、上に重なっていた肉巨人が崩れて消えていく。
「トーヤっ!」
そこへ肉竜が襲いかかる。上空からルヴェルの切り払いが首を裂いて方向が逸れ、そこを俺が脚に斬りつける。
「ちょこまかちょこまかと、鬱陶しいですね。なら、これで!」
悪寒が走る。周りを確認する前に、ただひたすら気配のない方へ駆ける。
瞬間、背中から凄まじい圧力が膨れ上がる。
「ぐっ……あっ!」
「トーヤ、立て、跳べ!」
肉巨人が自爆した、そう理解する前にルヴェルの声に従って前方へと全身で跳ぶ。
「ぐおっ!」
ごろごろと地面を転がりながら、一瞬前までいた場所が、肉竜の魔力ブレスで焼き払われたのが見えた。
転がった俺を追い詰めようと、肉巨人が迫りくる。ここから重なって自爆されたら、逃げ切れないだろう。
だが――。
「むっ!?」
戸惑いのうめき。それを発したのはプリムラだった。
俺に向かおうとしていた肉巨人が、後ろから突き崩されている。残してきた戦力からすれば、考えられない事態なのだろう。
「これは……まさか、こんな手を」
プリムラの声が響く。その悔しげな声音に唇を吊り上げて、俺は後方を向く。
「道をこじ開ける。ルヴェル、前は頼んだ!」
「任せろっ!」
迎え撃とうと肉巨人が集まってくる。その集団の中心、道を塞いでいる個体へと斬りかかり、体勢を崩させる。
「だあっ!」
気合一閃、胴を裂いて刀身を露出させる。そこへ竜魔術を叩き込むと、肉に埋もれた剣がへし折れて巨人の姿が崩れていく。
「まだだっ!」
その隣りにいた肉巨人の拳を避け、脚を斬りつける。ぐらりと傾いだ肉巨人の腰を斬り、そのまま逆側へと向かう。
「舐めるなっ!」
飛びかかってきた身体をかわし、すれ違いざまに斬る。両側への攻撃はすぐに再生する程度の傷だ。
だが――。
馬蹄の音が近づいてくる。身体の芯まで揺らすような、騎馬の突撃が近づいてきている。
それこそが、待ち望んだものだ。
「全員、トーヤ殿、ルヴェル殿の援護だ! 突撃っ!」
凛々しい声が響き渡り、騎馬隊が一丸となって肉巨人へ突っ込んでくる。俺と騎馬隊、プリムラはどちらへ先に対処するか迷い、そしてどちらもできなくなった。
「くっ……!」
かすかにうめきが聞こえる。肉巨人を蹴散らした騎士たちの軍装はエルトリウス率いる紅玉騎士団ではなく――。
「トーヤ殿、無事かっ!?」
「おかげさまで、最高の援軍だよ!」
ノストディールの軍装、それも本来ならばシュウェイントール皇子を守る近衛のものだった。
「ならばよし。我々はこのまま援護を続ける。全騎、我に続けぇっ!」
そして号令をかけたのは、俺と立ち会ったノストディールの近衛騎士、デイアーヌだった。
次からはまた五日後に更新します。




