たった二人の遊撃
なにかが俺の頭に流れ込んでくる。なにかじゃない、誰かの意思だ。
誰だ。そう思う間もなく、起きろ起きろと急かされる。
起きる。なぜ。その言葉に返答はなく、ただひたすら起きろと、その意思が俺の脳内を殴りつける。
暗い中で、その意思だけが俺を引き上げる。
「――きろ、起きろ、起きろトーヤ! いつまでも寝ているなっ!」
「っ、あああああっ!」
唐突に、覚醒する。跳ねるように起き上がって、気を失っても握ったままだった刀を構え直す。意思の主はルヴェルで、爆発で気絶した俺に竜魔術で自分の思考をそのまま叩きつけてくれたのだろう。
「状況は?」
「肉巨人が自爆した。兵の自爆と同じだ。だが、規模が違いすぎる。騎士団の防備に大きな穴が空き、そこを突かれている。馬車はまだ無事で、あちらには私の代わりにラゴウをつかせているが……厳しいな」
ぐるりと周りを見渡す。先程まで統率されていた防衛戦はそこかしこが乱戦となり、押し込まれてきている。戦況を見ている間にも爆発音が起こり、騎士団の統率が崩れる。エルトリウスはそのたびに馬上から指揮を摂って立て直しているが、その間隔が短くなってきている。
そして、敵との距離も詰まってきている。このままでは早晩、押し込まれるだろう。その前に、もう一度あの規模の爆発を起こされたら総崩れになる恐れもある。
「どうする、トーヤ?」
「……」
もう一度戦場を見る。リオンレイナ姫の馬車は無事。豪華な車体の周りにはクロエたちとアルヴァたち、そして騎士団でも近衛だろう精鋭が固めている。まだ、破られる恐れは低い。まだ、だが。
グレンたちがどうなったかは分からない。遠間に戦闘音が聞こえるので、粘って入るのかも知れない。チェバリアたちは騎士団と連携して穴を埋めて奮戦している。
俺たちは、というより俺とルヴェルだけが多少浮いた駒となっていた。
どう動くか、どこを守るのか攻めるのか、それ次第で戦況が決まりそうな、そんな一手になる。自惚れではなく、そう思う。
ここまで幾度も戦いを経験してきたのだ。それぐらいは理解できる。
「どうする、トーヤ?」
もう一度ルヴェルが問うてくる。彼女を見ると、戦いに汚れているが負傷はない。俺も気絶はしたが、大きな負傷はしていない。
で、あるならば。
「暴れるか!」
俺が言うと、ルヴェルが牙をむき出しにして笑う。そんな笑顔に、俺も唇を吊り上げる。
「守るのはエルトリウスとミールに任せて、俺たちは暴れまわろう。ルヴェルが全力を出せば、押し返せるはずだ」
「私と、トーヤの全力だな」
視線を合わせ、お互いに笑う。そうして号令もかけていないのに、二人とも同時に飛び出す。
狙うのは、騎士団のところに食い込んでいる肉巨人の群れだ。
「ゴアアアアアアアアアっ!」
「だああっ!」
今にも女騎士へ拳を振り下ろそうとしていた肉巨人の腕をルヴェルが斬り裂く。その衝撃でよろめいた身体へ、渾身の一撃を叩き込む。
「今だ、ルヴェルっ!」
「ラ・ア・ア・ア・ア・ア・アッ!」
独特な詠唱とともに生み出したルヴェルの光弾が、むき出しになった刀身へと殺到し、打ち砕く。そうして砂のように崩れていく肉巨人には目もくれず、次の獲物を見定める。
「ぜいやあっ!」
「オアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
今度は俺が初手で肉巨人の脚を斬り裂く。そうしてバランスを崩した肉巨人の脳天から股下まで、ルヴェルの大剣が切り下ろす。刀身を狙うまでもなく、大剣は身体ごと砕いていた。
「次っ、ルヴェル、あっちだ!」
二体を一気に倒したことでここは持ち直した。そのまま、目についた押されている場所へと駆け出す。
視線の先では『黄金の豊穣』のメンバー、女の剣士が肉巨人三体に囲まれていた。
「せいっ!」
その背後から肉巨人の背中を斬り裂く。そうして開いた肉の隙間に、ルヴェルが大剣を挿し込む。
「ア・ア・ア・ア・アッ!」
詠唱とともに刀身から爆破が起き、肉と刀を破壊する。倒れた肉巨人でできた隙間から、呼びかける。
「こっちへ! ひとまず俺たちと合流してくれ!」
「っ!」
さすがは一流の冒険者だ、状況を一瞬で判断して、俺たちのもとへと駆け寄る。そんな彼女を左右から拳が降り注ぐが、俺とルヴェルがそれを防ぐ。
「助かった!」
「左側のやつを倒す。そこからチェバリアさんに合流してくれ!」
おそらくは端で戦っていたところを取り囲まれて孤立したのだろう。本隊との距離はそう離れていない。
こちらに向き直った肉巨人に対し、俺は刀から風の魔術を飛ばす。斬り裂いた身体に大剣が叩きつけられ、人間の数倍もある体躯の肉巨人が地面へ這いつくばる。
「とどめっ!」
そこの身体へ駆け上がり、中心部へ刀を突き立てる。確かな手応えととともに刀身を砕く感触が伝わってくる。
「……凄いな」
「俺たちは好きに暴れているだけだ。騎士団や『黄金の豊穣』が守ってくれているからこそ、その隙を突ける。俺たちは暴れると、チェバリアさんに伝えてくれ」
「分かった!」
頷き、女剣士はチェバリアたちが戦っているところへと駆け戻っていく。エルトリウスも俺たちの戦いを見て意図を察したのか、さらに防御を固め始めていた。
たった二人の遊撃隊は、しかし竜の姫という強大な力によって効果を表している。
これならば、もしかして。
そう思った瞬間、肉巨人の群れが俺とルヴェルへと視線を向けた。周りの味方には最低限の牽制だけを残し、他は全てがこちらに向かってきている。
これではもう、隙を突けないだろう。
「ははっ、プリムラは俺たちから殺すつもりらしい」
「それができるのなら、有効な策だろうな!」
ルヴェルの声音からは、その可能性は微塵も感じていない。もちろん、俺も。
「できるだけ自爆をさせないように処理する。だが、いざとなればプリムラは味方ごと自爆させてくるだろう」
「そうだろうな。であるなら、どうする?」
「そうなっても被害が抑えられるように、できるだけリオンレイナ姫や騎士団から離れる。いいか?」
「つまり、敵中で孤立するわけだ。はっは、死地を得たかな、これは」
「いいや」
ルヴェルの言葉に首を振る。ちらりとこちらを見やるルヴェルに、笑ってみせる。
「俺とルヴェルなら、こんなもの死地じゃない。簡単にとは言わないが、切り抜けられるさ」
「くっく、いいな。いいぞ。実にいい。私好みの男になってるじゃあないか、トーヤ!」
はっはと笑いながら、武器を構え直す。ルヴェルは懐から柄を取り出し、大剣から長槍へと装備を変える。
「周りに味方がいないなら、存分に振るえる」
「それの範囲は熟知しているからな。巻き込まれないようにしよう」
ルヴェルが頷く。彼女と視線を合わせ、一つ笑ってからまた駆け出す。
窮地には違いない。危険でもある。劣勢であるのも確かだ。
だが、なぜか。
なぜか、この戦場において。
少なくとも俺とルヴェルの二人は、心の底から戦いを楽しんでいた。




