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その目的

 平原よりの帰路はなにごともなく進んだ。火猿の異能体と出会うこともなく、オルファノスの襲撃もなく。

 事ここに至れば、リオンレイナ姫も国境で襲撃があると確信に至ったのだろう。今までの冒険者を先行させる隊形から、少し変化させていた。

 冒険者が先行するのは変わらないが、騎士団と姫の馬車との距離を詰めている。先頭右翼に『隼の剣』と『黄金の豊穣』、左翼に『黒い森』と『鏡花水月』、その後ろに騎士団の先頭と中央にリオンレイナ姫(と俺たちの馬車)、それを囲うように騎士団が護衛していた。つまりは相手から奇襲を受けても最大限の被害を少なくする陣形だ。

 未だにルヴェルはリオンレイナ姫の馬車に同乗しており、その点でいえば即座に危険に陥ることはないだろう。ドルグレーの街ではリオンレイナ姫の話を楽しそうにしていたので、波長も合っているようだ。

 平原よりの道から、国境沿いの山道へと入っていく。起伏はそれほどないが、代わり映えのしない山間の道だ。そして、左右に生い茂る木々が徐々に道に迫ってきており、視界を塞がれてきている。奇襲にはうってつけだ。

 だが、ここで速度を上げる愚をリオンレイナとエルトリウスは犯さない。むしろ今までよりも速度を落とし、密度を上げて進んでいる。


「っ!」


 目の前の道を塞ぐ存在に気づき、足を止める。右側を見ると、チェバリアたちも同様に足を止めていた。

 馬車がやっと通れるぐらいの道幅を、十人ほどの人間が塞いでいる。全員が外套のフードを目深に被り、体型すら隠しているので男女の区別すら定かではない。

 明らかに尋常ではなく、そんな奴らが道を塞いでいるとなれば目的は一つだろう。


「敵だ! 道を塞いでいる! 周囲を警戒っ!」


 チェバリアの声が山並みに響く。その瞬間、騎士たちが馬車の周りを固め、俺たちは剣を抜いて臨戦態勢へと移る。

 なぜか道を塞いでいた奴らはそれを妨害することもなく、俺たちの陣形が整うのを待っていた。

 そして整い終わったあとも、相手は動かない。周りから遠距離の攻撃が来ることもない。

 奇妙な沈黙の中、ようやく相手の一人が動き出す。フードを取り、俺の想像通りの顔に笑みを浮かべながらこちらを見る。


「こんにちは、トーヤさん」


 小柄のその女はまるで街中で知り合いにあったかのような気軽さで声をかけてきた。俺と面識のあるオルファノスの女など一人しかいない。


「……気安く話しかけるなよ、プリムラ」

「あら、手厳しいですね。それなりに長い付きあいじゃないですか」

「忌々しい。さっさと斬り捨てたい縁なんざ、持つべきじゃない」


 吐き捨てるような俺の声に、プリムラはくすくすと楽しげに笑う。プリムラはすでに抜刀した剣をくるくると回しながら、まるで歌うように言葉を紡ぐ。


「まあまあ、そう言わないで。多分、私とはこれで最後ですから。ねえ? これが成功しようが失敗しようが、そうなるでしょう」

「……」


 俺だけではなく冒険者たち、そして騎士たちも全員がこのやりとりを聞いている。


「ですから、少しぐらいは感傷的になったっていいとは思いませんか? お互い。ねえ、なので、トーヤさん、私に聞きたいことはないですか? 答えてあげますよ。なんでも。最初に人を殺したときの感触とか、どうやって待ち伏せできたとか、男に抱かれたときの気持ちとか。ただし、一つだけです」


 茶目っ気のつもりか、一本指を立てて笑ってみせる。顔をしかめて睨みつけるが、それでもこれは一つの好機ではある。プリムラが真実を告げるかどうかは別としても、今までこういう形で接触してきたことはなかった。

 そして、聞けることは一つだけ。それならば、聞くことは決まっている。


「オルファノスの目的とは、なんだ?」


 妙な解釈をされないように、オルファノスと限定して聞く。これがプリムラやお前らなどと言ってしまうと、この場だけでの目的を話されてしまうだろう。


「んんっ、いい聞き方ですね。やはり、トーヤさんは面白い。どうです? 私たちのところに来れば、私と言わず組織の女性全てを好きにしていいですよ? トーヤさんが望むなら、男も」

「くだらない。さっさと質問に答えろ。一つだけなら、答えるんだろう?」


 刀の切っ先を向けながら言うと、プリムラはつまらなさそうに肩をすくめる。そうして、口を開く。


「オルファノスの目的、ですか。そうですね。トーヤさんも薄々勘づいてはいるんじゃないですか?」


 にやにやと、何が楽しいのか心底嬉しそうな笑みを浮かべながらプリムラが告げる。


「国家なんて、いらないでしょう?」

「集団で生きる以上、誰かが取りまとめなければ無秩序になり、混乱は暴動を生み、暴動は不幸を量産する」

「ええ。ええ。それは私も賛成です。でもね、それが王族、皇族で行われる意味がありますか? 王族に生まれついただけの豚が政治を行うなんて、喜劇に近い悲劇じゃないですか」

「だから、国家を潰すのか?」


 プリムラは相変わらず笑いながら頷く。


「少なくとも、人の上に立つ人間は有能であるべきです。血筋だとか、財力ではなく、能力で。けれども、この世界の国家のほとんどは血筋で決められている。王国やら皇国、帝国、どれも吐き気がする。馬鹿がそう生まれついたというだけで偉ぶって、他人を見下し、貴き血だなんて嘯いている。ハミス商国ならあるいはと思いましたが、あそこも所詮商会が幅を聞かせているだけでした。本当の意味で能力によって指導者を選んでいる国なんてない」


 喋っているうちに熱が入ってきたのか、プリムラの瞳に異様な輝きが帯びてくる。そんな瞳のまま、俺をまっすぐに見据えてくる。


「だから、一度壊すんです。壊して、真っ平らにして、そうすれば今度こそはきちんとした形で指導者を選べるでしょう。ええ。人間は学べる生き物ですから。きっと、次こそは正しい形で社会を育める。私はそう信じています」


 その瞳にあるのは、純真さだ。美しい理想を語る、純真。

 あるいは、その言葉自体は間違っていないのだろう。現代日本でも、そういったものはあった。親が社長なだけで継いだ無能な二代目が会社を潰したり、周りを不幸にしたり。馬鹿な二世議員が発言力だけがあるせいで社会を惑わしたり。

 プリムラの理想、あるいはオルファノスそのものの信念は、ある意味間違ってはいないのだろう。

 だが――。


「お前の言っていることはある程度理解できる。だがな、国家だけを壊せない、一般人を巻き込んだ。その時点でお前の語る理想は妄想でしかない」


 俺の脳裏に浮かぶのは、ハミス商国での出来事。ルカという少女を護り、死んだトットという少年の勇敢さ。

 ギムナの村でやっていた辻斬りのようなことも、他でやっているだろう。結局はこいつらは、無関係の人間を巻き込むことでしか手段を選べない。

 間違った手段しか選べないのなら、それはどんなに言葉を尽くしてもただの綺麗事でしかない。

 決して、正しいことではない。


「……そうですね。否定はしません。けれど、私たちは全員、そうすることで世界を変えると。そう信じていますから」

「そうか。ならば、相容れることはないな」

「悲しいことです。残念です。分かる人には分かると思うんですけどね。特にトーヤさん、あなたのような人には」


 なにか含みのある言い方だ。それを問いただそうとしたが、プリムラはフードをかぶって後ろへと下がった。これ以上は問答しないという姿勢だろう。

 そしてその瞬間、グレンが飛び出した。


「ごちゃごちゃと、いつまでも喋ってんじゃねえっ!」


 馬鹿が、という言葉すら出ない。

 あれほど静かに対峙していたことが嘘かのように、戦闘は一瞬で開始した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] へぇ、民主思想か。語れた理想だけは悪くないだと思います。一般人の被害を完璧に避ける事も空想だと解ります。しかしそれでも、やり方をもう少しマシにする努力の余地が有るだと思います。
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