馬車酔い
まだ朝靄の残るロルッセア西門の外側で、冒険者たちがたむろしている。パーティー同士で固まっている者、単独で座っている者、知り合い同士で喋っている者、様々だ。
俺たちことパーティー『黒い森』は少し離れた所で三人とも座っている。イルシュカは昨日酒を二杯で我慢してくれたので、寝起きも良好だった。
ちなみにイルシュカも今は俺たちが使っている宿の、最初に酔いつぶれたときに確保した部屋へ移ってきている。前の宿は引き払い、荷物もすでに移動済みだ。
「諸君、集まってくれて感謝する。私は今回の統率を任されたカンドゥルだ。これから君たちにはランドルア村を経由して東側へ移動してもらい、そこで野営してもらう。村へ逗留できないのは、この人数を収容できる家屋がないためだ。ただ、水や食料、そして野営用の天幕はこちら側で用意してある」
ギルドの人間、カンドゥルが指し示す先には何台もの馬車が待機し、その荷台には大量の物資が載っている。それを見て数十人の冒険者のうち、何人かがほうと感心の溜息を漏らす。
合同討伐の旨味の一つに、ギルドからの手厚い支援がある。普段なら消耗品や食料品は自分で用意するのが普通だが、ギルドが要請する合同討伐ではその辺りは全てギルドが負担してくれることとなる。
「すでに告げた通り、今回は霧吹き竜の群れを討伐することとなる。当該の群れは十頭以上が確認されている。なんらかの理由があるのか、あるいは何者かが魔術を使って統率しているのかは不明だが、激戦になると思う。各自気を引き締めてかかってもらいたい。なにか質問はあるか?」
通常、霧吹き竜は番でいることが殆どで群れを形成するはないらしいが、稀に群れを成して生息地の森を出て活発的な活動をするとのことだった。
魔獣の一種であるから戦闘力は高く、今回は運悪く行き会った行商人や活動区域に近いランドルア村が被害に遭ってると説明があった。
統率役であるカンドゥルの言葉に、一人の冒険者が手を上げる。
「今回の召集は銀翼級以上だと言うことらしいが、なにやら銅石級が混じっているのが見えるんだが……」
その冒険者の一言で全員の視線が俺に集まる。銀翼級の中に一人混じる銅石級の俺はさすがに目立っていたのだろう。数十人の瞳から圧力を感じるが、だからといって怯むことはない。
「俺は火猿を討伐できる程度の腕はある。いざとなったら盾になって死ぬ程度の役には立つから、心配しなくてもいい」
実際にはそんなつもりはないが、こう言っておけば反感も少しは薄れるだろう。実際、質問した男を含め、ほとんどの人間が半ば疑いつつも押し黙る。
「トーヤ氏にある程度以上の実力があるのはギルドとしても把握している。少なくとも皆の足を引っ張るということだけはない。それは保証しよう」
カンドゥルが告げると、冒険者は不承不承納得はしたようだった。それを見回してから、改めて示す。
「では、移動を開始しよう。移動用の馬車も用意してあるので、各自乗り込んでくれ!」
ずらりと並んだ馬車の一つに適当に乗り込む。こちらは幌と簡単な椅子付きで、六人ほどが乗車できる作りだ。俺たち三人とヴェルの後から、二人組みの冒険者が乗り込んでくる。先のやりとりにはさほど興味がなかったようで、俺たちを一瞥して手を上げる。
「よう、よろしく」
「どうも、よろしく」
簡単な挨拶を交わしている間に馬車が走り出し、車体が揺れ始める。そうすると俺の右隣に座っていたイルシュカがすぐに寄り掛かってくる。
「うぐ……気持ち悪い」
「……酒でも飲んだか?」
「馬車酔いだよ馬鹿っ! ウォエ!」
大声を出してさらに酔ったのか、えづいて涙ぐむ。よくよく見れば走り出してからいくらも経っていないのにその顔は青ざめ、唇も真っ白になっている。
「酒じゃなくて馬車にも酔うのかイルシュカは」
「風の探索魔術走らせてる時に自分の位置が動くとなんか酔うんだよ。ギルドの馬車だから心配は要らないと思うけど、一応ね……ううっ」
「イルシュカ、しんどいなら横になりなさいよ。トーヤと私の膝によりかかっていいから」
クロエの勧めに素直に従い、俺の両脚を寝台変わりにしてクロエの膝枕で横たわる。
「なあ、少しいいか? これ、こいつを噛むと酔いがましになるぜ」
「……ありがたいけど、いいのか?」
「話を聞いてるといまこの状況でも探索してくれているんだろう? それは俺たちの生存率を上げてくれているってことでもあるんだ。構わないさ。なに、昔はこいつもよく馬車に酔っててな。今でもこの酔い止めを持ち歩いているのさ」
精悍な顔つきの男が、細面の男を見ると肩をすくめて見せる。その仕草からは一朝一夕ではない親しさが見え隠れしている。この二人は組んで長いのだろう。
「これ、ジフェドの草ね。たしか鎮静作用があったはず。確かにこれなら効くわ。イルシュカ、噛める?」
「うー……」
口に入れられた草を牛のようにもぐもぐと噛み続けると、そのうちに顔色が少しよくなってきてるのが分かる。
「苦い……」
「我慢してくれ。その苦さに鎮静作用があるんだよ」
「どうもありがとう。ええと、俺はトーヤ」
「俺はドレンで、こいつはドランだ。名前、似てるだろう? でも別に兄弟でもなんでもないんだよ」
話を聞くと、たまたま同時期に冒険者の登録を行い、たまたま同じ依頼を受けることが重なり、たまたま同時期に鉄洞級に昇格したのでもういっそのこと組むかということでそれからは二人で依頼をこなして銀翼級まで上がってきたらしい。
「へえ。だったら冒険者としては二人は馴染みなんだな」
「そうだな。俺もドランも近接での戦いだが、お互いの隙をお互いが補うというか。上手くやっていけてるよ」
相性がいいというのは重要だと、俺も強く認識している。実際に刀を持って戦うという状況になって、相性のいいメンバーがいると戦いがとんでもなく楽になるというのを実感しているからだ。
逆に言えば合わないメンバーがいれば苦しくなるということで、その点において西門で俺を疑問視した冒険者は理に適っているといえる。
「まあ、そんな二人の足を引っ張らないように気をつけるよ」
俺が言うと二人は一瞬俺を見て、しかしなにも言わずに黙る。ただ、その視線にはなにか含みがあるように見える。
ただ、それは嫌なものではないのは分かる。
それを計りかねつつ、俺たちはしばらく雑談に興じていた。




